ほんのすこしの贔屓を
本編、『ナーナティカのかんしょう』のフスクス先生のあれこれ。
冗長な説明ターンっぽくなってしまった。先生の愛用薬は胃腸薬です。
紋章美術学臨時教師、マルギット・フスクス。
国一番の学園ミヤスコラに在籍する、立派な教職員である。少なくとも、彼女自身そう認識している。
だからこそ、たとえ知り合いだろうと甘い目では見ないし、特別扱いもしない。
そのはずだった。
(……兄様。貴方は、何を思って)
辺境ディアデムタルを出て、運よく都にて学者として成り上がった。そんなフスクスに突如届いたのは、連絡をとらなくなって久しい兄からの手紙だった。
曰く、次兄ヘンドリクの遺児が辺境の学園からこの国一番の学園にやってくる。
(あのヘンドリク兄様の。無事生きていたのね)
ヘンドリクは引きこもりがちな、二番目の兄だった。一時期明るくなったかと思えば、長兄の幼馴染であった娘をつかまえて孕ませた。まだ、そこまではいい。長兄は笑って許し、幼馴染の娘も次兄も好きあっていたのだから。
だが、ある時。悍ましい儀式の果てに、屋敷中の人間を巻き込んで自身も亡くなった。
(……あの事件。あの方は)
年が少し離れていたとはいえ、言葉が通じない人ではなかった。意思の疎通もできたはずなのに。
あの一連の事件を通して、理解できない人だという認識となってしまった。
(あれから、そう。そんなに時間が)
フスクスは、ヘンドリクの妻となったアニエスと何度か交流をもったことがある。穏やかで優しい、嫋やかな人だった。
そんな彼女が身重になったときに、縋るように言われたのだ。
(確か……「あなたは、守って」と)
その言葉は、魔法をかけられたみたいにフスクスの心に重く残った。
あの凄惨な場面を目にしてから、どうにか後始末に走り回って。やがて、当時付き合っていた恋人と逃げるように辺境を出たのだ。生憎、連れ出してくれた恋人とは死に別れてしまった。
偏見と猜疑に見舞われながらも、彼とともに都で一からやり直した。特権階級や純人主義の専横に差別。それを現実に見てきた。されてきた。
だからこそ、自分は公平でなければと思うようになったのだ。
そんな辺境を出る切っ掛けとなった、子どもたちが来る。
(……私の後悔が、来てしまう)
もしも、その双子を見て取り乱すなんてことがあれば。
あの時のことを思い出してしまい、先に進めなくなってしまったのならば。
モングスマの家を離れ、辺境領の煩わしい追及も避けてきた現状と向き合わなければならない。
(いいえ。良い機会なのでしょう)
手紙を握りしめて、フスクスは静かに溜息を吐き出した。
兄、カイデンからの手紙には続きがあった。
辺境領主の現状と、都との軋轢。呪い。異形の表出による迫害。
どれもこれも憂鬱な話題だった。
(せめて、良い子たちであることを祈りましょう)
カイデンがいうには、フスクスの知るモングスマの家臣筋に子どもたちは引き取られたという。傭兵のチャジア。魔法道具屋のブラベリ。どちらも人格と素行に問題はない。
手紙の最後には、いずれ来る子どもたちの情報と絵姿が入っていた。
(そう。名前だけは、ヘンドリク兄様の希望が叶ったの)
フスクスはしんみりした己の心を慰めるべく、そっと絵姿を撫でてみた。
当然温かみも何もない。だが、当時できなかったことをすることで、あの時の自分を慰められる気がしたのだ。
(編入は寒期に入る前……まあ、本当に中途半端な時期だこと。でも、辺境から来るのだから、移動に時間がかかってしまうのね)
日付を確認して、フスクスは今度こそ手紙をまとめて、魔法を使って焼き消した。
*
フスクスが学園にやってきた双子を見た時、ほっとした。
彼らはよく出来た優等生に見えたからだ。
どちらも凛々しく聡明そうで、容姿が良い。純人主義に傾く人物だろうと、まず見た目で侮る輩は現れないだろう。
(私とも兄様ともあまり似ていない。アニエスかお母様の血筋のよう。髪色で養い先を決めたのかしら)
ティトテゥス・チャジア。通称テトス。
辺境領の私設傭兵隊、その中でも古参で忠義深い家の息子。身体能力に秀で、戦闘力も高い。
ナーナティカ・ブラベリ。通称ナーナ。
辺境領の領主家お抱えの、代々続く魔法道具屋の娘。目覚ましい魔法技術の腕前がある。
頭の中に残っていた情報を浮かべて、フスクスは壇上に立つ二人を眺めた。
(代表挨拶が違うようだけど。予定では、チャジアだったのでは?)
立派な口上を述べるナーナに、やや疑問は残ったが、とくに問題もなく終わった。
(同室者はウァリエタトン。それにランフォードとポノフ……中立の立場で後ろ盾もある。偏見も少ない。うまくやりさえすれば)
見た限りでは大丈夫そうだ。
寮の者たちにも排斥されることなく加わっている。また一つ、安堵による息をひそやかにフスクスは吐き出した。
(アニエスに免じて、同郷の誼として。気にするだけはしましょう)
逆風に負けない子どもたちであることを祈りながら、フスクスは静かに前を見つめた。
ざわめく生徒たちに紛れる二人が並んでいる。
やがて仰々しい学園長の演説も終わり、ほどなくして解散となった。
気にするだけはする。
そのせいもあって、何かと双子はフスクスの目についた。
優秀さだけならばよかった。
(……兄様! 聞いていた話と違いますが!)
ナーナとテトスは間違いなく優秀で、良い生徒だった。
一方で、とんでもない問題児でもあった。
(チャジア! 入って早々に中庭の木を抜いたのはあなたですね!? それもトイットが突っかかってきたなどと言ってごまかして……! それにそんな通路、どこで見つけたのです。私も知りませんよ!)
テトスは好奇心が強いのか、有り余る行動力で学園内を好きに動き回った。
時折、見回りの職員からあがる、他生徒からの衝突を華麗にあしらった報告は何度も聞いた。そしてどこからともなく現れて驚いたなどの軽口も。
寮担当のパテルウスは才能と実力にあふれる生徒だと、嬉しそうにしていたのが幸いだ。
(ブラベリ、あなたは……学園の魔法を熱心に観察する心がけは良いですが、危ういったら。それに、学園で習わないだろう魔法をどこで学んで……まさか、他人に使っていないでしょうね)
ナーナは学園設備の魔法道具に興味津々で、熱心に観察するのはいいが奇妙な魔法を使うそぶりがある。そう、魔法構築学の熟練教師、イデオスキから指摘があった。
今のところは大変好意的に解釈してもらえている。怪しまれてはいるが、実に良い生徒と話題に上り、胸をなでおろしたのは記憶に新しい。
(大きな問題が起きていないことを、喜べばいいのだけど……いつか何か起きそう。兄様たちは相変わらず辺境領主様の媒介具のことばかり。あの子たちの心配はどうなの)
手紙で催促をしてみても、カイデンからの返事はすぐには来なかった。
その間も、二人がしでかしたことに直面する羽目になるとは、その時のフスクスにも予想ができなかった。
はじまりは、コウサミュステ寮での呪い被害。
見回りをしていたフスクスに、ナーナが戻らないとヒッキエンティア寮のモナ・ランフォードから相談があった。
モナは友情に厚い女生徒のようだ。我がことのように心配して、同室者のミミチル・ポノフを連れて伺いをたててきたのである。
そこからさらにカラルミス寮のベイパー・ウァリエタトンからテトスが不在だと言われた。
フスクスは嫌な予感を覚えた。彼らの学園での行動や兄からの説明を見聞きしていると、ひたすらに怪しかった。
勘違いであってほしいと調べれば、その甲斐もむなしく終わった。
(夜間の出歩き。他寮への侵入。危険行為! ああもう! どうして大人しくできないの!)
下手に寮担当に話せば、間違いなくやり玉に上がる。
まずは誰よりも早く彼らを見つけ、保護し、現場を改めないといけない。
子どもだけでは、どうにもならないことだってあるのだ。それを理解するには、彼らの人生経験が圧倒的に足りない。口で言ったって、きっと完全にわかってはもらえないだろう。
フスクスだって、そうだったからだ。
あくまで慌て過ぎず、急いで、コウサミュステ寮の一角へ向かい、見つけた時には安心よりも怒りが勝ってしまった。
(ブラベリとチャジアはともかくとして……コウサミュステ寮のレラレまで? この子も、優秀だと聞いていたのに)
ヨラン・レラレ。
コウサミュステ寮に在籍する生徒で、ナーナたちより下の学年だ。大人しく出来のいい新入生だったと覚えていたのに、双子に変な影響でも受けたのか行動を共にしている。
フスクスが立ち入った時は、すでに遅かった。
おそらくナーナたちが何かした後。事後処理についてこそこそと話し合っている姿に、フスクスは眩暈がした。
(この子たちは!)
入り口近くに居た形のいい頭を、勢いのまま掴んでしまった。
まだ幼さの残るヨランの顔がフスクスをみて青ざめる。そしてそれに気づいたナーナとテトスもあからさまにマズイという顔をした。
(それを理解できる頭がありながら、どうしてこんなことをして!)
怒鳴り散らさず、淑女の仮面をかぶって言いつけたことを自分で褒めたいくらいだ。
自分は寮担当でもないのに、怒りのあまりに罰則は私がとそれぞれの寮担当に言い張った。怒るフスクスに、「そこまでにしておいたら」とパテルウスやケイボットから遠回しで窘められたほどである。
その剣幕のおかげで、彼ら三人のお咎めが少なくなったのは良かったのかどうなのか。
(これにこりて大人しくなるなんて……いいえ、しそうにないでしょうね)
フスクスは否応なく双子たちに関する警戒を強めるしかなかった。
二度目の大きな事件は、都をも騒がせた猟奇事件だった。
犯人が元はこの学園の卒業生で、犯行中も学園に出入りしていたとなれば当然対応も目まぐるしくなる。
そしてその中で、またもやテトスとナーナたちがやらかしていた。
学園内で死体を見つけた。そう報告してきたテトスを前に倒れるかと思った。
(チャジア! どうしてこうもあなたは頓着なく……報告できたことは良いことで、私を頼るのも正しくはあっても……どうしてまた首を突っ込んで)
結局、死体発見の捏造と関与の偽造までしてしまった。
我ながらお節介が過ぎると、その日はやけ酒でもしたくなった。
(このまま、もっと何か大きな事件に巻き込まれてしまうのでは。怪我も、取り返しがつかないことだって起きてもおかしくない。兄様の意見は)
冬期の休み前に遣り取りした手紙は、そのまま目立たせろという指示。
そして相変わらず媒介具を探せと言うばかり。
思わずフスクスは嫌味をたっぷりこめた返事を書いた。どうにも、あの兄とはこういった情緒面で気が合わない。
(こうなったら。どうにか、危機を自覚して自ら学び避けてもらわねば。私に出来ること……ええ、アニエス。今度は、きちんとやりますとも)
長らく無沙汰をした繋がりを思い出す。
謝罪から始めた手紙を書き出して、フスクスは懐かしい故郷の友へと送った。
そしてとうとう見つけた、媒介具の事件。
相変わらず、当然のようにした規制区域への侵入、危険行動に枚挙にいとまはない。
さらには、フスクスの危惧していたことをすべてやった。
だが、やった上で、それ以上の結果を果たした。
媒介具を見つけ、破壊して、呪いも何もなくして。自分たちは何食わぬ顔で、学園生活に戻っていく。
その行動のすべてが、期待していた以上の成果をもたらしたなんて、テトスもナーナもヨランも、わからないだろう。
フスクスは、気難しい顔で学園職員たちで話し合いが続く中、笑いだしたくなった。
(兄様も、辺境も、この学園も。全部が、いいざまだわ。私も。全て、いいざま)
誰も見ていなかったら、握りこぶしをかためて勝鬨だってあげたっていい。
フスクスは、それを押し殺して長年続けている厳格な仮面をかぶりきって言った。
「都と辺境に、真意を問いただしては? 我らが中央中立特区に、このような非常識なものを置いた責任を問わねばなりません」
自分はここでは、都で名を上げた、公平で厳格な教師だ。
「我らは被害者です。長らく隠し立てを受け、生徒たちは混乱しています。実際に被害も出ました。私も何度か生徒の訴えを聞いております」
「フスクスの言う通り。じきにカロッタ家の抗議もくるだろう。学園長、どうするおつもりかな」
介抱にかかりきりだった学園医のスピヌムも同意した。学園長は渋い顔で唸る。
「むしろ、学園の者が解決したと通すのは? たしか……チャジアがカロッタと懇意であったと聞きましたが」
「ああ。寒期からよく一緒にいるな」
「では、チャジアが友のために助けたとすれば、カロッタも取りなせるはずですわ」
私はよく知らない、そんな風に聞こえるようフスクスは言う。
カラルミス寮担のパテルウスがうなずく。
「ならば報奨がいるな。誰もが疲弊しているなかで、行動した勇気は讃えねばなるまいよ。解決に貢献した生徒には褒美をやってもよいかと」
パテルウスの言葉に、賛成がぽつぽつとあがる。
「ふむ……都の大貴族に反目されるとなると……いたしかたあるまい」
学園長は歯切れ悪く、しかし、意見を受け入れた。
ほんの少しの贔屓が通った。
確実に、ゆっくりと、新しい風が吹いている。
その中心にいるだろう姿を浮かべて、フスクスは素知らぬ顔で姿勢を正した。




