よりによって
「申し上げたいことは多々ございますが、まずは先ほどの“司書ごとき”という無礼な発言を撤回していただけますか?」
「何よそれ。司書なんて本を出して戻して、図書館で愛想笑いをしていればいいだけじゃない。世間知らずの貴族令嬢にだってできる、簡単な仕事なんでしょう?お父様も弟もそう言っていたもの。」
この言葉に司書の皆様が反論しようとしたそのとき、落ち着いた低い声が響いた。
「ほう、それは興味深い意見ですね。バロワン侯爵家では、皆様がそのようなお考えで?」
口を開いたのは、王立図書館筆頭司書――ダントン侯爵だった。彼の言葉を同意と捉えたのか、バロワン侯爵令嬢は我が意を得たとばかりに饒舌に話す。
「ええ、そうなのです。司書などいなくとも、図書館の管理など利用者がきちんとしていれば十分でしょう。することといえば貸し出しと返却の手続きくらいで、大した仕事もしていないのに無駄な人員だと、常々聞いていますわ。」
お願いなのでもうやめてほしい。貴女が今話しているその方こそ、王立図書館の責任者にして筆頭司書であるアロイス・ダントン侯爵だというのに。
口撃するのなら、はじめにしたように私だけにすればいいものを、なぜよりによってこの場で司書の仕事をこき下ろすのか…
チラリと司書の皆様を見ると、怒りに震えている方もいれば、凍り付きそうなほど冷たい目をしている方もいる。もちろん私も彼女の言葉に憤りはしているが、ここまで来ると、この場をどう収めるべきか考える方が重要なのである。
「そうですか。ところで、それらの意見は貴女の父君と弟君、モーリス・バロワン侯爵とマティアス・バロワン殿の意見で間違いないのですね?」
「ええ、そうですわ。二人のことをご存じですの?」
「もちろん。これでも王立図書館の責任者ですので。今日のことはきちんとお二人と話をしなくてはなりませんね。」
ダントン侯爵の言葉に、バロワン侯爵令嬢の顔からサッと血の気が引いた。自分が誰に何を言ってしまったのかを、ようやく理解したらしい。
「何か言いたそうだね、テオドール?」
なぜだか分からないが、このタイミングでダントン侯爵がテオドール様に水を向ける。
「おや、バレましたか。ええ、私もバロワン侯爵令嬢にひと言申し上げたいと思いまして。司書の仕事を“世間知らずの貴族令嬢にだってできる、簡単な仕事”だと本気でお思いでしたら、ぜひ一度体験にいらしてください。それこそ、貴女は適任でしょう。我々司書一同、いつでも王立図書館でお待ちしていますよ。」
そう言ったテオドール様は、見たこともないほど冷ややかな笑みを浮かべていた。バロワン侯爵令嬢は「ひっ」と小さく悲鳴を漏らし、他のご令嬢方と一緒に、そそくさと会場を後にした。
「まったく。会話の返事も退出の挨拶も碌にできないとは、随分と礼儀のなっていない淑女でしたね。」
彼女らの後ろ姿を見送ったテオドール様は、冗談めかしてそう言った。先ほどの剣呑な雰囲気はなりを潜め、いつもの朗らかな彼に戻っている。周りにいらっしゃる司書の皆様も同様だ。
私としては言いたいことの半分も言えていないし、発言の撤回も謝罪もなかったのは少々心残りである。とはいえ、ほどほど穏便に済んだのでよかったことにしよう。
ん?というか私、途中から空気だったような気がするのだが…
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