十六話:友達
翌日の朝、テスタは街の北門に来ていた。
昨日の晩、リンと約束したのだ。何か用事があるらしい。
冷たい空気が肌を刺す。ポケットの中の精霊がこちらに意思を伝えてきた。
一度家に帰るべきでは?と。
「……それは必要無いよ。ライルとも……顔を合わせたくないし」
昨晩は安宿で夜を過ごした。家に帰れば、ライルやメアリーと会うからだ。
昨日の事で、怒られるのが怖かった。
テスタ自身も不思議だ。怒られる為にした行動なのに、何故怒られるのを怖がるのか。
精霊が再び震える。
上手く読み解けないが、おそらく不安とか、心配といったものだろう。
「大丈夫さ……大丈夫」
精霊は言葉を用いない。人の言葉を扱える様な高位の精霊も……昔はいたらしいが、今はいない。
ただ、今精霊が伝えようとしている事はなんとなく分かる。何も大丈夫じゃない、とか、そんなニュアンスで……テスタの無責任な発言に怒っているみたいだ。
「心配はいらないよ、きっと、何も起こらない」
「一人で何を喋ってるの?」
不意に、声を掛けられる。
声の主は待ち合わせをしていたリンだった。どうやらちょうど今到着したらしい。
寒いからだろうか?いつもの軽装ではなく、ローブの様な外套を羽織り、フードを目深に被っている。
「フ……ちょっとポエムをね……」
「ふーん……」
出来る限り、自信を持って、以前の様に振る舞ったつもりだ……不自然ではないだろうか?思い返してみれば、ポエムなんて考えたこともない。怪しまれるかもしれない。
だがリンはそれを気に留めなかったらしい、顔を近づけられ、小声で囁く様に喋った。
「……まあ良いわ。今日の事、誰にも言ってないわよね?」
「うん」
リンには、今回の約束を誰にも言わない様にと口止めされていた。
……正直怪しい。昨日の会話でも、テスタの事を友達だと嘘を言っていたし……何より、今も精霊が教えてくれる。
――リンが『罪悪感』を抱いている事を。
「それじゃあ、出発しましょうか」
「ああ、そうしよう」
二人で門を通る。朝とはいえ、まだ日も出たばかり、人通りはまばらで、フードを被ったリンは、きっと誰にもリンだと気付かれないだろう。
リンの声が、表情が、前よりも固かった気がする。気のせいだろうか?
気のせいではないとしたら……リンが、テスタを騙そうとしているから、とかだろうか?
そうだとして、今リンが抱いている罪悪感は?
……あくまでも仮説だが、リンは誰かに脅されているのではないだろうか?
そう考えれば、色々と辻褄が合う。
……何より、テスタは今までのリンとの友情を、確かにあると信じて疑わなかった物を、もう一度信じてみたかった。
友達、という発言が嘘だったのは、騙そうとしている自分は友達の資格が無いと考えたから、とか……。
(……楽観的だな)
心の中で自虐する。けど、冷たい現実を見ろというテスタの考えは、頭の中で何度反芻しても響かない。
……不意に、精霊が警告を発する。門から出てすぐに広がる薄暗い森の方向に、何かがいると。
振り返り、街道の外れ、門から出て右の森の中奥深くを見る。
……鳥の鳴き声に、風で葉が擦れる音、森の中には何も確認できなかった。
「……?気のせい、かな?」
精霊も、やはり何も確認できなくなった様で、不思議そうな、不安そうな意志が伝わってきた。
精霊でも間違える事があるのだろうか?
そんな風に違和感を覚えて……。
「テスタ?どうしたの?」
「……ああ、ごめん、なんでもないよ」
リンに呼ばれ、テスタは微かな違和感を捨て去った。
そうしてテスタ・チックはリンに着いて森へと進んでいった……。
***
森の中、息すら止めて気配を消していた俺は、チックが行ったのを確認して安堵のため息を吐いた。
「……いつの間に鋭くなりやがって……」
嬉しく思えば良いのか、面倒に思えば良いのか。
俺はどちらとも選べず、ひとまず警戒しながら追跡する事にした。
「はッ……全く……今度はどんな面倒事だ?」
そうして俺……カーライル・マネガンは一人悪態を吐いた。




