第8話 爆轟の精霊魔法
「私、前のパーティーじゃずっと『落ちこぼれの給料泥棒』って言われてたの」
王都の北門を出て、ダンジョンへと続く街道を歩きながら、セレナが寂しそうに口を開いた。長いエルフの耳が少し力なく垂れ下がっている。
「いつも精霊の声が聞こえすぎて、魔法の呪文に集中できなかった。呪文を間違えて暴発させることも多くてね……。でも、今は違うの」
セレナは空を見上げ、その青い瞳に確かな光を宿した。
「精霊たちが、私に語りかけてくるのがわかる。それも、頭が痛くなるようなノイズじゃなくて、みんな私に喜んで力を貸したがっているのが、はっきりと伝わってくるのよ。アルス、私に魔法を試させて」
「ああ、そのためにここへ来たんだ。今回の目的地は、初心者用の森ダンジョン『迷宮の森』だ。ルナ、前衛の警戒を頼むよ」
「はい、主様! ルナにお任せください! セレナ、主様がついているから絶対に大丈夫だよ!」
ルナがショートソードの柄に手をかけ、頼もしく胸を張った。
森の中に入ると、心地よい木漏れ日と緑の香りが漂ってきた。だがここはダンジョンだ。奥に進むにつれ、魔物の気配が濃くなっていく。
「ガルルルゥ……!」
茂みが激しく揺れ、灰色の毛並みを持った巨大な狼――『フォレスト・ウルフ』の群れが姿を現した。その数、およそ十二匹。俊敏な動きでこちらを包囲するようにじわじわと間合いを詰めてくる。
「ウルフの群れね。これくらいなら、前のパーティーでもよく戦ったわ」
セレナが少し緊張した面持ちで杖を構えた。
「よし、セレナ。あの群れを狙って、範囲魔法を試してみてくれ。俺の魔力付与を上乗せする。【付与魔術:魔力充填】」
俺がセレナの肩に手を置き、付与魔術を唱える。
その瞬間、俺と彼女を繋ぐ純白の契約紋が眩しく輝き、凄まじい魔力の激流がパスを通じてセレナへと流れ込んだ。乗算バグによる「十倍」の魔力バフだ。
「な、何これ……! 身体が、魔力ではち切れそう……!」
セレナの周囲の空気が、キィンと高い音を立てて震え始めた。
彼女の異常な魔力量に引き寄せられるように、周囲の草木から無数の光の粒子――風の精霊たちが湧き上がり、楽しそうに歌うような風の音を立てて渦巻き始める。
「精霊たちが、こんなに興奮してる……。これなら、一番簡単な魔法でも十分ね! いくわよ、風よ、敵を切り裂きなさい!【風刃】!」
セレナが杖を大きく一振りした。
彼女が放とうとしたのは、本来ならカミソリ程度の風の刃を数枚飛ばすだけの、初級の風魔法だった。
しかし、現れたのは全く異なるものだった。
「――え?」
ドォオオオオオオンッ!!
大気を激しく引き裂く爆音と共に、超巨大な風の渦――さながら戦術級の巨大竜巻が、セレナの杖の先から解き放たれた。
暴風は一瞬にしてウルフの群れを呑み込み、背後にあった樹齢数百年はあろうかという巨木たちを、紙切れのように次々と引きちぎり、空中で粉々に粉砕していった。
激しい土煙と暴風が吹き荒れ、俺とルナは目を開けているのがやっとだった。
やがて風が収まり、土煙がゆっくりと晴れていく。
「……は?」
俺の口から、間の抜けた声が出た。
俺たちの目の前に広がっていたのは、緑豊かな森の景色ではなかった。
直径数百メートルにわたって、木々も、地面の草も、ウルフたちも、全てが文字通り「跡形もなく」消滅し、滑らかで巨大なクレーター状の更地が出来上がっていた。
「……うそ。私、ただそよ風の刃を少しだけ飛ばそうとしたんだけど……」
セレナは杖を握ったまま、口を開けて硬直していた。
「すごいです、セレナ! 森が、丸ごと消えちゃいました!」
ルナだけが嬉しそうにパチパチと拍手している。
「いや、ルナ、すごいけど、すごすぎる……。これが魔力十倍の『精霊王の寵愛』の威力だ。セレナ、君はもう落ちこぼれなんかじゃない」
俺が苦笑しながら言うと、セレナはゆっくりと自分の両手を見つめ、それから顔を真っ赤にして俺の胸元を両手で掴んだ。
「アルス……! 私、私をこんなに強くしてくれたあなたに、一生ついていくわ! 絶対に離れないんだからね!」
「ああ、歓迎するよ、セレナ。これで前衛のルナと、後衛のセレナ、最強のチームの基盤が整ったな」
俺たちは討伐部位すら残らなかったウルフの代わりに、クレーターの底に転がっていたいくつかの魔石を回収し、大満足で王都への帰路についた。
これで今日の飯代どころか、しばらくは贅沢に暮らせる資金が手に入った。
だが、王都のスラムの裏路地を通りかかったその時、不穏な怒鳴り声と金属音が響いてきた。
「おい、大人しくしろ! 逃亡奴隷のドワーフめ!」
「うるさい! うちは奴隷なんかじゃない! 無理やり連れてこられただけだ!」
覗き込むと、そこでは数人の武装した衛兵たちが、一本のスコップを必死に振り回して抵抗している、小柄なドワーフの少女を包囲していた。
少女の服の背中部分は引き裂かれており、そこには無理やり刻まれた、赤黒く光る『鉱山用の隷属紋』が痛々しく露出していた。




