十五話:怠けるエルフ
テスタ・チックにとって、ライル・ベアフットは稀代の大嘘つきだ。
酒場の騒がしい喧騒の中、カウンターに置かれた酒を煽ぐ。冷たく冷えたエールが喉を通った。
チーズをつまみ舌で転がす。
もう雪も降り出す季節で、日も落ちているのに、酒場の中は人々の熱気で蒸し暑かった。既に酒が入っていることも、勿論無関係ではないが。
酒とつまみを堪能しながら、テスタは物憂つげに視線を落とす。原因は当然、ライルである。
テスタ・チックはライルが嫌いだ。酷い言い方をすると、頭がおかしいと思っている。
理由は明白。ライルが三年もの間テスタを欺き続け、そしてメアリーにも、トーファにすらもその内心を隠し通しているからだ。
「やっほー!テスタ!」
突如、背後から声をかけられる。
振り向くより先に隣に座ってきたのはテスタの友人のシーフ、リンだった。
テスタは努めて、明るい声を出した。
「やあ、リン。奇遇だね?」
「うん?そうね……今日はなんとなくここで飲むつもりだったのよ」
ふと、テスタと契約している下級精霊が反応を示した。
……リンは嘘を吐いている。
リンが声を張り注文を叫んでいる。テスタはそれを横目で見ながら、ポケットの中の精霊を撫でた。
目に見えない風か、あるいは力の塊と呼ぶべきものが、フルフルと震えポケットから出る。
「……ねえリン、ライルと話したかな?」
「……鋭いね」
リンが不意に声を低くする。やはりライルの差し金か。
といっても、今回は心当たりがあるためそれほど驚きは無い。むしろ納得感すらある。
リンは大きく息を吐きながらカウンターに突っ伏した。
「二人ともカンカンだったよー?私まで八つ当たり喰らうとこでさ」
「メアリーと誰が?ライルかトーファどっち?」
「ライルはちょっとムッとしてたけどそれだけ。メアリーとトーファがキレてたわよ。しばらくは近寄りたくないわねー」
リンが酒を渡された。すぐに飲もうとして止まった。コップをこちらに向ける。
なんとなく察して、コップを持った。
「「乾杯」」
二人で酒を煽ぐ。
「ぷはー!良いお酒だねー」
「……ここは良いとこだよ、料理も美味しいし」
「うんうん」
リンは上機嫌に頷き、そして口を閉じた。
酒場の喧騒は止まない。しばらくの間、二人はただむっつりと黙った。
今までの自分なら、ここで自分から話しかけに行っていただろうか?
だが、どうにも分からない。前のテスタがどんな風に喋っていたのか、テスタはもう思い出せなかった。
「……ねえ」
不意に、リンが口を開く。
「なんで今日サボったの?約束してたんでしょ?」
「……それを、君に話す必要があるかい?」
「別に?私達友達じゃん」
再び、精霊が蠢いた。嘘だ。リンは嘘を言っている。
心臓が一度強く拍動した。足元が崩れ落ちる様な、突然大事な物を失ったかの様な衝撃を受ける。
初めての痛み……ではない、少し前に、同じ衝撃を受けた。
「気になったから聞いただけよ。悪い?」
指が震える。呼吸が乱れかけて、バレない様に必死に平静を装った。
……友達、と、少なくともテスタは、そう思っていた。そう……思っていた。
「君に話す事は無い」
棘のある声が出た。自分では、冷静に断ったつもりだったが。
「……そ、なら良いわ」
それきり黙ったリンを尻目に、今日のことを振り返る。
テスタは今日の朝方、ライル達とダンジョンに出るはずだった。しかし、テスタはそれをあえて無視して、朝から日が落ちる今まで酒場を巡っていた。
理由は当然、ライルへの嫌がらせである。
……別に、友達であっても隠し事ぐらいするはずだ。だから今のテスタは、何も不自然な事は無い、はずだ。
もう無くなったチーズの残りカスを食べようとして、前にライルにはしたないと注意された事を思い出してとどまった。
精霊を撫で、皿に乗せる。チーズは綺麗に消え去った。
喜ぶ様に風を緩く吹かせてくる精霊を眺める。
風の下級精霊……テスタが数週間前に契約した野良の精霊である。
精霊らしく、人の嘘を見抜き、そして風の精霊故に『空気を読む』事が出来る。
要するに、相手の感情や思考が薄っすらと、理解出来る。
今の酒場の様な人の多い環境ではあまり使えないが、一対一であればかなり高精度で感情を読める。
……あの日、精霊と契約した日。自慢げにライルに見せびらかしてやろうと思った日。
怒りを、疎みを、蔑みを、ライル・ベアフットがテスタに浮かべている感情を、知ったのだ。
あの時から、テスタはテスタでなくなってしまった。今までの自信を失って、まるで生まれ変わった様に……否、まるで翼を失った鳥の様に、変わった。
テスタ・チックにとってライル・ベアフットは稀代の大嘘つきだ。だって、あれほど楽しそうにしていたのに。だって、謝ったら笑って許してくれたのに。
あれら全てが嘘だったのだろうか?だとしたら何が目的で?一体なんのために?
……何故、理由があるのなら話してくれないのか。
仲間だと思っていたのは……テスタだけだったのだろうか?
今しがた判明したリンにしてもそうだ。友達だと思っていても、本人がそう言おうと、実態は違う場合がある。
テスタは、未だヒトについて知らなかった。知った気になっていたのだろう。
テスタはライルと向き合い、友情を築いたと思い込んでいた。でもきちんと向き合えていなかった。
だから、ライルへと嫌がらせをする。ライルがもう嫌だと、そう言うまで続ける。
ライルが何を考えているかは分からないが、怒鳴り散らしてもらう。何か悪い事をしたのなら、ちゃんと怒ってもらう。
そうなって初めて、テスタはライルときちんと向き合えるはずだから。




