第7話 精霊の囁きと魔力のパス
「ぐっ……あぁあああッ!」
セレナの首元に触れた瞬間、彼女の頭脳へ流れ込む無数の「声」が、俺の意識にも直接逆流してきた。
(これは……多すぎる! 風の精霊、土の精霊、光の精霊……精霊たちの叫び声が、何千、何万もの濁流となって彼女の脳内に注ぎ込まれている!)
セレナの特異体質『精霊の聴覚』。周囲の精霊の意思を受信しすぎるこの才能は、制御方法を失った瞬間に、脳を破壊する致命的な呪いへと変貌していた。
さらに悪いことに、奴隷紋の制御システムがこの膨大な魔力に過剰反応し、絶対服従を強制するためにセレナの精神に更なる負荷を与え、魔力を暴走させていたのだ。
「うるさい……! お願い、静かにして……! だれか、たすけて……!」
セレナが激しく首を振り、涙を流しながら俺の腕の中で暴れている。
「セレナ、大丈夫だ! 今、そのノイズを全部整理してやる!」
俺は歯を食いしばり、『契約魔改造』のシステムを全開で起動した。
脳内に浮かぶ魔力の回路図。俺は奴隷紋の「苦痛と支配」のコードをハッキングし、それを精霊魔力の「バイパス(バッファ)」へと書き換えていく。
「不要な受信ポートを閉鎖。常時受信を『許可制』に変更。余剰魔力を安全にアースし、俺との契約パスへバイパスする。……バフコード『精霊王の寵愛』を適用!」
俺が叫ぶと、セレナの首元から激しい純白の光が放射された。
バグが起こり、乗算バフが十倍となってセレナの魔力制御能力を強制的に限界突破させる。
一瞬にして、廃鉱山に吹き荒れていた赤黒い魔力の嵐がピタリと止んだ。
狂乱していた精霊たちは、温かい光の粒子へと姿を変え、穏やかに夜空へと溶けていく。
「あ……ぅ……」
セレナの悲鳴が止まり、頭を抱えていた両手が力なく落ちた。
彼女はそのまま、俺の胸の中に崩れ落ちる。
首元の奴隷紋は、焦げ跡さえも消え去り、白く輝く美しい精霊の紋様へと変貌していた。
「頭が……静か、に……。いつも聞こえていた、あの嫌な雑音が聞こえない……」
セレナが信じられないといった様子で呟き、ゆっくりと目を閉じた。ただ眠っているだけだ。呼吸はとても穏やかだった。
「主様! 無事ですか!?」
ルナが心配そうに駆け寄ってきた。その後ろからは、何が起きたか理解できずに唖然としているレオたちの姿が見える。
「どういうことよ……! なんで爆発が止まったの!? アルス、あんた何をしたのよ!」
ミリアが信じられないと叫び、杖を俺に向けてきた。
「彼女の魔力暴走を抑えただけだよ。ギルドでの契約通り、彼女の所有権は俺にある。連れて帰るよ」
俺はセレナを横抱きに抱きかかえ、立ち上がった。
「ちっ、無能のくせに小賢しい真似を……。まあいい、ミリア、杖を下げろ。そんな落ちこぼれエルフ、連れていけばいいさ。どうせまたすぐに魔力を制御できなくなって、のたれ死ぬのがオチだ」
レオが面白くなさそうに舌打ちし、踵を返した。ミリアもフンと鼻を鳴らし、彼らの後を追っていった。
「主様、あいつら……!」
「いいんだ、ルナ。それより、セレナをアパートへ連れて帰ろう。彼女の体を休めるのが先だ」
「はい!」
俺たちは深夜の街道を走り、安アパートへと戻った。
ベッドにセレナを寝かせ、冷たいタオルで彼女の額を拭う。
数時間後、東の空が白み始めた頃、セレナのまつ毛が小さく震え、青い瞳がゆっくりと開かれた。
「……ここは? 私、死んだんじゃ……」
「気がついたか、セレナ。ここは俺のアパートだよ。君の魔力暴走はもう収まったから、安心していい」
俺が声をかけると、セレナはガタッと体を起こし、警戒するようにベッドの隅へと身を引いた。長いエルフの耳が不安そうにピクピクと動く。
「あなた……誰? 奴隷商人の手先? それに、この首の紋章は……痛くないし、なんだか身体がすごく満たされている感じがするんだけど……」
「俺はアルス。付与術師だ。君の奴隷紋を『魔改造』して、精霊の声をコントロールできるようにしたんだ。これからは、君が望まない限り余計な声は聞こえないはずだよ」
「契約を……魔改造? そんなのありえないわ」
セレナは疑わしそうに俺を見つめ、それから自分の胸元に手を当てた。
「でも、確かに頭の中がすごく静か……。それに、この身体の奥から湧き出てくる、とんでもない魔力量は何なの? あなたと繋がっているパスから、魔力が際限なく流れ込んできているみたいなんだけど……」
「ああ、それは君のステータスを確認すれば分かるよ」
俺は半透明のステータスプレートを操作し、セレナに見えるように表示した。
名前:セレナ
職業:大精霊術師(覚醒)
レベル:12
体力:200(+2000)
魔力:800(+8000)
魔法攻撃力:350(+3500)
「……なっ、魔法攻撃力三千八百五十!? 桁が一つおかしいわよ! レベル十二の魔力じゃないわ!」
セレナが絶叫し、ベッドから飛び起きた。
「バフがバグを起こして十倍になってるんだ。セレナ、ちょっとその指先に、火種を灯してみてくれるか」
「え、ええ……。【灯火】」
セレナが戸惑いながらも、人差し指の先に小さな魔法の火を灯した。
その瞬間、ボォン! と激しい熱風が室内に吹き荒れ、アパートの窓ガラスがガタガタと激しく振動した。指先にあるのは、ただの火種ではなく、超高温のプラズマ球体のようになっていた。
「うそ……ただの生活魔法なのに……!」
セレナは青い目を丸くし、自分の指先の火球を見つめて硬直した。
俺は冷や汗を流しながら、彼女の指先の火をそっと吹き消した。この部屋が灰にならなくて本当によかった。




