二十七話:復讐の連鎖
森の中、リーリルはゴツゴツとした足場を苦労しながら歩いていた。
隠し通路は森に通じていた。だがしかし、本来ある筈の「魔法の馬車」が無くなっていて、移動手段を失ったリーリルは歩くしかなかった。
「はあっ……はあ……っ」
息が乱れる。もうかなりの時間歩いていた。足が棒のようだ。
未だ森の中で、このまま進んで道があるのかすらも分からない。
がさりと、背後から音がした。また獣でも出たのかと杖を構え振り返り。
「よお」
後ろから声がした。
気づけば剣が自分の首に当てられている。
「なっ……馬鹿な!ま、負けたのか……?帝国七英傑だぞ!?」
「ん……?ああ、圧勝だったな。雑魚だったぜ」
リーリルは恐怖した。
ライルは適当に相槌を打った。
「さて、リーリル。少し、話そうか?」
***
足場を魔術で整え、リーリルを拘束した俺は、近くにいるチックと……赤子を抱いたエルフの男……ベンウッドに合図を送った。
「……」
「……間違い、ありませんね。リーリル公爵です」
ベンウッドが静かに告げる。チックはさっきまで饒舌でうざいくらいだったが、今は何故か押し黙っている。
リーリルはボロボロだった。長時間歩いたのだろう。至る所に傷がある。だがそれでもどこか高貴な雰囲気を携えていて、シワと傷で埋まった顔は凛々しく、俺たちを睨んでいる。
ちなみに胸は無い。
「リーリル。何ほっつき歩いてたんだよ、逃げるのは良いが、逃げるにしたって雑すぎるぞ。お前、迷った挙句結局元の場所の近くに戻ってるぜ?」
「グッ……」
リーリルが悔しげにこちらを睨む。
真面目に意味が分からん。こいつ何がしたかったんだ?
「聞きたい事がある。お前、リン……女のシーフを脅してエルフを攫う様に言ったな?」
「……そうだ」
思ったよりも素直に答えたリーリルに俺は安心した。
もし黙っていたら拷問して吐かせるしかなかったが、チックの前でそんな手段を取っては失望される。
「次、もう一人、攫った女がいる筈だな?」
「……」
攫われたのは三人。ベンウッド、ベンウッドの妻、ベンウッドの息子。チックを攫ったのは俺なのでノーカン。
ベンウッドの妻はどこに行ったのか……少なくとも城内を探した限りでは見つからなかった。
リーリルは口を閉じた。やはり、暴力的な手段に訴える必要があるらしい。多少失望されようが良いだろう。
「……死んだ」
「ッ……!」
リーリルの静かな宣言に、ベンウッドが息を呑む。
俺も、内心で僅かに衝撃を受ける。
国読みが関わっているんだ、死者はゼロだとばかり思っていた。
ベンウッドに向き合い、どうするか聞こうとして。
「死んだ、じゃないだろ……」
チックが低い声で唸る様に言った。
「お前っ……お前が殺したんだろ……!」
チックが低い声で言った。その声は怒りに満ちて、端々に抑えきれない激情が見える。いかんせん声帯が子供のものなので迫力には欠けているが。
リーリルはずっと黙っている。
「……どうする?ベンウッド、今回の件で一番怒るべきなのはお前だろ」
「私は……いえ、私はなんでも構いません。覚悟はしていました」
拳を握り、ブルブルと小さく震えているその様はとてもなんでも構わない人間のそれではなかったが、俺はひとまず気にしない事にした。
「チック、次はお前だ。どうする?」
「どうする……って?」
チックは理解していない様子で言葉を返している。
俺は察しの悪いチックに優しく教えてやった。
「リーリルの処遇だよ。殺すか?」
チックは瞠目して、迷った。けれどすぐに冷静になり、俺の目を見据えて口を開いた。
「殺そう」
「ふーん、そうか、これ剣な」
俺はチックに剣を手渡した。チックの目は危うげに揺れていた。すぐにリーリルに向き合い、剣を握りリーリルの首に当てたチックの背は、いつも通り頼りなかった。
「……何も、聞かないのかい?」
「ああ」
興味が無いからだ。どうでも良い。察してはいる。リーリルの引き起こした戦争は多くのエルフを巻き込んだ。それに両親とかが巻き込まれたんだろう。
でも……そんなもの知ってなんになる?
どうせリーリルは死ぬ。というか俺が殺す。必ず殺す。帝国七英傑の権力は公爵や国王を超える。全ての国を、大陸全体を支配する皇帝の直属の部下だ。二、三人公爵を死刑にするくらい訳ない。
俺は強く、強すぎるくらいに剣を握っているチックに軽く声をかけた。
「やめとけよ復讐なんて。何も産まないぜ」
「……」
チックは黙ったまま、さりとて剣を下ろすこともなく、静かに佇んでいる。
「死んだあいつらも、復讐なんて望んでない」
「……」
嘘だ。俺だったら喜んで殺せ殺せと叫ぶだろう。
「今ここで復讐をしても何も変わらない」
「……君に、何が分かる?」
「もちろん分かるさ。痛いほどな。でもそんな怒りの発散なんて一時の快楽にしかならないぞ」
俺は心にもない事を言った。全部嘘だ。今ここでリーリルを殺せばスッキリするし、気持ちなんて分からないし、怒りの発散をしないと長い人生に後悔を残す。
「……そもそも、君がやれと言ったんだろう?」
「言ってない」
俺は即答した。それだけは自信を持って断言できる真実だ。
俺は殺せなんて言ってない。殺そうと言うから剣を渡しただけだ。
「人のせいにするなよ、お前だよ、お前が殺すんだ」
「……ッ……!僕が、悪いって?」
「ああそうだよ?お前が全部悪い、最低だな。なんで殺すんだよ、可哀想だろ」
「かわいそう!?こいつがッ!この悪魔がッ!?」
チックが感情を爆発させる。その言葉には怒りが満ちて、そのくせ視線はリーリルに向かい、こちらを見ようともしていない。
「僕の母も父も!死んだ!こいつが殺した!!見せ物にされて同族と殺し合って!最期は皮を剥がれて死んだ!凌辱されて廃人になって、寒夜に打ち捨てられて死んだ!」
チックは口を止めなかった。
「こいつがッ!!こいつが全部!全部!!……家族も!友人も!知り合いも!こいつが起こした戦争で……!」
「ふーんそれで?だから?落ち着けよ。どうでも良いだろ」
チックはピタリと呼吸を止めた。
低い声で、脅すように言葉を絞り出す。
「……どうでも良い?」
「ああ、どうでも良いだろ?なんか気にする所あったか?」
俺が言い終えた瞬間。チックは振り返った。おそらくは俺の首目掛けて剣を振るいながら。
感情のままに振るわれた剣。技術もへったくれもないただ振り抜こうという意志だけの剣。
俺は剣の軌道を首に向かうよう微調整した。
肉が裂ける音がした。チックが握る名剣は、その名に違わぬ切れ味を発揮した。
「……え?」
チックが衝撃を顔一杯に広げる。俺は首に食い込んだ剣を気にせず、笑いかけた。
「チック、復讐は連鎖する。お前でその連鎖を止めるんだ」
「な……え?は?」
チックが顔から血の気を引かせ、必死に食い込んだ剣を引こうとしている。
俺は手で剣を抑え、更に押し込んだ。
ズブズブと剣が少しずつ進み、血はとめどなく溢れ止まらない。止まると困るのでこっそり治癒魔術で血を補充しているから当たり前だが。
「え、ちょ……ちょっと待」
「どうした?何を動揺してんだ?お前が、お前の意思で、思考で振った剣だろう?」
俺は剣から離そうとしている手を空いた片手で抑え、包むように上から握りしめた。
またゆっくりと、剣を進めた。
主張する激痛を無視して、俺は続けた。
「お前、振るったよな?剣を。適当なことばっか言って、嘘ばっかついて、お前を軽んじた俺に、剣を振るったよな?」
「ご、ごめん!ごめんなさい!もうやめて!!」
「謝るな、お前は正しい、間違ってなんかいない。だからさ、なあ、振り抜けよ」
俺は全力で抵抗するチックに拮抗するように剣に力を込めた。もしチックが力を抜けば、俺の首は刎ねられる。
「チック。剣は覚悟と冷徹で持て。感情と心で剣を振るやつは病んで死ぬ」
俺は涙目のチックに続けた。
「お前が俺を邪魔だと思ったなら、斬り殺せ。殺すつもりがないなら最初から剣を捨てろ。一度剣を振った後、やっぱりダメでした、ごめんなさい、やり直させてください……なーんて、通用する訳ないだろ?」
剣を抑える力を抜いた。勢いよく剣が抜かれた首からは、大量の血がどくどくと溢れて止まらない。
剣を抜いた反動で尻もちをついたチックを、俺は上から覗き込んだ。自然と、溢れる血がチックに降り注ぐ。
「ヒッ……」
「浴びるほどの血」
ほんの数秒、それだけでチックの全身が血に濡れた。
俺は治癒魔術で首を治し血を止めた。
水の魔術を発動してチックの上から大量の水を流し、血を洗い流す。
乾燥魔術でチックを濡らす全てを乾かした。
風を起こし血の匂いを吹き飛ばし、ついでにいい匂いをさせておく。
「爽やかな空気」
「……」
俺はチックを抱きしめ、よくやった、と囁いた。
「賞賛、肯定、感謝……」
「……っ」
チックを離し、その腕を引き上げ立たせる。
「これからお前を取り巻く全ては、お前に甘美な充足を与える。お前は満ち足りる。満足する。間違いなくな」
落ちている剣を魔術で拾い上げ、チックの手に持たせた。
肩を持ち、反転させる。腕を取り、剣先をリーリルの首に向ける。
リーリルは恐怖に顔を歪め、拘束を受け動けないなりに身をよじった。
「殺せ。お前が、お前の意思で、お前の冷徹で」
「感情ではなく、心ではなく。環境に押されるのでなく、お前だけが、その剣を押すんだ」
「そうしたくないのなら、今すぐ剣を捨てろ」
言い終わって、俺はなんとも言えない達成感に見舞われた。
自分でちょっと恥ずかしくなってしまう。俺はこんなおせっかいを焼くようなやつだったか……?
へへっと、照れくさくなって笑う。
復讐にしろなんにしろ、人を斬り殺すのは心理的ダメージが大きい。そういう時、逃げ道があると逆にメンタルがいつまでも回復しない。
ちゃんと自分の思考で、冷静に行動した結果だという思いは、後々その件がトラウマだという考えを減らすことに繋がる。
人を斬る時の肉の感触も、血の温かさも匂いも、全部事前に体験させてやった。これで精神を病む事は無い……と思う。
俺はワクワクしながらチックの様子を見守った。
「……ライル」
「うん?」
チックの声は沈んでいて、剣先はフラフラ。まともに剣も握れない。けどそんな状態でも別にリーリルを殺すのに支障はないはずだ。
「僕は……リーリルを殺して、後悔するかな?」
「さあな、俺はすると思うぜ」
チックは意外そうに息を漏らした。
「でもまあ、実際後悔するかなんて分からない。しないかもしれないしするかもしれない。お前が決めろ。先の後悔を考えてな」
チックは馬鹿だから、先の後悔なんて分からない。
俺はきっとチックは何も考えず、リーリルを斬り殺すと思っていた。
だって、チックは愚かで向こう見ずで、未知を想定できるほど賢くはなかったはずだから。
チックは剣を降ろした。
リーリルが緊張を解き、息を漏らす。
チックは寂しそうな顔で振り返り、極めて冷静に言葉を紡ぐ。
「……いいや。ライル、剣は返すよ」
「…………そうか」
俺の胸中を満たす衝撃を、俺は必死に抑えつけた。
努めて冷静に、震えそうな声がバレないように。
「まあ、なんだ……それも良いよな。俺は肯定するぜ」
「……うん」
そうしていると背後のベンウッドが一歩前に出た。
「ライル様、よろしいですか?」
「……なんだ」
「栗色の髪の方から伝言です」
栗色の毛……国読みか。やはりというべきか、全て奴の読み通りだったらしい。
「彼女は、私の妻は……助けられない、と、言っていました。まるで未来が見えているように……」
そりゃ未来が見えているからだ。だがまあ、知らんやつから見たら不思議か。
「……彼女は、あの子供……チックと私に、城に来るように言っていました。復讐が、為されなかった時に、そうしろと」
「……ああ、大丈夫だ、連れて行け」
ベンウッドが目を見張る。
何か言いたげにこちらを見ているのを無視して、俺はチックに声をかけた。
「チック、今すぐ城に向かえ」
「え……?う、うん、分かったけど……」
「危険はねえ、城に向かえ、適当に彷徨ってりゃ分かる、多分な」
よく分かってなさそうなチックを急かし、ベンウッドと共に城に向かわせた。
一人……リーリルがいるから一人ではないが、取り残された俺は、とりあえずリーリルに近づき……。
「やっほっ!カーライルちゃん!」
背後から声がした。ほんの少しだけ驚き、振り返る。
そこには黒い肌の女……トールと、何故かちっこくなったメイジーが居た。




