二十六話:人と、精霊の時代
気づけば辺りは森の中だった。
風に乗って土の香りが鼻をくすぐり、上を見上げればどういう理屈か青空が見えた。地面の柔らかい土の感触が、今見えているものが現実だと教えてくれる。
メイジー・メイジーは冷静に状況を分析する。
隣にはトールがいる。さっきまでほんの少し前にいたチックとカーライルは遥か向こうにすっ飛んで、地面から生えてきた木々に遮られてもう見えない。
「……これ、国読みちゃんが言ってた……」
「……へえ、これは……どうなってる?」
メイジー・メイジーとトールは最強の予知能力者、国読みの指示で働いている。
国読みの指示は明確だった。そしてその結果チックは覚醒し、今の空間を歪ませる魔術を発現した。
チックの得意属性は「空間」である。その名の通り空間を操作する事ができる。
「どうする?覚醒させたらあとはどーでもいんでしょ?」
「……それ、聞くって事はもう決めてるよね?」
トールに問う。恐らく考えている事は同じだ。
国読みの指示は絶対だ、しかしそれ故に、指示の外の事は全て自由にして良いというルールがあった。
あるいは、指示を守らず行動するのでもよかった。何故なら国読みはそれを踏まえて指示を出すからだ。
「新人いびりだねっ!帝国七英傑は厳しいって事を分からせてあげないと!」
「まだ入るとは決まってないよ」
ご機嫌なトールに追従する。トールは初めて見た魔術に興味津々らしい。
かく言う自分も興味がないと言えば嘘になるが、ハッキリ言ってエルフ風情が力を持つのは気に入らない、気に食わない思いもあった。
ここでボコボコにするのは、かなり良い。
トールが駆ける。それに追う様に、呪いを広げ上を移動する。
空間が歪曲しているのであれば、方向感覚などと言うものは頼りにならない。しかし覚醒初期ならばそれほど高度な事は出来ないはずだ。
果たしてメイジー・メイジーは思惑通り、一本の木々の横に立つチックを見つけた。
足元にはカーライルがいる。木の蔓の様なものが、口元に垂れていた。
その先端に、光り輝く雫があった。
ぽちゃりと、口に雫が落とされる。
カーライルの体が光を帯び、その身にかけていた呪いが祓われ、トールの毒が消え去る。
――それは、使用者に不老不死をもたらす無敵の霊薬、精霊の雫。
「――エリクサー!?」
衝撃が喉を突く、目覚めたカーライルはすぐさまメイジー・メイジーにその手を伸ばした。
即座に呪いで足を固定する。太ももに刺さっていたカーライルの剣が引き寄せられ、カーライルの手に吸い寄せられた。
僅かな痛みに呻きながら、流血を呪いで塞ぐ。
「はっ……!ははは!ははははははははは!!!」
カーライルが笑う。大きく笑いながら前に出る。
トールがそれに合わせ、満面の笑みを浮かべながら前に出た。
「リベンジマッチだ!今度こそぶっ殺してやるよぉ!!」
「また死にたいのかな!?良いよ、何度でも殺してあげる!」
二人が激突するのを横目に、メイジー・メイジーは呪いを広げ、沈黙しているチックに向き合った。
「殺すよ。先に言っておくと、これは僕の個人的な恨みだ」
両親が死んだとか、友人が殺されたとか、恋人が殺されたとか。
もはや原点がなんであったかは思い出せない。直近で言えば同僚がエルフに殺されて、それが許せなかったけど、別にそれより前でもエルフは嫌いだった。
「キミが良いやつとか種と個は違うとか、色々あるだろうけど……やっぱりエルフは嫌いなんだ」
自分の魔力のせいもある。恨み怒り嫉み蔑み。
自分のものなのかすら怪しい恨みを、メイジー・メイジーは無くす事が出来ない。
呪いが地面を覆う。未だ沈黙しているチックに、メイジー・メイジーは呪いを差し向けた。
そしてどう防ぐかを観察して……突如、空気が破裂して呪いが弾かれたのがわかった。
同時に、地面の呪いが全て吹き飛ばされる。
「……は?」
無理解と混乱を押し除け、更に呪いを溢れさせて。
地面が隆起した。背の高い木々を越えるほどに、メイジー・メイジーの足場は高く持ち上げられた。
「今から一万年前、神は眠った。訪れたのは人と精霊の時代」
周囲の空気が澄んだ。溢れた呪いが解かれ、溶け消えていく。
「今から五百年前、精霊は人に愛想を尽くした。訪れたのは人と魔の時代」
チックが弓を構える。強大で、絶対的な気配が現れる。
『死の呪い』を解放した。澄んだ空気が死に、地面が死に、空間自体が死ぬ。
「人と魔に満ちたこの世に精霊の居場所は無く。人は自立した」
チックの側に、神秘的で、人間の形をした力の塊が、精霊王が、顕現する。
「――だがしかし、今ここに顕現するは風の精霊王」
死の呪いを風が押し潰そうとする。同時にチックがつがえた矢に、精霊王が手をかざした。
「――今ここに再び満ちるは人と精霊の時代!!」
押し寄せる空気に、死の呪いを押し返す。
今にも放たれそうなチックの矢に、その強大な力の本流に、思わず恐怖した。
「カーライルちゃん!!!」
トールの叫びが聞こえる。そちらを見れば、ちょうどカーライルに吹き飛ばされたトールがこちらに向かっていた。
チックが矢を放った。眩い光を放ち、力の奔流が全てを吹き飛ばそうとしている。
――それが、最後に見えた景色だった。
***
全てが消し飛んだ。
チックが放った精霊王の矢は、ありとあらゆる全てを消し飛ばした。
空間それそのものが別の次元に吹き飛び、後に残ったのは青空だけだった。
壁も屋根も全て消え去り、眩しすぎるくらいに太陽が自己主張をしていた。
残った床だけが、今まで戦っていた部屋の痕跡だった。
チックは自分でも信じられない光景に、ただポカンと口を開けて驚いた。
ライルはニヤリと笑い、しかしすぐに表情を引き締め、冷静に言った。
「まだだ、チック。――リーリルを追うぞ」




