小さな企みとお節介
『ナーナティカのかんしょう』本編後の一幕。
ジエマのお願い聞くマシーンテトス。
うららかな日差し。
ほがらかな気候は、暖期を象徴する穏やかさを感じる。
風になびく若々しい草葉に、ほころぶ色鮮やかな花々。鳥も虫もにぎにぎしくその訪れを喜んでいるようだ。
(……いや、目の前の存在を祝福しているんだな)
ふ、と表情が緩む。
どうにもいけない。テトスは自分が出来る限りの愛想を総動員して、微笑んだ。
「それで、俺に話とは」
声もひと際よく聞こえるようにする。対面する彼女にはそれをするだけの価値と敬意と愛情があった。
テトスの問いかけに、向かい側のベンチにちょこんと腰かけたジエマは顔を上げた。
(相変わらずの麗しさだ)
場違いな感想を抱いてじっと見つめる。
先ほど見た花の色のように柔らかな赤の瞳。長いまつ毛が宝石を守るみたく囲み、緩やかに上下する。
自分の身近にいた女性、双子のナーナとは比べ物にならないほど魅力的だった。
万物の恵みを司る人智を超えた存在だと言われても、テトスはそうかもしれないと納得しただろう。昼下がりの東屋にたたずむジエマは、一等美しかった。
やがてジエマは閉じていた口を、意を決したように開いた。
「あの、まずははしたなくお呼びしたことをお詫びいたします。ですが、どうしてもお伝えしたくって」
「なんでも仰ってください」
恋に浮かれたテトスは即座に返した。ジエマは目を丸くしたが、それでもわずかなりとも安心したらしい。肩肘はっていた態度は和らぎ、ゆっくりと両手を組んだ。
「チャジア様、ありがとう存じます」
ふわりとほころんだ笑みに目を奪われる。テトスにはジエマが輝いて見えた。彼女の護衛らしき人物が端にいたが、そんなことはどうだっていい。視界に入れなければ二人きりである。
「あの、弟の……ヨランのことなのです」
「ヨランが、なにか」
「チャジア様は、ご存知かもしれません。ヨランは、ナーナティカさんのことが好きだと」
言葉が右耳から左耳に通り抜けた。
テトスは聞き間違いかと思って、にこやかな表情のままで「うん?」と返した。
ジエマはその返しに、ぱあっと目が輝いた。
「まあ! チャジア様もご存知でしたのね。もしかして、ヨランが貴方様にもご相談を? チャジア様は頼りになる御方だと話していたから、そうですのね?」
「そんなところです」
(ジエマさんが、俺を頼りになると!)
すっかり疑問は吹き飛び、テトスはしたり顔でうなずいた。
「こんなこと、きっとぶしつけないらぬ世話だと……私も承知をしておりますわ。でも、私、ナーナティカさんが好きですもの。大事なお友だちだもの。そんなナーナティカさんとご縁があるなんて、私、嬉しくって」
きらきらとした希望に満ちた顔がまぶしい。
テトスはただただうなずくだけの自動魔道具のようになった。
「チャジア様は、ナーナティカさんとご家族だとヨランから聞いていますわ」
「はい」
「ですから、弟のことを見守る協力をいただきたいのです」
「はい」
「ナーナティカさんのお気持ちもありますもの。無理強いはいたしません。チャジア様にはヨランと同じ殿方として、少しだけでもお力添えをしてはいただけませんか?」
胸元で両手を組んで、テトスを伺うジエマの瞳に、もはや否定は出てこない。
「はい、喜んで!」
反射で応えて、胸をこぶしで軽くたたいてテトスは請け負った。
*
「……ということがあったんだが、どうしたらいい」
つらつらとテトスは話し終えると、しらっとした顔でこちらを見てくる二人組を見返した。
図書館の馴染みの学習小部屋。
貸切った部屋の中で、定位置に座った男女はまったく同じ感情をもった顔をしている。
「どうするもなにも、まず本人に言うのはどうなの」
真っ先に呆れた声を出したのは女のほう。双子の妹、ナーナことナーナティカだ。
ナーナはテトスと同じ青い瞳を細めて口を曲げた。
(同じ女性とは思えない存在だな。いや、ジエマさんが特別だからか)
そんなテトスの考えを見通したのか、さらにナーナの眉間に皺が寄る。
「そんなこと言われても困るわ。ヨランもでしょう」
「ああ……いえ。えっと、はい」
ナーナに振られて、ヨランは煮え切れない言葉を発した。
姉のジエマの面影を感じさせる赤い瞳を伏せて、深い溜息が飛び出す。
「なんか、そういう風に思ってそうだなとは、寒期休みから察していました。でも、まさか」
「ジエマって、結構思い込みが激しいタイプなのかしら」
「あまり人と交流しないので、我が姉ながら夢見がちだとは思います」
ナーナの言葉に、ヨランが同意する。テトスはそれを見て、頬杖をついた。
(察しの悪いナーナはともかく。ヨランもわかっているんだかどうだか)
寮を越えて交友がある異性。それもよく一緒に行動している。
テトスがナーナと親類であるのは、知る人は知っている情報だ。テトスの友人やナーナの友人から話にものぼっているはずだし、別段秘密にもしていない。
それに、これでナーナはそこそこに人気がある。テトスにわざわざ「ブラベリと付き合っているのか」と聞いてくる奴もいる。一切を否定してきたので、おそらく勘違いする奴はそういないはずだ。
では、ヨランはどうなのか。
(人の恋はわからんな……ナーナに対して、それなりではあると思うが)
ジエマの頼みでなければ、テトスはこうして人の恋路に頭をつっこむなんてごめんだ。
まどろっこしくて、面倒くさい。
しかし一挙両得の機会であった。
仮に、ヨランがナーナとくっついてしまえば、それを機会にジエマとお近づきになれるのは間違いない。
ジエマも喜ぶ。テトスも喜ぶ。ついでにナーナとヨランも喜ばしいことになる、かもしれない。いいことづくめではないか。
うん、とうなずいてテトスは口を開く。
「ともかく。ジエマさんに協力すると言った手前、成果がほしいんだが」
「ティトテゥス、あなたね。それは勝手すぎるんじゃないかしら」
「いや、一番手っ取り早いだろ」
それにテトスは無策で話を振ったわけではない。睨むナーナを見返して、頬杖をやめて人差し指を立ててふる。
「期末の学園祝賀会。パーティー。相手は?」
ナーナは黙り込んだ。ヨランも考えるように視線が動いて止まった。
中立特区のこの学園、ミヤスコラでは、創立記念を祝う会が毎年行われる。
内容は学習成果の発表や、寮の友好をはかるという名目で学園全体のパーティーがある。食堂には素晴らしい料理が並び、浮かれた生徒たちであふれかえる……とは次期寮監督生となるヴァーダルの言だ。
そこで重要なのは、儀礼としてダンスをペアで踊る時間があるということだ。テトスのいた辺境でもそうだったが、古くからの慣習はここ中立特区でも同じらしい。
(つまり否応なく男女ペアが必要)
自寮であるカラルミスでも、一緒に過ごそうと告白して新たな恋人たちが成立し始め、すでに出来上がった恋人たちは盛り上がりに盛り上がっている。それはナーナのヒッキエンティア寮や、ヨランのコウサミュステ寮も同じだろう。
テトスはちゃっかりジエマと過ごすつもりなので、あえてフリーを貫いている。あとでナーナたちを見守るために過ごさないかと聞いてみるつもりなのだ。
(なので、お前たちがそうしてくれないと俺が困る。ナーナ、お前に男の影がないことはわかりきっている。合理的判断でヨランを選ぶはずだ)
にやにや笑うと反応がうるさいので、じっと返事を待つ。
ナーナは口元に軽く握った片手をあて、そろりとヨランを見た。ヨランも黙っていたが、薄々理解したのかナーナを見てぱっと耳が赤くなった。
「ヨラン、相手はいる?」
「……いいえ」
「よし。決まりだな」
テトスが答えを急ぐと、ナーナは眉をひそめてヨランに言った。
「なんだか、無理強いをしたみたいでごめんなさいね。あとでこの馬鹿は締めておくから。ヨラン、本当に嫌だったら言ってちょうだい」
「えっ、いえ。そんなことはちっとも。こちらこそ助かります」
ヨランが首を振る。
「僕らの学年は初めての会ですし、ナーナティカなら安心できますから」
「あら、そう? 私もヨランなら嬉しいわ。モナにもどやされていたの。早く相手を見つけなさいって」
小さくナーナが笑う。途端、ヨランはまごまごしてうなずいた。
(……もうこれ達成でよくないか?)
テトスは眺めながらぼんやりと思う。
「そうとなると儀礼のダンスねえ。補助の魔法とかかけてもいいのかしら」
「出来る限りのフォローはします。辺境とは違う作法があるかもしれませんが、どうしますか? 練習するなら付き合いますよ」
「それもそうね。都じゃ当たり前だって講義もないし。モナたちに聞くのも大事だけど、実際にやってみる練習もいるわよね。ありがとう、ヨラン」
真面目に段取りを組み立てはじめた二人を眺める。テトスは腕を組んだ。
(これでよくないか?)
自身の卓越した身体能力をもって、テトスは音もなく椅子から立ち上がり部屋を出る。一瞬、ヨランと目があったが励ましのサインを送って部屋を出た。
ヨランには半眼で見られたが、そんな目で見られる筋合いはないはずである。よって、気のせいとテトスは思った。
そして足取り軽く、自寮に帰った。
同室者の不審な視線を無視して、自分の机から美しい便せんを取り出す。丁寧に伺いの文章を書き上げて、テトスは胸を張って渡りをつけに行くのだった。




