二十二話:空っぽの城
肉を削がれ、普通よりも細くなった脚で立ち上がり、エルフの男は赤子を抱いて牢を出た。
チックはいまだに泣き続けているが、少なくとも俺の指示に従い牢を出ている。
「そこの……お前、名前は?」
「ベンウッドです。子供の名は……」
子供の名前も続けようとしているエルフの男……ベンウッドを手で制す。
クソくだらないどうでも良いガキの名前なんざ知るか。
「お前らの宗教は知ってる。名は隠せ、俗世……ヒトと関わるな。無垢であれ、穢れを触れさせるな。だろう?」
「いえ、貴方は恩人です、是非知ってください」
「いらん。今は時間が惜しい。ベンウッド、歩けるな?体力はあるか?」
「……はい」
ベンウッドは少しだけ不満そうにしながらも、俺の問いに答えた。
「なら良い。チック、歩くぞ。探すのは城主リーリルか連れられたベンウッドの妻だ」
ついでに懐に入れていたチックの弓矢を取り出し、チックに渡す。
「これは返す。拾ったんだ、次は落とすなよ」
そう言って出口に向かう。
俺の勝利条件は変わった。赤子の病をエリクサーで治した以上、後は三人連れて脱出するだけでも良い。
しかし俺が目指すべきは完勝、絶対的で文句のつけようのないパーフェクトゲーム。
チックを救い、ベンウッドを救い、赤子を救い、そして赤子の母も救う。
失点を取り返す。俺の評価が落ちたままなど許せるはずがない。
地下牢から出て、階段を登り切ったたまたま通りがかった兵士がギョッと俺を見る。
「……ッ!?な、なにも」
風魔術により発生した圧縮空気は兵士の頭の横で炸裂させ、ついでに風魔術の応用で音を消す。
壁に叩きつけられた兵士は気絶した。
「……ケッ、雑魚が」
「……彼らは捕らわれていた私にも親切でした、出来れば殺さずに……」
「ハッ!お前を牢から出さなかった連中だぜ?何が親切だよ」
「……」
「安心しろ、殺さねえよ。ちょっと眠ってもらうだけだ」
背後でチックが泣きながらこちらを見ていたのに気づいたので慌ててそう付け足す。
……パーフェクトゲームだ。この城の兵士に死人は出さない。余裕だな。
余裕余裕。まじで余裕。
……余裕、だな。
そう自分に言い聞かせながら、俺は取り敢えず上階を目指した。
***
本当に余裕だった。
想定していた全ての困難は無く、というか最初にぶちのめした兵士を除けば誰とも会わずに最上階へと到着した。
「……」
「……」
沈黙があった。
ベンウッドもおかしいと気づいている。俺もそうだ。チック泣き止んでいるが暗い表情のまま。
「……」
「後はこの扉の先だけ……ですよね?」
「ああ」
ベンウッドの問いに短くそう答える。
状況は不自然だが、俺たちに味方しているとも言える。
しかし……これは俺にしか分からない事だが、この扉の先、室内に魔力が満ちている。
魔力を広げることによる物体感知がうまく働かない。魔力波によるエコーロケーションも不可。
中に何かが詰まっている。罠……だろう。
……悩んでも答えが出る訳は無し。取り敢えず開けてから考えるか。
ドアを押し開ける。装飾の少ない無骨な扉は、ギイイと音を立てて開いた。
開く最中、扉の中を見ても何も見えない。黒色の壁でもあるかの様だ。
風が吹いた。開いた両扉の隙間から空気が漏れ出てくる。
直後に、室内にあった闇が潮の様に引いていく。黒い壁が過ぎ去り……。
俺はちょうどこちらに向かってくる『死の呪い』を見た。
(ッ!!!)
一瞬の逡巡。思考。即座に看破する。例え僅かにでも、ほんの一欠片でもそれに触れれば、背後にいるチックたちは耐えられない。
回避は出来ない。もしかしたら出来るかもしれないが、もし失敗した時のリスクを考えればそんな事は試す気にもなれない。
万倍にも引き延ばされた様に感じる時間の中、俺は懐から取り出した小瓶の蓋を開き、小瓶の中身……エリクサーを舐め取った。
「全員下がれ!!」
叫びながら両手を前に構え魔力を操作、円錐状に広げ全ての死の呪いを俺に集める。
まず腕が悲鳴を上げた。トマトみたいに潰れ骨がへし折れ露出する。エリクサーと俺の治癒魔術により一瞬で治った。
次に臓腑が焼けた。口から信じられない量の血が溢れて馬鹿のマーライオンみたいになってしまう。エリクサーと俺の治癒魔術により一瞬で痛みは消えた。
次に脳みそが裂けた。一瞬意識が明滅して、直後に傷は消えた。エリクサーの効果だろう。
最後に残った死の呪いの残滓を手で握りつぶしながら、体内に残った血を全て吐ききる。
「お゛え゛え……ゴホッ……ゴホッ……!」
「ライル!だ、大丈夫!?ど、どうすれば……!」
まだ残る血を全て吐ききる。ドス黒い血が床に溜まるのを見るのも程々に、前を睨む。
謁見の間はアホみたいにデカい部屋だった。壁掛けの松明が幾つもあり、明かりには困らない。
最奥にある妙に大仰な椅子のそばに、腰のピンとしたしわくちゃのジジイ……リーリルがいる。その隣には幼い様に見える少女がいる。
「ライル!ライル!無事!?僕に出来る事は……」
「ここから逃げろ」
「へ?」
チックへ一言告げてから、俺は剣を抜いた。
向かうはリーリルの側の幼子。
真っ白な肌を持つヒト。その瞳は紅く、肢体は童女の様に短い。
腰まで伸びた黒髪と同じ色の、複数の呪文が描かれた布を身にまとい、同様に黒いローブで肌を隠している。
帝国七英傑が一人『呪詛師』メイジー・メイジー。
ちなみに胸は無い。
「ぶっ殺してやるよ!!!」
驚くチックを横に、俺は床を蹴る。火炎が炸裂する。床が炸裂して俺の体はメイジーに向かい爆速で迫った。
「それはちょっと甘いんじゃない?」
天井、見上げるほどに高い位置から殺気が走る。
空中で魔術を発動し、空気と火炎の破裂により直角に曲がる。
直後、俺の進行方向であった床が爆発する。天井から降りてきた何者かはおそらく魔術で強化されているであろう床を粉々に破壊した。
煙が辺りを覆い尽くしていた。
風の魔術でそれらを全て吹き飛ばす。
現れたのは――。
「やっほっ!カーライルちゃん!」
俺を越える体躯、そのくせ細い四肢。肩まで伸びた紫色の髪に、黒色の肌が特徴の女。
両の手に握ったメリケンサックが鈍い光を放っている。
ちなみに胸はそこそこ。
俺と、メイジーと同じ。
帝国七英傑が一人『紫影』トール・ハフマンが、殺意を光らせ笑っていた。




