十三話:外道
「帝国七英傑が……何故こんな場所にッ……!」
男は四肢は動かせない様だが、その目は力強かった。
引退した弓使いとかだろうか?見たところ脚に古傷がある様だが……。
「悪名高き『剣』が……何故……!?」
「その二つ名、俺は嫌いなんだよなぁ……」
帝国七英傑は現在六名、それぞれ固有の二つ名を持っている。
『国読み』『聖女』『呪詛師』『紫影』『死霊の王』
カッコいい名前が並んでいる中、俺だけ『剣』である。皇帝陛下はちょっとネーミングセンスに欠ける。
初期の頃は『勇者』だったのだが、好き勝手している内に二つ名が変わってしまった。
「……まあそんな事はどうでもいい」
それよりも重要なのは……。
「今回の件……誰にも喋らないでくれ」
「……?」
「ほら、メアリーのピンチを見過ごしたとなったら失望されるだろ?」
失望されれば将来俺を助けてもらえない。メアリーの好感度は関係無しに、とりあえず覚醒させさえすれば俺の死の運命は退けられるかもしれないが。
「俺は慎重でね。万が一にも失敗する訳にはいかないんだ」
男は俺の言葉を聞いて、意味は理解していなくとも、従う事にしたらしい。
「わ……分かった、誰にも言わない」
「そうか……」
俺はナイフを取り出した。
「信用できないな」
男の腹にナイフを刺す。出来る限り内臓を避け、即死はしない様に気をつけながら。
同時に空いた片手で男の首を掴み、壁に押さえつけた。
「……っ……!…………!」
男が必死に抵抗する。俺はナイフを抜き、投げ捨てた。
男が苦痛を顔に浮かべ暴れるが。俺には通じない。
俺は男の腹に出来た刺し傷に、指を入れた。
魔術を発動する。指が熱を持ち、男の肉を焼く。
水の蒸発する様な音と共に、男の抵抗が強まった。
男の腹の内側をじっくりとなぞり、焼いていく。
肉の焦げる匂いがする。男が白目を剥き、体を痙攣させていく。
治癒魔術を用いて男の傷を治しながら、指を抜いた。
最後に傷を塞ぐ。これで元通りだ。
首を離し。男を解放した。未だ意識が戻らない男は、その場に倒れた。
「起きろ。まだ始まったばかりだ」
倒れた男の頭を蹴り付ける。目を覚まさなかったので、追加で三度蹴りを入れる。
「グッ……な……はあッ……はッ……や……やめっ」
「あ?起きてんじゃねーか、返事はしろよ」
男を起こし、立たせる。
俺はさっき捨てたナイフを拾いながら、男に声をかけた。
「……俺は慎重でね、悪いが喋りたくなくなるまで苦しめる、本当に申し訳ない。謝罪するよ」
男がナイフを拾う俺を殴りつけようとしたので、その拳を横にそらしながらナイフで喉を切った。
「ゴフッ……」
男がふらつき、自分の喉を抑える。神経を避けたため、まだ動けはするだろう。
恐怖に駆られその場から逃げようとする男の頭を掴み、再び壁に叩きつけた。
切った喉を押さえ、それでもなおドクドクと血を流しながら、男は必死に抵抗する。
だが無意味だ。力量に差がありすぎる。麻痺毒で四肢が少し痺れているのを差し引いても、俺を退ける事はできない。
俺は腕を動かし、男が押さえつけている喉に指を伸ばした。
男の手の隙間をほじくり、指を喉の傷に突き入れる。
男の顔が恐怖に歪む、首の傷に触れられ、男が苦悶の声を上げる。俺は魔術を発動した。
男の喉に、大量の水が現れる。男はパニックを起こし、俺の手を掴み引き離そうとしている。
俺はそれを無視して喉から水を入れ続けた。
「安心しろよ、殺しはしない……死体が残れば、死因からマーダープラントが殺した訳ではないとバレる。死体を残さず消せばメアリーに不審がられる」
面倒で、尚且つ出来る限りやりたくない手だった。苦痛や恐怖では人を縛れない。秘密を守る手段としては中の下だ。
だが仕方が無い。俺の英雄幻想を崩す者はこの世にいてはならない。それ以上に、メアリーに不信を与える事は許されない。
「このまま地上で溺れ死ぬ訳じゃない。安心しろよ」
男は俺の腕を引っ掻き、なんとか逃れようとしている。
そろそろ気絶するだろう。俺は治癒魔術で男の喉を治しながら、男を解放した。
男はその場に崩れ落ち、吐いた。
血が混じった水を、酒場の床に吐き散らす。
俺はそれを眺めながらなんとなく手に持ったナイフを水魔術で洗った。
水を吐き終えた男がそれでもなお咳き込み水を吐くふりをしている。
そしてその場から跳躍して、逃げ出す。
俺は先回りして男の目の前に立った。
「ヒッ……!」
「馬鹿かお前?逃げられる訳ねーだろ」
男がジリジリと後ろに下がる。未だ逃亡を諦めていない様子の男に、俺は溜息を吐いた。
そして男を見据える。
「ちょっと俺の目を見てくれ」
男は何を言われているのか分からない、という顔をしながらポカンと俺を見返した。目があった。
「……お前、妻が居るな?」
男が目を逸らす。口から出まかせだったが、当たっていた様だ。
「子供もいるな?」
「う……ああ……やめ……やめてくれ……!二人には、手を出さないでくれ……!」
子供もいる様だ。まあ別に後から調べれば分かる事だが……手間が省けたな。
「おいおい何を勘違いしているんだ?」
「……え?」
男が間の抜けた声を出す。
「ちょっと待てよ、まさか俺がお前じゃなく、お前の家族を狙うつもりだと思ったのか?」
「え……?」
「お前の家族にさっきお前にやったみたいな事をするって思ったのか?おいおい……」
呆れた声を出す俺に、男は安堵した。
「その通りだ、お前が秘密を守らなければお前の家族、友人、仲間を殺す。出来る限り苦しめて殺す。最後の最後まで苦しませ、絶望させて殺す」
俺は肯定した。男の顔から血の気が引く。
「そこまでです」
不意に、二階から声がした。聞いたことのある声だ。
コツ、コツと、階段を下る靴の音がする。
「そこまでです。カーライル、それ以上の拷問は無意味です。彼は秘密を守ります。それは私の名『国読み』に掛けて保証しましょう」
そこにいたのは国読みだった。
何故ここに、何故止める。
そんな疑問が浮かんだが、俺は取り敢えずそれを捨て置いた。
「オーケー、辞めるよ、すまなかったな、許してくれ」
男は信じられないという顔で俺を見て、ゆっくりと距離を取った。
「帰っても構いませんよ。ポールさん?」
男……ポールは俺から一切視線を外さず、ジリジリと出口ににじり寄った。
そして俺との距離がある程度離れた瞬間、脱兎のごとくかけ出して逃げた。
「はっ……何であんな警戒されるかね?」
「自業自得でしょう……」
国読みは栗色の髪の女だった。ピシリと背筋を伸ばしていて、年齢はおおよそ俺と同年代。
背は女にしては高く、胸はそこそこにある。顔は平凡で、初見だととても国読みだとは思えないくらい地味だ。
「さて、まずは……おめでとうございます、カーライル。貴方は見事メアリーさんの覚醒を成功させました」
「ああ、まあ……あんま実感は湧いてねぇけどな」
「素晴らしいです。メアリーさんの技能は帝国の役に立つでしょう。例え貴方が死んでも」
俺は国読みの意図が読めず、ポリポリと頬を掻いた。
「それで?何の用だ?」
「特に用事があった訳ではありませんよ。ちょうど暇だったのと、たまたま近くで仕事がある予定だったので」
「……ほぅ?」
信用出来ねえ……なんか企んでるだろ……。
殺すか?前々から思っていたが未来が分かる人間は非常に鬱陶しい。国読み抹殺計画の実行には後十年は必要だが、ここで殺っちまえば……。
「メアリーさん……見たから知っていますが、顔綺麗ですね……」
「寝顔をジロジロ見てんじゃねえ」
「同性ならセーフですよ」
「アウトだアウト、怒ると面倒なんだよ」
国読みは演技なのか、はたまた素なのか、不満げな表情を浮かべる。
……何だこの茶番は?国読みの未来視、占いは万能だ、こんな無意味なやり取り必要無い。
全てが国読みの想定通りであるのであれば、全てが既知の事象であるのであれば、実際にここに居る必要なんて無い筈だ。
暇つぶし、というのも……あながち嘘ではないのかもしれない、本を読むのと実際に体験するのは違う、記憶を想起させるのと、実際に体験するのは違う。
よく分からないが、未来視と実際の体験、感覚には差異があるのかもしれない。
「……時の魔術は、貴方でも扱うことのできない特異属性です。何故か説明しますね」
「突然どうした?」
「いえ、少し後に聞かれるので、先んじて答えておこうと思いまして」
……俺の内心の隅っこの方にある疑問を、国読みは当然の様に口にした。
「特異属性とは、かつて神が現れるよりも前に既に存在していた事象に関する属性です。炎や氷、無属性から派生させる事の出来る一般属性とはルーツが異なるのです」
国読みはつらつらと述べる。それは知識や知恵ではなく、実態は国読みの未来視である。未来において説明された言葉を覗き見て発言しているに過ぎない。
国読みの未来視、精度はかなり高い、ハッキリ言って無敵だ。この俺を殺そうと考えれば、容易く処刑出来る。
「時間は神よりも前に生まれた。神が作ったこの世界の要素は無属性……神と同質の力で作ることが出来ます。ですが、神の被造物でない時間は、作る事が出来ないのです」
国読みの能力は俺がどれだけ努力しようと届かない程の高みにある。許せない。
俺は自由に生きたい、束縛なんてごめんだ。国読みがその気になれば容易く瓦解する自由なぞクソ喰らえ。
ぶっ殺さなければならない、俺の人生のために、国読みは死ななければならない。
「貴方の魔力はほぼ万能ですが、私の様に遠い未来を見る事は叶わず、メアリーさんの様に物体の時間を操る事も出来ない……これは確定事項です、向こう一万年掛けても解決不可能な問題ですよ」
剣はいつでも抜ける。ほんの一太刀、それだけで国読みは……俺の人生にとって最も目障りな存在が消え去る。
未来視は万能であっても完全ではない。他ならぬ国読み自身の行いによって、未来は変化する。それ故に国読みを殺したいのであれば、国読みが未来を変えた時点で詰みの状況を作れば良い。
今殺す事は出来ない。国読みがこうしてここに居る以上この国読みは自分が殺されない未来を見ている筈だ。
あるいは、今この瞬間に国読みが未来を変えたのであれば、その限りではないかもしれないが。
「さて、ルーツの話はもう良いでしょう。次、結論から述べます、カーライル、貴方にはある犯罪組織を消していただきます」
「あ?」
「メアリーさんが苦戦している間何をしていたのか、その言い訳を作るのです。貴方の発案ですよ。よろしいですね?」
俺がいつそんな案を出したのかと言えば、まだ出していないと、そういうことだろう。
……国読みを殺すのは……後回しにしておくか。何となく、そうした方がいい気がする。
「分かった。それでその犯罪組織とやらはどこに?ついでにマーダープラントを仕入れた馬鹿も頼む」
「ええもちろん。ではまず、犯罪組織のほうから、場所は――」
***
そうしてカーライルが去り、一人酒場に取り残された国読みは眠るメアリーを眺めていた。
「……やはり、綺麗ですね。アイドル売りもありかもしれません。英雄的というか、何というか……素行も良し。七英傑の欠番は、この子で良いと、そうは思いませんか?」
国読みがそう語る。誰もいない……訳ではない。
国読みの影から、一人の女がぬるりと出てきた。
白い法衣で身を包み、その瞳は閉じられている。
背中に届く程度に伸ばされた銀髪は、丁寧に手入れされているのが伺える。
『国読み』ミニツ・レッツと並ぶ帝国のトップ、帝国七英傑が一人『聖女』グラハム・ティサロッサである。
「貴女の判断であれば、きっとそれは正しいでしょう」
「いいえティサ、私は貴女の意見を聞きたいのです」
「聞くまでも無いでしょう?」
国読みは未来が見える。実際、聖女と直接会話を交わす必要は無かった。だが未来視と実際の経験には差がある、国読みは結果が欲しいのでなく、過程を楽しみたいのだ。それは聖女もわかっている筈だが……。
「……もしかして怒ってます?」
「怒っている?何にですか?あのカーライルの凶行を最初から止めようとしなかった事にですか?怒っていませんけど?貴女の判断であれば、それは正しいですよ。きっとね」
完全に怒っている……必要な措置だったから見過ごしただけで、もし無駄に苦しませない方法があればそうしていた。
……まあ、過程がどうあれ実際に拷問が始まると知っていて何もしなかったのだから、結局同じ事であるかも知れないが。
「反省は……まあしていませんが、どうしても必要な事だったのです。どうかご理解を」
「………………まあ、貴女の心労も理解は出来ます。未来が見えるというのも、楽ではないのでしょうね」
聖女は少しだけ眉を顰めながらそう言った。
「メアリーさんは……きっと良い人間ですよ。その魂の輝きを見れば分かります。帝国七英傑にも、相応しいと思います」
「ふむ……他の方々との軋轢も少ないでしょうか?」
「ええ、きっと」
帝国七英傑は誰も彼も癖が強い。メアリーの様な純真真面目タイプはかなり良い。
国読みがそう思考していると、聖女は少し訝しげに声を出した。
「それにしても、今回私は必要でしたか?何も出来ませんでしたが……」
「いるだけで良いのです。もし貴女がいなければ、カーライルは私を殺したでしょうから」
本当に……恐ろしい男だ。カーライルはある意味で国読みの天敵だった。未来視の結果では、カーライルは国読みが護衛をつけなければ国読みを殺していた。
どれだけ隠しても、何らかの手段でそれを察知しているのか、護衛を付けた時点で殺害を取りやめるのだ。
一体どういう手段を用いればそんな事が可能なのか……。
「……まあ良いでしょう。ティサ、後七分でカーライルが帰ってきます。今のうちにシナリオを決めておきましょう。まずメアリーを助けたのは……」
国読みは未来を見ながら、最適な行動を選ぶ。
その為ならばどの様な手段も厭わない。無実の男が拷問を受けようが、また、マーダープラントの幼体を街に入れる事で市場が崩壊しようと。
国読みは最善の行動を取る。
帝国にとって最善の、未来を。




