あなたは可愛い人 上
『水溶性のたからもの』後。
「~しないと出られない部屋」魔法学園バージョンとデートリベンジの小話。
ナーナもヨランもぽんのこつです。
「ねえ、強制の部屋って知っていて?」
唐突に聞いてきた友人、モナの言葉に、ナーナティカことナーナは目を瞬かせた。
先ほどまで学園内のウワサ話を楽しそうに話していたので、その関係だろうか。
夜の帷が下りるころ、ちょっとしたお茶会の時間。
部屋の中には、ふんわりとしたお茶の香りが漂っている。
ナーナは同じテーブルで話を聞いていたもう一人の友人へと顔を向けた。すなわち、マイペースにお茶を飲んでいたミミチルだ。
ミミチルも知っているのか、小さくうなずいた。
「モナ、ナーナは知らないよ。だってそれが出るのって、暖期のはじめくらいだったでしょ」
「あらっ、そういえばナーナは暖期の途中からの編入だったものね。あまりに馴染んでいたから忘れていましたわ。では、注意が必要ですわね」
「それは、そうかもぉ。ナーナ、もしかしたら引っかかるかもだし」
正反対に見える二人の友人たちだが、息はよく合うようだ。口々に言い合ってから、ナーナに意味ありげな視線を揃って送っている。
そして、「んんっ」と咳払いを軽くして、モナが口を開いた。
「いいですこと、ナーナ。我がミヤスコラ学園は歴史が古いから、変わった部屋や物がいくつかあるんですのよ」
その言葉に、ナーナは学園の歴史書を思い出した。
寒期に編入生だからと教師のフスクスから出された課題で見たものだ。200年くらい前の学園の歴史書には、確かに今の設備とは異なるものが書かかれていた。
(でも、見た感じそこまで変なものはなかった気がするけれど……いえ、それどころじゃない貴重書だったから、見落としていた可能性があるかも)
記憶のページをめくってみるが、モナたちが言う「強制の部屋」なんて言葉に覚えはない。
ナーナは大人しく相槌を打って先を促した。モナは艶やかな赤を塗った唇を待ってましたとばかりに開いて続けた。
「歴代の生徒たちが創り上げてきたと言われる、魔法道具の部屋があるんですの」
「それが強制の部屋?」
「そう。ただの魔法道具が詰まった部屋ではなくってよ。そこはね、暖期になるとおもむろに活性化して、条件を満たした生徒を閉じこめてしまうの」
「呪いが掛かっているとか、そういう話かしら」
「いいえ、違いますわ」
「モナが好きな話だよ、ナーナ」
ミミチルが口を挟めば、モナはナーナのほうへと身を乗り出した。
「年頃の異性、それも互いを憎からず思っている相手にだけ反応する部屋なの!」
きょとんとするナーナに、モナは好奇心にきらめく瞳で話す。
「長い間この部屋で生まれたロマンスは数知れず。有名なカップルは、物語になったほどですわ!」
「でも、自分たちが対象となるのは嫌な人もいるから。私でも知ってるウワサなんだよ、ナーナ」
ミミチルが水を差せば、モナは整えた細眉を寄せる。
「実際、そこまで脅威ではないとわたくしは思うのだけど」
「モナはもう入ったんだっけ?」
「ええそうよ、ミミチル。一年生のときにヴァーダルと。わたくしのときは息の合ったダンスを、でしたわ」
「あのときのかあ。すごく疲れた感じで帰ってきた日のことでしょお? よく覚えてる。大変だったねえ、モナ」
「まあ、そうですわね。あの時ほど幼馴染が婚約者でよかったと思いましたもの。確かに、課題が難しい場合はすぐに出られるわけでもないし……ナーナも気をつけなさいな。レラレがいるんでしょう?」
「うんうん。ナーナもお付き合いしてるんだもんね」
二人にじっと見られて、ナーナは思わずまごまごしてしまった。
事実は事実なのだが、二人の前でまだきちんと言ってはいないのだ。ナーナは指先を意味もなく重ね合わせて、自分でも思った以上に小さくなってしまった声でたずねた。
「そう、なのだけど……どうしてわかったの?」
モナとミミチルは互いに顔を見合わせて、それからナーナを見ておかしそうに笑った。
「いやですわ、ナーナったら。ああして一緒に居たら、すぐにわかりますわよ」
「レラレ家の別荘地に招かれたって話、聞いてるもん。あと、ナーナって結構分かりやすいから」
「えっ」
そんなに様子に出ていたのか。
ナーナはさっと顔に手を当ててうつむいた。頬が熱い。
「暖期のお休みに何があったか、まだ聞いていませんでしたわね? わたくしたちに報告すべきではなくって?」
「モナ、話が逸れてるよ。ほら、ナーナがレラレと付き合ってるなら、ちゃんと注意しておかなきゃ」
「んもう。聞きたいことはいっぱいあるのに……でも、仕方ないですわね」
咳払いをすると、モナは指をひとつひとつ増やして話し出した。
「出現する場所は決まっていますの。多いのは、学園外に出る通路の途中。次に、特別棟の廊下のどこか。あとは、屋上に向かう教室棟のどこか」
「普通にドアを通ろうとしたら、違う部屋に繋がっちゃうんだって。だから、ナーナ。レラレと一緒にいるときに、そこを通るなら注意してね」
「そうですわね。どんな課題が出るかわからないですもの」
真面目に心配されて、ナーナは顔を上げた。徐々におさまってきた頬の熱さを、ごまかすように微笑んでみる。
「ありがとう二人とも。でも、そんな部屋があるなら先生方が対処されないの?」
「昔からある学園の……ある種の伝統みたいなもので、被害はそうないから見逃しているみたいですわ」
「んー、なかなか達成できなくて栄養失調になっちゃった人もいるにはいるんじゃなかった?」
ミミチルの言葉に、ナーナはぎょっとした。
「被害、出ているんじゃ」
「無理難題は出ないって聞きますわよ。ミミチル、確かそのときは意地っ張りで有名な二人組だったんじゃなくて?」
「そこまで覚えてない。だって、人の恋路に興味はないもん」
「んまあっ。駄目よ。乙女はそういう話題にも敏感でなくちゃ! ミミチルあなただって、いつかはそういう相手が出来てもおかしくないんですからね」
モナによるミミチルへのお節介がまた始まった。
ナーナへの注意は終わったとばかりに、モナは聞かないふりをするミミチルに唇を尖らせて話しだしている。
(場所に気をつけて、魔法道具のことなら注意をすれば……遭遇しないわよね。うん、気をつけるだけ気をつけましょう)
ナーナはそう結論付けて、気持ちを落ち着かせるために目の前に置かれたカップからお茶を一口飲みこんだ。
*
気をつけるだけでいい。
そうナーナは思っていたが、好奇心が強く、なおかつこの手の話題に食いつきそうな存在が身近にいたことを失念していた。
「強制の部屋というものがあるらしいな」
黙ってさえいれば凛々しいと評される顔は、ナーナにはにやついて見えるだけだった。楽しいことを見つけたとばかりに、口元も緩んでいる。
ナーナとは全く似てはいない、双子の片割れであるティトテゥスことテトスだ。
モナたちから話を聞いてから数日と経たずに、テトスはナーナを捕まえるとおなじみの図書館の一室に呼びつけたのである。
そして、その場にはナーナ以外にもう一人。
「あの、まさかですけど。入りたいとは言いませんよね」
落ち着いた、けれど少しばかり呆れを乗せた声色で言ったのはヨランだった。
学年は下ではあるが、編入生であるナーナたちと比べれば、この学園や都などの知識は遥かにある。
(……意識しすぎるのは、よくないのだけど……もう、モナがああいうこと言うから)
頭の中で呟いて、これではいけないとナーナは一呼吸した。
それから、座っているヨランを見すぎないように、テトスへと視線を向けた。張り合ってばかりの双子の顔は、こういうとき冷静になれて助かる。
「いや。入れたらそれはそれで構わないが、ジエマさんに万が一があってはいけないからな」
「ティトテゥス。一緒に居たら入れるとでも言いたげだけど、あなたそんな関係じゃないでしょう」
「時間の問題かもしれないだろ。少なくとも他の有象無象よりは好かれているぜ。なあヨラン」
「まあ、そうかも……しれないですけど」
自信ありげなテトスは、曖昧に肯定するヨランの答えにさらに満足そうにうなずいた。それから、持参していた荷物から丸めた地図を取り出した。
図書館内の自習部屋の長机に広がった地図は学園のものだ。
テトスの指がとん、とん、と地図をさしていく。
「出現場所はこことここと、ここらへん、だったろ。ヴァーダルたちから聞いてるが、ナーナ、お前は気にならないのか」
「何よ」
ナーナが聞き返せば、テトスは地図に置いていた人差し指をすっと上げて動かした。
「魔法道具が、どうやって対象を選別できる? 恋愛感情を読み取ることが可能だと思うか? そうだとしたら、どれほどの価値があると思う?」
「そ、れは……」
思ってもいない疑問に、ナーナはハッとした。
(ティトテゥスの言う通りだわ。私の知る魔法道具で、細かな対象の選別ができるものは早々ない。それに、恋人をきちんと選定するならどんな条件になるのかしら)
口元に手を当てて、思わず考え込んでしまう。
(もしかするととんでもない価値の物があったり? モナたちは魔法道具が詰め込まれた部屋って言っていたけれど)
考え出すと、次第に興味がわいてくる。
実家の魔法道具屋にも、相手が恋人か否かを判定する道具は置いていない。
それには、いったいどんな魔法構築式がこめられているのだろう。
未知の道具に魔法の魅力が、ナーナの恥じらいを吹き飛ばした。
「探すついでで観察してみたらいいと思わないか」
だから、テトスの思惑にナーナはうっかりうなずいた。
「それもそうね」
「えっ」
ヨランが本気かという顔で見てくる。
(ああ、ヨランの了承がないままは駄目だったわ!)
ヨランとは暖期の休みで、色々あってお付き合いを始めた間柄だ。
そしてこの件は、恋人が関わってくる。つまり、否が応でもヨランの協力が不可欠になってくるだろう。ナーナはヨランを見返しておずおずと聞いた。
「ヨラン。気になってきちゃって……駄目?」
「駄目、というか、その」
ヨランは基本的に頼めば、ほとんど断らない。そのことをナーナは知っている。
義理深く優しい年下の恋人を利用してしまう罪悪感は、ある。
申し訳ない気持ちを込めて、じっと見つめる。赤い瞳が彷徨って視線が逸らされた。
「ジエマさんの身の安全目的でもあるぞ。ヨランも、強制の部屋がどんな条件で活性化するか知っておいたほうがいいんじゃないか?」
「そんな取ってつけたように」
「じゃあ、行かないのか?」
「……行かないとは言っていません。行きますよ」
テトスが言うと、ヨランはやがてため息混じりに了承したのだった。
強制の部屋は、ほどなくして見つかった。
というより、いざ探しにとテトスを先頭に図書館から移動して、学園棟へ入った瞬間の出来事だった。
正確にはナーナとヨランだけだ。テトスは弾かれたのか、部屋の中にはいなかった。
(確か、ティトテゥスに言われて……本当にあの勘は馬鹿にできないわ)
繋がれた互いの手。
いつ見つけてもいいように。もしくは、そうしないと見つからないかもしれないから。
そんなことをテトスは主張した。
そのためナーナとヨランがドアや扉をくぐるときだけ、手を繋げていたのだ。
(接触と時間が条件なのかしら)
殺風景な部屋は、一見すると魔法道具が詰まったようには見えない。
置かれた物は最低限で、真四角な白い部屋にぽつんとローテーブルと二人掛けのソファがあるばかりだった。
しかし、魔法構築式がのぞけるナーナの目をもってすれば、圧倒するほどの魔法の仕掛けと道具がそこかしこに隠れているとわかる。
壁には横長の木枠が嵌めこまれ、『強制の部屋』と題字のように書かれていた。
(年季は大分……いえ、代々の実力者か誰かが手を加えているのかしら。ぐちゃぐちゃなのに、不思議と共存していて、そのどれもが目的遂行を強制しているのね)
呆れるほどの技術の粋と魔法道具の数々。
世の中にはまだまだナーナの知らない世界があるのだと思わずにはいられない。
(無作為に課題を出すために、いろんな魔法道具がある。もともと作ったのは誰なのかしら。すごい。生物的な分泌物質で判断? そんなこともできるのね!)
じっと目を凝らしていると、不意に手を引かれた。
その先を見れば、眉を下げたヨランがいる。そうだったと現実に帰ってきた気分で、ナーナは見返す。すると、躊躇いがちにヨランがたずねてきた。
「ナーナティカ、楽しんでいるのはいいんですけど。本当に大丈夫ですか」
「大丈夫よ、ヨラン。見た限り殺傷性や危険なことはなさそう。驚くくらい魔法が詰まってて、つい」
「そんなことだろうと思いました。でも、何があるかわからないから」
心配がくすぐったい。
ヨランの言葉に、ナーナは微笑んで返した。
「ありがとう。そうね、まだ課題はわからないものね」
じとり。
ヨランがナーナを見ている。わかっているのかと言わんばかりの無言である。
「ほら、ヨラン。課題が出るみたい。見て。壁中に仕掛けがあってその魔法構築式が今動いて……」
カチ、カチ。
歯車のような硬い物が擦れ、噛み合う音がする。その音に、ヨランもナーナと同じように視線を動かした。
木枠の中にある文字が変化する。
揺らめいて、徐々に現れた文字をヨランが読み上げた。
「相手を可愛いと思ったら、出られる?」
わずかな沈黙。
互いに視線がかち合って、その瞬間。
ナーナとヨランは、元の場所に放り出された。
まるで異物を吐き出すみたいに、大風が吹いて目を閉じた途端の出来事であった。




