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番外小話置き場  作者: わやこな
ミヤスコラ学園の話
35/43

あなたは可愛い人 中



「早かったな。で、どうだった?」


 壁にもたれていたテトスに聞かれて、ナーナは目を瞬かせてあたりを見回した。

 いつの間にか、ナーナたちは学園棟の入り口廊下に立っていた。隣には呆然としたヨランもいる。

 後ろを見たが、何もない。先ほどまで居た部屋の痕跡も見つけることができなかった。

 まだヨランと繋いだままだった手を放して、ナーナは乱れた髪を直しながら返事をした。


「どうと言われても。そうね、すごい技術だったわ。ね、ヨラン」

「はあ……あの、ナーナティカ」

「出された課題はすごく簡単だったから、達成した瞬間を観察できなかったのは残念だったかしら」

「ナーナティカ」


 ヨランが繰り返してナーナを呼ぶ。

 ナーナが振り向けば、据わった目つきで見られていた。耳や目じりはほんのり赤く色づいているのに、表情は苦虫をかみつぶしたようなものだった。

 横目で見えたテトスが眉をひそめている。馬鹿にされているとだけはわかったので、ナーナが見返そうとすると、それを遮るように手を絡めとられた。

 ナーナとは違う、しなやかだがちゃんとした男の子の手だ。

 どうしたのかとヨランのほうを向くと、一息にヨランは言った。


「あとで話があります。ちょっと、確認をしたいので」

「確認? 今でも」

「いいえ、あとで。ゆっくり」


 握られた手を、一度、二度、強く握りなおされる。


「いいですか」


 やけに言葉の圧がある。


(えっ、何か、怒らせちゃった? 夢中になって見てたのが駄目だった? それか、えっと、何かしら)


 おろおろとヨランを見る。それでもわからなくて、ナーナは同じ男ならわかるのかとテトスを見た。テトスは呆れた様子を隠すまでもなく言い放った。


「ナーナ、お前が悪い。そんなことより、部屋の仕組みや活性化の条件はなんだった」


 期待してはいなかったが、助けはなかった。

 ヨランも口を引き結んでいる。そして手はちっとも離れる様子もない。

 幸いだったのは、人通りが多かったために誰も彼もナーナたちを気にしていないことだろうか。

 それでも、誰かに聞かれて面白おかしく吹聴されてはかなわない。そう考えるところは双子で共通したのかもしれない。

 ナーナが口を出すまでもなく、テトスが手で示した場所へ三人で移動した。


 人気がないことを確認して一通り話し終えると、用は終わったとばかりにテトスは片手を上げて言った。


「なるほど。入る条件さえわかればあとはいい。参考になった。じゃあな」


 そう言うなり、さっさと身をひるがえして帰っていった。


(相変わらず、勝手ですこと)


 あっという間にいなくなったテトスの背を見送れば、あとはナーナとヨランがその場に残るばかりだ。

 ナーナはまだ繋いだままの手を見下ろして、そろりとその手の先を見上げた。

 ヨランの沈黙が、恐ろしい。


「あの、ヨラン」

「はい。話をしましょうか」


(お、怒って……いる? いないわよね。でもちょっと機嫌は悪そう?)


 ヨランは商家の息子というわりに、表情はわかりやすいほうだ。

 親しい間柄だからだろうか、そうだとするなら特権なのかもしれない。ナーナがうかがっていると、中性的な整った顔立ちはわずかに柔らかな印象に変わった。


「ナーナティカが、僕を好ましく思ってくれてることは疑ってません」

「えっ、あ、うん。そうね」


 唐突に言われて、ナーナは面食らいながらうなずいた。


「だからあの部屋に入れたし、すぐに出れた。それは理解しています」


 こくこくとナーナもうなずく。その通りだからだ。

 ヨランは、唇に笑みを作ったまま、柔らかな声音で言った。


「この際、僕がナーナティカを可愛いと思っていることが知られてるのはいいんです」

「ええと、それは、ありがとう?」

「事実ですし、別に。けど、ナーナティカ?」

「はい」


 にこ、と小さく微笑んでヨランはナーナの手を両手で挟んで握った。


「もしかしなくても、常日頃、僕はあなたに可愛いって思われてます?」

「あっ」


 思わず声が出た。


(それが原因だったのね!)


 ナーナは合点がいった。

 年頃の少年に、それも恋人に向かって可愛いなんて、嬉しいことではなかったのだ。


(でも、本当のことだし……それこそ嘘じゃないわ)


 事実、ヨランは可愛い。

 ナーナは間違いなくそう思っている。

 容姿も中性的でまだ青年になりかけのところも可愛いと思うし、一生懸命背伸びしてナーナたちに追いつこうと頑張っているところも可愛いと思っている。ナーナ自慢の可愛い年下の恋人なのだ。

 この件に関して気にしている姿一つとってもそうだ。

 先ほどまでの落ち着かない気持ちはどこへやら。ナーナはヨランに向かって言った。


「ヨラン。可愛いわ」


 ナーナが言えば、ヨランはため息を一つ吐いた。


「……また言う」

「だって、そういうところが私は好きだもの」


 ぴくりとヨランの手先が動いた。

 赤い瞳が瞬いて、じわじわとその色が広がるみたいに目じりから頬が染まっていく。


(やっぱり、可愛い)


 じ、と見入ってしまう。だがそれは、ヨランが我に返ったみたいに軽く頭を降ったことで止められた。

 

「それは、嬉しくは……なくはないんですけど……そうじゃないというか」

「私より、ヨランのほうが可愛いくらいだもの」


 手をおろし、居住まいを直して、ヨランはナーナをじっと見た。

 赤い瞳としっかり見合う。ぱちぱちと目を瞬かせて見返せば、小さく息を吐かれてしまった。


「ナーナティカ」

「はい」


 おもむろに名前を呼ばれて、ナーナが返事をする。


「僕よりも。あなたのほうが、可愛い」

「あの」

「本当に、あなたのほうが、可愛いんです。僕にとって、あなたは」

「わ、わかったから」

「ずっと可愛い人だ」


 一息に言われた言葉がしんとした空間に響く。

 思った以上に耳に残る声音は、ひどく甘ったるく耳朶を打った。

 遅れて、触れ合う指先から熱さが移ってくる。

 ナーナは徐々に赤くなった顔で、ヨランを見返した。

 ヨランも、さらに耳を赤くさせている。それでも視線は逸らさず、うつむきそうになるナーナを捉えている。


(恥ずかしいのに、逸らせない……!? あああ、なんで。なんなの、これ)


 ぐるぐると恥ずかしさがこみ上げて、考えもまとまらない。恋とは不思議だ。

 いつもなら普通に考えられることも、冷静さもあっという間になくなるのだから。


 互いに沈黙することしばらく。

 ヨランは意を決したように声をかけた。


「今度の休息日。空いていたら、時間をください」

「えっ、あっ、ええ。大丈夫、空いているわ」

「じゃあ、橋の街に。停留所で待ち合わせがいいか……あと、友人の付き添いは、なしで」

「何か買い物をするの?」

「してもいいです。ただ、一緒に出かける時間を作りたいので。いいですか」

「それって」


 ナーナの脳裏に、「デート」の文字がでかでかと明滅した。

 デートだ。間違いなく、二人きりのお出かけ。恋人と一緒に過ごす時間。まごうことなき、デートだ。

 以前、ジエマのお願いで出かけたこともあったが、そんなものとは違うどきどきとした心地が襲ってくる。

 あまりに意識する姿を見せるのもどうかと思うのに、ナーナは懸命に動揺をこらえてうなずくばかりしかできなかった。

 ヨランも緊張していたのだろう。

 ナーナの様子に、ほ、とゆっくり息を吐いた。


「良かった。では、今度の休息日に。時間は、ナーナティカはいつがいいですか」


 咄嗟にいつでも、と応えそうになって飲み込む。

 朝からずっと一緒を想像して、果たして自分は大丈夫なのかと思えてしまったからだ。間違いなく変な行動をしかねない。だって、今だってこうなのだ。

 ナーナが考え込んでいると、ヨランはそっと言った。


「そんなに気負わなくていいですよ。最初ですから」

「最初……?」

「最初ですよ。一回きりなわけないでしょう」

「それは、そうね?」

「次も、その次も。何度でも付き合います。だから、変に気にしないでください」


 気遣いからの言葉なのか。今後もあって当然と思っているのがそのまま出てきているのか。

 判断しかねるが、その言葉でナーナの気が少し晴れたのは間違いない。

 ナーナはたずねられるがまま、時間の約束をした。

 そのまま和やかに会話に移って、いつも通り、図書館で過ごしてその日は別れたのだった。







 ナーナと別れたそのあと。ヨランは寮の自室で小さくこぶしを握り締めていた。


(……よし。うん、大丈夫。この際、可愛いと思われていることは置いておこう)


 そんなことより大事な用事ができた。

 デートである。

 ちゃんと、ヨランから誘って、お互いその認識をもって行うデートだ。姉のジエマが強制してきたあのデートもどきとはわけが違う。

 そわそわと意味もなく自分のスペースの片づけをしながら、ヨランは何をしようかと考えを巡らせた。


(可愛いかったな……本当、僕なんかよりずっと。まわり、節穴だらけでよかった)


 ナーナの故郷の奴らが、ナーナに目をつけなかったのはヨランにとって幸いだった。あれほどの才媛で魅力的な相手はいない。

 ヨランは、恋に浮かれているため多少の美化をしているのだが、誰も指摘する者はいない。しみじみと先ほどまでのナーナの姿を浮かべて、ヨランは溜息をついた。


(かわいかったなあ……)


 一つ二つの年の違いがなんだというのか。

 ヨランから見た年上の彼女は、恋愛感情に慣れてなくて、真面目で、こちらに応えてくれようとしてくれる。

 魔法に目がなくたって、ヨランを巻き込んで夢中になったって、そんな姿も込みで好意を持ったのだ。あとで気づいて伺うようにこっちを見てくるのも、好きだ。


(何しよう。写本と魔法道具の店は多分喜ぶだろうし、買ったならすぐ見たいかもしれないから……静かなところで)


 まだ始まってもいないのに、次から次へと自分に都合のいい展開ばかり浮かんでくる。


「はあ」


 幸せでも溜息は出るらしい。

 新たな学びを経て、ヨランは視線を上げた。

 いつの間にか、部屋はきっちり綺麗に整えられていた。



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