夜逃げ?
「おや、バロワン侯爵。こんな夜更けにどちらへ?」
「だ、誰だ!?」
「一介の騎士に過ぎませんよ。それで、これはどうしたことです?真夜中にこのような大荷物で…まるで引越し、いやむしろ夜逃げのようですが。」
「な、何をバカな…」
「ところで、モーリス・バロワン侯爵。貴殿とご家族には重大な犯罪に関与した嫌疑が掛けられております。王宮まで、ご同行願います。」
◇
「さて、モーリス・バロワン侯爵。貴殿がなぜここへ連行されたか、分かりますか?」
「さ…さぁ、皆目見当もつきませんな。」
騎士団長の鋭い眼差しに、たじろぐバロワン侯爵。騎士団長というだけあって、なかなかに風格を感じさせる佇まいだ。年は四十代くらいだろうか?海のように深い蒼色の瞳は、バロワン侯爵をじっと見つめている。
「そうですか。」
ここは王宮の応接室。室内にいるのはバロワン侯爵と奥方、令嬢、子息の一家四人、それからお父様、お兄様、レイモンド様、私、ベン、ライラ、そして騎士団長と数名の騎士。
ちなみに、私はライラと同じ侍女の服を身にまとい、念のためレイモンド様とお兄様の後ろにライラと並んで立っている。ターゲットであった私が堂々と顔を出すと、彼らをいたずらに刺激してしまう可能性がある、という危惧からだ。
本来、このような真夜中に人を集めるなど非常識極まりない。しかし、彼らの身柄を押さえるタイミングは今夜しかなかったのだ。それに、犯罪に関わった嫌疑がかかっているとはいえ、彼らは上流貴族。まさか明日まで牢屋に入れておくわけにもいかないし、かといって放っておいては逃げられてしまう。
お父様の予測通り、バロワン侯爵一家はあれから二日後にあたる今夜、荷物をまとめて逃げようとしていた。こういった読みを外さないあたり、さすがはお父様である。
「貴殿らには重大な犯罪に関与した嫌疑がかかっている、と伝えてあるはずだが…本当に身に覚えはないと?」
次に口を開いたのは、騎士団長ではなくお父様だ。世間話でもしているかのような、通常通りのんびりとした口調である。が、目が笑っていない。
「ああ、全く身に覚えがないな。」
「そうですか…そちらのお三方はいかがかな?」
お父様が侯爵以外の三人に水を向けると、三人は息を飲んで恐る恐る答える。
「ええ、ええ。わたくしも身に覚えがありませんわ。何かの間違いではないのかしら?」
「あ、わ、わたくしは…知らない!何も知らないわ。」
「俺…いや、僕も知らないな。僕は全く無関係だ!」
さすがに令嬢と子息は態度に出てしまっている。これでは「何かしました、知っています」と白状しているも同然だ。騎士団長やお父様の圧の前では、年若い彼らならば態度に出てしまっても仕方のないことだろうが。
バロワン侯爵が「余計なことを」とでも言うかのように二人を睨みつける。
「実は三日前の夜、私の娘が賊の襲撃を受けましてな。」
「なんと!それはお気の毒に。うら若いご令嬢には、さぞや恐ろしい出来事だったでしょうな。」
白々しい。心配するような口ぶりだが、ニヤついた表情が隠しきれていないのは明白だ。
「10人もの男の襲われただなんて、本当に恐ろしいですわね。ヴィレット公爵も、さぞやお心を痛めておいででしょう?」
ご令嬢――ナターシャ・バロワン侯爵令嬢――の言葉に、その場が凍り付いた。
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