十一話:激突
メアリー・ヒィは卓越した魔術師である。
その実力の大部分は彼女の眼『閻魔眼』によってもたらされている。
その眼は非常に優れた魔導器官であり、魔力の制御に優れ、またほぼ無尽蔵に炎の魔力を生み出す。
それ故に、メアリーは炎の魔術を用いれば比類する者の無い世界でも有数の魔術師であった。
体内の炎の魔力を杖に流し、無属性の魔力に変換し、飛来する蔓の鞭を弾き飛ばす。
無色透明の衝撃に防がれた鞭は裂け、破片が辺りに散らばった。
マーダープラントが咆哮する。虫の断末魔の様な声を上げながら、蔓を地面に刺した。
同時にメアリーは杖を振るい四本の氷の槍を生み出す。
杖を指揮棒の様に振り、氷の槍を射出する。
一拍遅れて、メアリーの目の前の地面が炸裂して、鋭い蔓がメアリー目掛けて飛び出した。
メアリーは指輪を嵌めた手を前に出し、魔力を吐き出す。
蔓は跳ね除けられ、氷の槍はマーダープラントに命中した。
マーダープラントの身体が抉られ、その体液を撒き散らし氷の槍が炸裂し、辺りを凍らせた。
マーダープラントが氷の槍に抉り飛ばされた身体を修復する。メアリーはその隙に周囲の蔓を擦り潰し、土の魔術で地面を固く強化した。
再び氷の槍を生み出す。その数八本。
身体の修復を終えたマーダープラントが身を捩り、蔓を振り回した。
メアリーは咄嗟に氷の槍の炸裂を停止し、単なる質量武器に変更、射出する。
射出された氷の槍は蔓に当たろうがその姿を変えない。
連続して命中する氷の槍は、マーダープラントを容赦なく潰していく。
「これで……!」
……メアリーは勘違いをしている。マーダープラントの本体は実は地上に出ている身体ではない。一般的な植物の茎や葉、蔓をそのまま巨大化した様なそれは、マーダープラントの端末であり、人間で言うところの腕や足だ。
本体は地中にある。なまじ幼体が地上部分と似通った姿をしていて、その上子育ては基本的に地上部分が行うため起こりやすい勘違いだ。
潰れた露店の一つが地中から這い出たマーダープラントにより吹き飛ぶ。
種子のような形の硬い外殻に、それを覆う花弁、無数の蔓をタコの触手の様に利用し、自重を支えている。
中心にある外殻が開き、辺りに花の甘ったるい匂いが充満する。中にある無数の花粉が、否、花粉の様に見えるそれらが開き、中から目玉を覗かせる。
無数の目線が全てメアリーに集中する。メアリーはその頃にはもう、先程よりも強力な氷の槍を生み出していた。
それが放たれるより前に、マーダープラントは蔓で足元からソレを持ち上げた。
「……ッ!あれ、は……!」
それは人だった、逃げ遅れたか、露店に押し潰され逃げる事が出来なかった一般人。
当然、メアリーの氷の槍が放たれれば巻き添えになる。
「……この……!バカ植物!」
語彙の乏しい罵倒で罵るメアリー目掛けて、マーダープラントは蔓を放った。
メアリーは咄嗟に指輪の魔力を用いて蔓を弾き飛ばした。
片手杖を乱雑に振るい、既に作ってしまった氷の槍を破棄する。
同時にマーダープラントが蔓を二つ放つ。指輪と片手杖に魔力を通し、先程と同様に弾き飛ばす。
唯一先程と異なるのは、乱雑に魔力を流された指輪だけだ。
片手杖はそこそこ頑丈で、ある程度雑に扱っても問題は無い。魔力を通し無属性に変換して吐き出す工程を素早く行っても壊れたりはしない。
だが指輪は違う。指輪はあくまでも緊急時用の補助杖であり、その耐久度は低い。
ピシリと、指輪に亀裂が走った。
メアリー・ヒィは卓越した魔術師である。
だがしかし、彼女の体内の魔力は全て炎の魔力であり、素手による魔術の利用は炎のみに限定される。
再び放たれた蔓の鞭。両側から放たれるソレに対して、メアリーはまず氷の壁を片方に作った。
魔力を込めなおし、迫る鞭を片手杖で吹き飛ばす。もう片方は氷の壁によって防がれた。
氷の壁が半壊し、破片がメアリーを傷つけた。
魔術は単発であれば無属性が最も効率が良い。氷では非効率だし、メアリーの片手杖はその小ささ故に、一度に杖に込められる魔力が少ない。
メアリーの氷の壁は攻撃を完全に防ぐ事はできない。
メアリーは風の魔術を用いて、地面を滑る様に移動した。
鋭く放たれる蔓を回避し、マーダープラントに接近する。
しかし、一帯の地面は柔らかく、魔術による強化も無い。
マーダープラントが咆哮し、地面に蔓を刺した。
メアリーはそれに対応する様に、その場で停止する。
そして地面を踏みしめ、風の魔術によって爆発的な加速を得、跳躍した。
一拍遅れてメアリーの立っていた地面が炸裂する。
メアリーはマーダープラント目掛け空中を跳ぶ最中、杖に魔力を込めた。
メアリーは自身目掛けて飛んでくる蔓を、無属性魔術によって吹き飛ばす。
マーダープラントの本体に着地する直前、指輪に込めた魔力を氷に変換し、叫んだ。
「凍れ!」
壊れかけの指輪から氷の波動が放たれる。魔術の起点を中心に、マーダープラントの身体が凍っていく。
しかし。
メアリーの魔術はマーダープラントの全身を凍らせるに至らず。続けて魔術を放とうと片手杖を持ち上げるメアリーを、素早い蔓が打ち付けた。
「きゃあ!」
メアリーが小さな悲鳴をあげながらマーダープラントから落下する。辛うじて受け身を取れたメアリーに、マーダープラントは追撃した。
一撃、体勢の整っていないメアリーに蔓が打ち付けられる。
魔術師用の万が一の保険、ペンダントの守護が発動する。
衝撃のほとんどが消え去り、メアリーへのダメージは尻もちをついた程度ですんだ。
メアリーは迫り来る蔓に風の盾を張った。衝撃と暴風が蔓と衝突し、爆発する。
衝撃をその身に受け、メアリーはその体を吹き飛ばし、マーダープラントから距離を取った。
崩れた露店の残骸の上を転がり、体中に擦り傷を作りながら体制を立て直した。
顔を上げる。その時には既に蔓の追撃が迫っていた。片手杖を乱暴に振り蔓を防ぐ。
……そして、メアリーは一本目に隠れたもう一本の蔓を見た。
咄嗟に指輪を前に出し、そして手からパチパチと火花が散る。
メアリーはソレを認識した瞬間、ビクリと身を硬直させて真っ赤な目を見開いた。
致命的な隙を晒した無防備なメアリーの腹を、蔓は容赦なく打ちのめした。
衝撃でくの字に吹き飛ぶメアリーは、比較的無事な露店に突っ込んだ。
陶器の品物を破壊し、簡素な露店は完全に破壊される。
メアリーは意識を一瞬失い、全身を駆け巡る激痛によってすぐに目覚めた。血と土に汚れた身体を起こし、痛みを堪えて逃亡しようとフラフラと立ち上がる。
骨が折れたのか、足首がぐにゃりとおかしな方向に曲がる。
一歩歩くこともできず、メアリーは地面に倒れた。
這いつくばり、それでもメアリーは諦めず、這いずり進んでいく。
そして、すぐ近くに来ていたマーダープラントは、メアリーに蔓を叩きつけた。
「かっ……ぁ……!」
鞭の様に細い蔓をしならせ、メアリーの背を何度も、何度も打つ。
メアリーを弱らせ、幼体の餌としようとしているのだろう。
メアリーはそれに対し、激痛に耐えながらも杖を振るった。
魔力が蔓を消し飛ばし、そして……。
限界を迎えた片手杖は、半ばから折れ役目を終えた。
「あ……」
メアリーはそれを、絶望的な表情で見る。
そしてそのまま、その目に涙を浮かべ、絶望に屈する……と、そう思いきや。
メアリーは懐からナイフを取り出した。そこそこ上等な物だが、マーダープラントの巨大な体躯を考えれば明らかに不足している。
マーダープラントはその様子をゆっくりと観察していた。
メアリーはナイフを持ち、ヨロヨロと立ち上がる。折れた足を庇い、ほぼ片足立ちで。
そして……ナイフを構えた。
「……絶対、あきらめない」
意識的か、無意識的か、それすらも分からないが、メアリーはぶつぶつと呟く。
「らい、るが……期待、してくれた」
ゆっくりと、一歩進んだ。
「わたしは、その、期待に……答えない、と……!」
マーダープラントが蔓をしならせる。
メアリーのナイフは、弾き飛ばされて遠くに飛んでいった。
姿勢が崩れ、再び倒れる。それでも、例え武器を失おうと、メアリー・ヒィは諦めない。
「わたしが、私が足を引っ張った!英雄となるライルを私が引き留めた!」
メアリーは叫び、その身に魔力を滾らせた。
「これ以上ッ!足手纏いでいちゃいけないの!」
ただ叫ぶだけで何もしないメアリーに飽いたのか、マーダープラントは蔓を伸ばした。
メアリーの体から魔力が立ち上る、その魔力は炎……ではない。
放たれた三本の蔓を、メアリーは止めた。停止させた。
時の止まった蔓を、マーダープラントは不思議そうに見る。
その瞬間。メアリー・ヒィは覚醒した。




