十四話:一件落着
市場でマーダープラントが出没してから三日が経った朝。
私はいつも通り、目が覚めた。
いいや……少し前と比べたら、ずっといい気分で目が覚めた。絶好調だ。
ベッドから降り、いつも通り壁に掛かっている杖に魔力を込めようとして……。
「……ふふ」
そんな必要が無い事に気づき、私は笑った。
***
「おはよう!」
「おう、おはよう」
「……おはよう」
リビングにいる皆に声を掛ける。
どうやらテスタはいない様だ、意外と早起きなので散歩にでも行っているのかもしれない。
「トーファ、今日は良いダンジョン探索日和ね!」
「……?……今日は、上機嫌だね」
呟く様に喋るトーファに指摘され、私は気づいた。
今日は凄く……調子が良い。
「ええ!元気が有り余ってるわ!」
「ん……良かったね」
最近は悪夢を見る頻度も減ったし、何より体の中にあった炎の魔力が抑えられている。
聖女様が言うには、私の本来の得意属性は時間であり、前までは閻魔眼によってそれが強制的に塗り替えられていたらしい。
「ライル、いつ出発!?」
「チックが戻ってきてからだ。お前は準備出来たか?」
「ええ、もちろん」
ライルの近くまで歩く。
「ライル、ちょっと話したい事があるわ」
「……トーファ」
「分かった」
ライルに呼ばれたトーファが、心得たとばかりに部屋を出ていく。
別に二人きりでなくとも良かったのに……。
「それで、話したい事って?」
「……この前の事で、改めてお礼がしたくて」
治療後の念の為の検査、新たに発現した時間魔術の調査、マーダープラントとの戦闘での被害の算出など。
ここ数日は忙しくて、なかなかライルとゆっくり話す事が出来なかった。
改めて、お礼を言うべきだと思った。
ライルはちょっと気まずそうに目を逸らし、ポリポリと頬を掻いた。
「……俺はそんな大したことしてねえよ。あの時助けるのも遅くなっちまったし」
「聖女様に検査してもらってる時に聞いたわ。犯罪組織を壊滅させたとかなんとか……」
「ああ、まあ……色々あってな」
流石ライルだ。
「その上で、マーダープラントも倒した」
「……んー、弱ってたからな。俺がやったのは止めを刺したってだけだ」
弱っていようがあの魔物は強かっただろう。
「ありがとう、ライル」
「……は、なんだか、おかしな気分だ。照れ臭い。それに……」
ライルは言葉を止めた。言うべきか、言わざるべきか。迷っている様だ。
「……それに?何?」
「あー……いや、なんでもない」
「何?」
ライルの目を見据える。じいっとじいっと、見続ける。
「……」
「……」
やがてライルは観念したかの様に口を開いた。
「なあ、メアリー……お前、怒っちゃいないか?」
「……何に?」
「……今回、手柄はほとんど俺が取った。まあ実際とどめを刺したのは俺だが、被害が抑えられたのはお前の活躍ありきのものだ」
ライルが気まずそうに口にした内容は予想外のものだった。
「金も名誉も俺が貰っちゃあ、良い気分しないだろ?」
「なんだ、そんな事……」
ちょっとおかしな気分だった。ライルはあまり冗談は言わないが……。真面目に言っているのだろうか?
「私がそんな事思う訳ないじゃない」
ライルはその言葉に一瞬だけ、反応しなかった。気まずそうな表情をそのままに、無言で止まる。
ライルはすぐに安堵の表情を浮かべる。作り物にはとても見えない、自然な表情だった。
……でも、こういう時のライルは嘘をついていると私は知っている。正確には、困っている時だ。
「そうか、良かったよ」
「……」
多分、聞きたい事は別にある。ライルは時々、素直にならない事がある。別に何を聞かれても答えるのに……。
「何か聞きたい事があるんでしょう?」
「無い」
「いいえ、あるはずよ」
「無い」
「絶対ある」
「……」
呆れた様な目線だ。だけど今日の私はいつもの私じゃない。
今ならなんでも出来そうな気分だ。
普段なら迷った挙句何も聞けない私でも、今ならば聞ける。
ライルが口を開いた。
「……スリーサイズは?」
「上から86、56ーー」
「待て、クソ……少しは躊躇え!」
顔が少し熱を持つ。即答出来たのが、少し誇らしかった。
それがライルの為になるのなら、喜んで答えるに決まっていると、頭でそう思っても実践できるかは分からなかった。
でも、ちゃんと答えれた。良かった。
……それはそれとして、追及を避ける為とはいえ、乙女の秘密を聞くのはあまりにデリカシーに欠けている。
「待って、前測ったのが少し前だから今は違うかも、調べた方が良いわよね?」
「……い、いや、いい、調べる必要は無い、別に知りたくもない」
「そう?最近おっぱいが大きくなってきた気がするのよ。触って確かめてみる?」
「や、やめろよそういう事言うの……」
「ちなみに身長体重は151cm44kg。下着の色はーー」
「分かったやめろ、俺が悪かった。悪かったよ、頼むからやめてくれ」
懇願する様なライルの制止に、私は口を噤んだ。
安堵するライルに、私はため息を吐く。
「……ライル、私はどんな質問にも答えるわ。だから聞かせて欲しいの……何が、聞きたいの?」
「……」
数秒、ライルは思案した。時の止まった様な静寂だ。別に魔術は使っていないのに。
剛を煮やした私が再び問い詰める前に、静寂は破られた。
「お前の叫びをな、知ったんだ」
「叫び?」
思わず聞き返す私を気にせず、ライルは続けた。
「私が足を引っ張った、だの……そういうアレだ。俺はあれをあの男から聞いた」
朧げながら、記憶がある。私はあの時、恥ずかしげもなく大きな声で叫んでいた。
「……なあ、俺は……お前が足を引っ張ったなんて思ってねえよ」
……それは、ライルらしからぬ、間違った答えだ。
ライルの行動は仲間想いで、情に厚くて、利他的だけど、今まで嘘で仲間を、私達を誤魔化そうとした事はない。
本気で言っている訳ではないだろう。きっと嘘だ。私を守ろうという優しい嘘。
「でも……だ、俺がどうこう思っても、お前の意識は変わらねえだろ?だから、今回俺がお前を助けたのも、もしかしたら足を引っ張ったとか、なんとか……そうやって気に病んでんじゃねえかと……」
「……」
再び、静寂が訪れる。
じっと待ち続ける。お互い、言葉は無い。
しばらく経って、そこで私はようやく理解した。
ライルが聞きたい事は、もう全て聞いたのだと。
「……ふっ……ふふ……!」
「……?」
思わず溢れた笑みに、ライルが訝しむ。その表情が、とても愉快だった。
「はは!あはは!あっはははは!!」
「……お、おい、大丈夫か?」
おかしくて笑いが止まらない。
なんて勘違いだろう?
――足を引っ張った、というのは、ライルが歩む筈だった英雄の道筋についてだ。
別に技術や力量で、ライルに劣っている事が問題なのでは無い。
足を引っ張った事が、問題なのでは無い。
私は役立たずだった。結局ライルの足を引っ張ったのは間違いない。私の不足の尻拭いを、ライルにさせた。
でも、私はそれでも良い。大事なのはライルの名誉であり、ライルが英雄として正しく評価される事だ。
私は笑った、大きな声で、明るい顔で。
大きく感情を発露させても、私の体内で炎の魔力は暴れない。
(……そっか、私、笑って良いんだ)
私は笑った、馬鹿みたいに、大きく口を開けて。
ライルがポカンと私を見ている。
私は笑いをなんとか堪えながら、ライルに向き合う。
「ーー怒ってないわ!ライル!むしろもっとお礼を言いたい気分!」
「えっ……お、おう……?」
私は笑った。
――だって、ライル・ベアフットは私にとって英雄なのだから。




