第6話 落ちこぼれエルフとの出会い
激しく鳴り響く鐘の音に、俺とルナは飛び起きた。
王都の深夜に鳴る緊急招集の鐘。それは、街の付近で甚大な災害か、高ランクの魔物による襲撃が発生したことを意味している。
「主様、この音はギルドからです!」
「ああ、服を着替えて急ぐぞ、ルナ!」
俺たちは素早く身支度を整え、アパートを飛び出して夜の王都を走った。
ギルドの中央支部に到着すると、ロビーは深夜にもかかわらず、武装した多数の冒険者たちでごった返し、異常な熱気と緊張感に包まれていた。
奥のホワイトボードの前では、ギルドマスターが怒鳴り声を上げている。
「静かにしろ! 状況を説明する! 一時間前、王都の北街道で奴隷商会の護送馬車が襲撃された! 護衛は全滅、積載されていた奴隷たちが逃亡、または現場に取り残されている!」
その言葉に、冒険者たちがざわめいた。
「なんだ、ただの奴隷の回収かよ。夜中に鐘を鳴らすほどのことか?」
前衛の冒険者が退屈そうに口を尖らせたが、ギルドマスターは表情をさらに険しくして机を叩いた。
「問題はその奴隷の一人だ! エルフの魔術師の少女が、襲撃のショックで『魔力暴走』を起こしている! 現在、現場近くの廃鉱山で周囲の精霊魔力を吸い上げ続け、臨界状態にある! このまま爆発すれば、王都の北側一帯が消し飛ぶぞ!」
「魔力暴走だと……!? エルフの魔力爆発なんて、戦術級の破壊魔法と同等だぞ!」
ロビーが一気にパニックに陥る。
その中で、きらびやかな甲冑を着たレオが、腕を組みながら冷酷な声で言った。
「だったら、話は簡単だ。爆発する前に、そのエルフを殺処分すればいい。我が『金色の獅子』がその依頼を引き受けよう。ミリアの極大魔法で、廃鉱山ごと消し去ってやる」
「まあ、それが一番安全ね。暴走したエルフなんて、どうせ助からないんだし」
ミリアも当然のように同意し、自慢の杖をもてあそんだ。
俺はその会話を聞きながら、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。
(魔力暴走……。エルフがそんな状態になるなんて、普通はありえない。何か原因があるはずだ)
「待ってください、ギルドマスター!」
気がつけば、俺は人混みをかき分けて前に出ていた。
「なんだ、お前は……。ああ、付与術師のアルスか。Sランクのレオたちが動くんだ、引っ込んでいろ」
「俺は付与術師です。魔力の流れを見ることができます。彼女の魔力暴走は、無理に魔力を暴発させているのではなく、精霊の声が聞こえすぎて、制御するパスがパンクしているだけかもしれません。俺なら、彼女を殺さずに魔力を抑えられる可能性があります!」
「はぁ? 何を馬鹿なことを言っているのよ、無能のアルス」
ミリアが不愉快そうに鼻で笑った。
「付与術師ごときが、エルフの魔力暴走を抑える? 笑わせないで。現場に行けば、近づいただけでお前の微弱な魔力なんて吹き飛ばされて塵になるわよ」
「やってみなければ分からない。ギルドマスター、そのエルフの所有権を持っている奴隷商人はどこにいますか!」
俺が鋭い声で問い詰めると、隅の方でガタガタと震えていた小太りの男が手を挙げた。
「わ、わたしです……! あいつはうちの商会の貴重な商品だったのですが……もう処分されるなら一銭にもならないどころか、王都に被害が出れば賠償金で破産です! もし、もしあいつを無傷で連れ帰ってくれるなら、譲渡金なんていりません! タダで差し上げますから、どうか助けてください!」
「よし、契約成立だ。ギルドマスター、一時的に彼女の所有権を俺に移管する手続きを!」
「フン、勝手にしろ。死んでも文句は言うなよ」
レオが冷笑を浮かべながら道を譲った。ギルドマスターも、爆発の被害を防げる可能性があるならと、即座に魔石を使った簡易的な所有権の譲渡登録を行った。
少女の名前はセレナ。落ちこぼれの精霊魔術師、と書類には書かれていた。
「ルナ、行くぞ!」
「はい、主様!」
俺たちはギルドを飛び出し、夜の闇を突き抜けて北の廃鉱山へと走った。
鉱山の入り口に近づくにつれ、空気の振動が激しくなっていくのが分かった。バリバリと大気が軋む音が聞こえ、周囲の草木が魔力の風によってなぎ倒されている。
廃鉱山の広場の中央。そこには、赤黒く光る魔力の嵐の中心で、銀髪の長い耳を持った少女――セレナが、頭を抱えて悲鳴を上げていた。
「あああああッ! うるさい……! 話しかけないで……! 頭が、壊れちゃう……!」
彼女の首元に刻まれた奴隷紋が、暴走する魔力によって異常な高熱を放ち、彼女の皮膚を焼き焦がしている。周囲には狂乱した土と風の精霊たちが渦巻き、近づく者すべてを切り刻む防壁となっていた。
「主様、ここは危険すぎます! わたしが精霊の防壁を切り裂きます!」
ルナがショートソードを引き抜き、前に出ようとした。
「いや、ルナ。精霊を傷つければ、彼女の精神が完全に崩壊する。ルナは、後ろからレオたちが余計な邪魔をしないように見張っていてくれ。俺が一人で中に入る」
「ですが、主様が……!」
「俺を信じてくれ」
俺がルナの目を見つめて力強く言うと、彼女は唇を噛み締めながらも、深く頷いた。
「わかりました……。主様の背中は、わたしが死んでも守ります!」
ルナはショートソードを構え、廃鉱山の入り口に立ち、後方から追ってきたレオたちの前で、凄まじいプレッシャーを放って立ち塞がった。
俺は一歩、魔力の嵐の中へと踏み込んだ。
凄まじい風圧と雷のような衝撃が全身を襲う。衣服が裂け、肌から血がにじむが、俺は歯を食いしばって前へ進んだ。
(解析開始……! 精霊のパスが異常接続されている。これじゃ、世界中のノイズを脳内に直接流し込まれているようなものだ!)
俺は嵐の中心、のたうち回るセレナの目の前までたどり着き、膝をついた。
「だめ……来ないで! 私、爆発しちゃう……!」
セレナが涙に濡れた青い瞳で、怯えるように俺を見上げた。
「大丈夫だ、セレナ。もう耳を塞がなくていい。そのうるさい声、俺が全部片付けてやる」
俺は手を伸ばし、彼女の熱く焼けた首元の奴隷紋に、自分の両手をしっかりと押し当てた。
俺の体内の全魔力が、契約魔改造の奔流となって、セレナの暴走する精神回路へと流れ込んでいく。




