温室でのお茶会(2)
少しの間、温室内に沈黙が流れる。気分を落ち着けようと、ハイビスカスティーを口に含んでゆっくりと飲み込む。すると、タイミングを計ったかのようにヴィレット様が口を開いた。
「それで、本題というのは?」
「ええ、それが…カール・ベルクマン侯爵のことなのだが。」
ラインハルト公爵が躊躇いつつ口にした名前に、ドキリとした。今日のお茶会で機会があれば、ベルクマン侯爵のことを相談しようかとは思っていた…だが、まさか向こうからその名前が出てくるとは思わなかったのだ。
「ベルクマン侯爵が、どうかなさったのですか?」
ヴィレット様は動揺した様子など微塵も見せず、続きを促す。
「侯爵が“ロベール伯爵令嬢を妻にする”と使節団の者たちに吹聴して回っていてね。もしかしてロベール伯爵令嬢にも何かご迷惑をかけているのでは、と危惧した次第で。」
あまりのことに、言葉も出ない。少々、無礼で強引な方だという印象はあったが、まさかここまでとは。
「それはそれは…随分なお話ですね。使節団の外部にも、その“冗談”は広まっているのでしょうか?」
ヴィレット様の声がいつもよりも低い。やはりベルクマン侯爵の非礼に怒っておいでなのだろう。ここが温室でよかった。執務室であれば室温が2~3度は下がったかも知れない。
ヴィレット様の冷ややかな声と“冗談”を強調した発言に、ラインハルト公爵が苦笑いを浮かべて答える。
「いいえ。お恥ずかしい話だが、彼のこの手の話は初めてではないのだよ。婚約者のいるご令嬢を、そうと知らずに自分の妻にすると言い出したり、夜会で一度踊っただけの女性の夫のように振舞ったり…」
確かに、初対面で私を妻にすると言ったあの時から今に至るまで、婚約者や恋人の有無について聞かれてすらいない。ベルクマン侯爵は随分と…突っ走った性格の方のようだ。
「というわけで、使節団の面々は誰ひとり本気にしていませんよ。ついでに、彼はアメスト語が話せない。アメスト王国の方でこのことを知るのは、今のところあなた方お二人だけのはずです。」
「なるほど。無礼を承知でお聞きしたいのですが、そのような方がなぜ、栄えある使節団のメンバーに選ばれたのでしょう?」
「はは、随分と直球ですな。詳しいことは申せませんが…後ろ盾と血筋ゆえ、とだけ。」
後ろ盾と血筋、つまりベルクマン侯爵家はトルマ王家に連なる血筋、ということだろうか。王家の姫君を臣下のもとへ降嫁するのは珍しいことではない。まぁ推測の域は出ないのだが。
「それで、はじめの質問に戻らせていただきますが…ロベール伯爵令嬢、侯爵が何かご迷惑をかけてはいませんかな?」
正直に答えてしまって構わないのだろうか…と逡巡しながらヴィレット様に視線を向けると、小さく頷かれた。
「そのことですが、実は…」
そして私は例の手紙の束を取り出し、ラインハルト公爵に話した。
歓迎パーティーのときの彼の発言、あの日以来毎日手紙が届いていること、そして求婚を受けるつもりがないことなど。その間、ヴィレット様は口を挟むことなく、じっと見守って下さったのだった。
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