馬車
レイモンド様にエスコートされて乗り込んだ馬車は装飾が上品で、今まで乗ったどの馬車よりも乗り心地の良いものだった。ロベール伯爵家の馬車もそこそこ良いものなのだが、これはそれよりも随分と質が上だ。さすがはヴィレット公爵家の馬車である。
後ろを走るロベール伯爵家の使用人用の馬車にはライラが乗っており、そちらはベンが御者を勤めている。二人も昨夜の件の参考人として呼ばれたのだが、使用人なので迎えは不要、と言ってあったのだ。
一方こちらの馬車――乗り心地とは対照的に、中の空気は(私にとっては)居心地のよくないものだった。レイモンド様は仕事中と同様に無言、無表情でいらっしゃるのだが、今の私にとってはこれが堪えるのだ。
ライラの言葉のおかげで結婚の約束が揺らぐことはないと、頭では理解した。しかし、それでもレイモンド様に呆れられてしまったのでは、という不安感が消えるわけではない。いっそこのまま会話が無ければ、少なくとも事態が悪くなることはないだろう。
そんな私の淡い期待は、すぐに消え去った。
「リア、昨夜のことですが。」
ついに来た。
「はい。」
「彼らには雇い主がいる、と仰っていましたね。その相手に、心当たりはありますか?」
そちらだったか。戦闘に関する話題ではなかったので少しほっとした。
正直に言ってしまうと、タイミング的にはバロワン侯爵一家が怪しい。しかし、私とレイモンド様との婚約を快く思わない人間は他にもいるだろう。
あるいは、全くの別件でお父様――ルーカス・ロベール伯爵、かつ外務長官――の娘だという理由から、政治的ないざこざで襲われた可能性もある。そういった人たちがバロワン侯爵家の誰かに罪を被せようと、このタイミングで蛮行に及んだことだって考えられるのだ。
「全くない、と言えば嘘になります。しかし、いま憶測だけで口にすべきではない、と考えております。」
「そうですね。さすがはリア、賢明な判断です。賊の10人は皆軽傷だったようですので、騎士団が聞き取りをしているはずです。まずは執務室ではなく会議室へ向かいますが、構いませんか?」
全員軽症…ベンは“骨の2、3本くらいは折れているかも”と言っていたが、ちゃんと手加減をしてくれたようだ。
「はい。今日は急ぎの仕事はなかったはずですし、問題ありませんわ。」
会議室?捉えた者からの聞き取りなら、騎士団の詰所の取調室だと思うのだが。もしかして、私がそちらへ行ってはまず…まずいか。騎士団の詰所への女性の立ち入りが制限されているわけではないのだが、男所帯の騎士団に女性が現れると、何かと目立ってしまうのだ。
たまに騎士や騎士見習いの家族や婚約者が、着替えや差し入れなどを持って騎士団の詰所や鍛錬の場を訪れるらしい。それが女性だった場合、のちのち美人だっただの好みのタイプだの言われ、しばらくは話題になってしまうらしいのだ。(ジェラルド様談)
そこへ今の私が赴くことは、あまり得策ではないのだろう。“ヴィレット公爵の婚約者”であり、“襲撃を受け、撃退した令嬢”など、目立ってしょうがないだろうから。レイモンド様のお気遣いに感謝しなくては。
「到着したようですね。さあ、参りましょう。」
「ありがとうございます。」
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