ナターシャ・バロワン侯爵令嬢
会場の一部をザワつかせたその集団の一人――名前は存じ上げないがどこかのご令嬢だろう――が、こちらをキッと睨みつけ、カツカツとヒールの音を響かせながら迫ってきた。ついでに、他のご令嬢も彼女の後ろをぞろぞろとついて来る。仲のよろしいことだ。
「ヴィレット公爵の婚約者を名乗っているのは貴女ね?聞いた話では、どこぞの伯爵家の令嬢だとか。ヴィレット公爵と結婚するのはこの私なのよ。どんな手を使ったのかは知らないけれど、横取りなんて絶対に許さないわ。」
自分でも意外なほど驚いていないのは、こういったことが起きると覚悟していたからなのか、既視感がある(ベルクマン侯爵の件)からなのか…
レイモンド様が席を外している今、私が対処すべきなのだろう。深呼吸をして、冷静に、冷静に…
「貴女、失礼ではっ…ジュリア様?」
咄嗟に私を庇おうとしてくれたオリヴィエ様を手で制し、“大丈夫です”と目で合図する。私は本当に良い先輩に恵まれたものだ。
そして、今や騒ぎの中心となった女性を真っ直ぐに見て問いかける。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
「バロワン侯爵家のご令嬢、ナターシャ・バロワン様よ!そんなことも知らないの?」
なぜか本人ではなく、後ろにいらっしゃるご令嬢の一人がそう答えた。
バロワン侯爵家というと、割と古くから続く名家である。名家とはいっても、今では矜持ばかりが高く、今ではもう落ち目だと聞いたが…だからこそ、ヴィレット公爵家との繋がりを持とうと躍起になっているのだろうか。
「そもそも、司書ごときが王太子補佐であるヴィレット公爵の部下になったこと自体がおかしいのですわ。どうせコネで成り上がったのでしょうけれど。」
バロワン侯爵令嬢、よりによってこの顔ぶれが揃ったこの場で“司書ごとき”と言ってしまうのか…私の周囲の皆様からピリリとした気配が漂ってきた。気持ちはわかるけれど、どうか今は耐えてほしい。
「その上、今度はナターシャ様がなるはずだった公爵夫人の座まで得ようだなんて、厚かましいにも程がありますわ。一体どんな手を使ったんだか。」
どんな手と言われても…こうなった経緯(国家レベルの不祥事)はとても話せない。
「そのドレスも、公爵様の瞳の色に合わせたのでしょう?婚約者の座を守ろうと必死な様子が丸わかりで、いっそ滑稽ですわ。」
このドレスはレイモンド様の見立てなのだが。解釈の方向性が予想外すぎて反論する気も起きない。ドレス自体を貶されたのではないので、放っておいても構わないか。
後ろのご令嬢方が次々に口を開く。扇子で口元を隠してはいるものの、誰が何を言ったのかは案外丸わかりである。
「皆様、お気持ちはわかりますが、お口が過ぎますわ。」
バロワン侯爵令嬢は笑みを浮かべた口元を隠しもせず、楽しげにご令嬢方をたしなめ(?)た。私としても、ひと言物申したいことがある。
「それは貴女もですわ、バロワン侯爵令嬢。」
「何ですって?」
私の言葉に、笑みを引っ込めて剣呑な目つきで睨んでくるバロワン侯爵令嬢。なぜだろうか、あまり怖くは感じない。
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