第45話 システムコアと初代デバッガーの手記
「ここが……システムのコアね」
セレナが息を呑みながら見上げた。
バグモンスターの包囲網を突破した俺たちがたどり着いたのは、巨大な球体状の部屋だった。
部屋の中央には、直径数十メートルはあろうかという、青くまばゆい光を放つエネルギーコアが静かに浮遊している。だが、その表面には赤黒いノイズが走り、周囲の空間には滝のように真っ赤なシステムログが流れ落ちていた。
空中に浮かぶホログラムには、無情なカウントダウンが表示されている。
『初期化プロセス実行まで、残り18時間24分』
「旦那様、あそこの台座の上に、変なものが置いてあるぞ」
クララが、コアの操作コンソールの脇を指差した。
そこに置かれていたのは、この世界にはおよそ存在しないはずの、金属製の表紙に綴じられた紙のノートだった。
俺は引き寄せられるように近づき、ノートを手に取った。
表紙をめくると、そこに書かれていたのは、見慣れた日本語の文字だった。
「手書きの日本語……? まさか、俺の前に転生者がいたのか?」
俺は食い入るように、その手記を読み進めた。
『これを見る後継者へ。私は、このシミュレータ世界をテストするために地球から送り込まれた初代デバッガーだ。
この世界は、最初から致命的なバグだらけだった。特に魔力と精神が同期したときに発生する魂のパスのバグは、修正しても修正しても、新しいエラーを生み出した。私は一人で、何何年もこの世界のバグを修正し続けたが……ついに、孤独と疲労に力尽きてしまった。
結局、私はシステムを自律稼働モードに設定し、地球へと帰還することを選んだ。バグだらけの世界を放置したことは悔やまれるが、私一人の力では限界だったんだ。
もし、いつか私と同じようにデバッガー権限を持って転生した者がここへたどり着いたなら、どうか私の代わりにバグを修正し、世界を救ってほしい。
システムのコアは、自身の異常を検知すると初期化プログラムを起動する。それを止めるには、コアの奥にある制御プログラムに「管理者の絆」の認証コードを流し込み、エラーログを上書き修正する必要がある。
どうか、この世界を頼む――』
手記はそこで途切れていた。
「初代デバッガー……。一人きりで、誰にも理解されず、この世界のバグと戦い続けていたのか」
俺は胸が締め付けられるような思いだった。
彼には、頼れる仲間がいなかった。孤独な作業の末に、心身ともに限界を迎えてしまったのだ。
だが、俺は一人じゃない。
俺の後ろには、ルナ、セレナ、クララが、温かい眼差しで俺を見つめて立ち並んでいる。
「主様、そのノートに何が書かれているのですか?」
ルナが心配そうに尋ねる。
「……俺と同じ力を持っていた、最初の人が残した言葉だ。一人で寂しく、世界を守ろうとしていたらしい」
俺が言うと、セレナがそっと俺の手の上に自分の手を重ねた。
「その人は一人だったかもしれないけれど、アルスには私たちがいるわ。どんな世界の崩壊だって、四人でなら止められる」
「そうだぞ、旦那様! ウチらの十倍の絆で、その初代の人の無念もまとめて魔改造してやろう!」
クララが頼もしく胸を張る。
「はい! 主様!」
ルナが力強く頷く。
仲間の温もりと信頼が、俺の心に無限の勇気を与えてくれる。
「ああ。みんなでバグフィックスを完了させて、アヴァロンを俺たちのクランハウスにしよう」
俺がノートをマジックバッグに収め、操作コンソールへ一歩踏み出したその瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォン!
中央のエネルギーコアが激しく赤黒く発光し、コンソールから強烈なノイズの嵐が吹き荒れた。
『警告:不正アクセスの進行を確認。セキュリティフェーズを最終段階へ移行します。世界の初期化プログラムを物理具現化します』
吹き荒れるノイズの嵐の中から、この世のものとは思えない巨大な影が姿を現した。
それは、全身が暗黒のデータブロックと赤いエラー光線で構成された、超巨大な八頭の竜の姿をしていた。
初期化プログラムの物理具現体――終焉をもたらす獣『オメガ・システム』。
その圧倒的な破壊の圧力が、部屋全体を押し潰すように狂い咲くのだった。




