第44話 神話の最深部「神罰の玉座」
「……何、ここ。物理法則がめちゃくちゃだわ」
セレナが自分の身体がフワリと浮き上がるのを抑えながら、不快そうに顔をしかめた。
第100層『神罰の玉座』。
緊急逆転送によって俺たちがたどり着いたのは、天井も床もない、暗黒の虚空空間だった。
周囲には、崩壊した石造りの宮殿の残骸や、発光する青いラインの走る謎の金属立方体が、無重力空間のように不規則にぷかぷかと浮遊している。
魔力の川が空中に向かって逆流し、時折、上下左右の重力が急激に入れ替わる。
「旦那様、あそこにいるの、魔物じゃないぞ! なんだか……黒いモザイクみたいで不気味だぞ!」
クララが大盾を前に構えて叫んだ。
虚空のあちこちから、輪郭がブレて二重に見える、不定形の黒い影のようなモンスターが這い出してきていた。
全身からバチバチと耳障りなノイズ音を放ち、その周囲の空間だけが、テレビの砂嵐のようにざらついて歪んでいる。
「あれは……システムのバグが物理的に具現化したものだ。通常の生命体じゃない」
俺は『マスター・アクセス』の指輪で彼らのステータスを覗き見ようとしたが、画面にはエラーコードが点滅するだけだった。
「侵入者を排除……セキュリティ……」
バグモンスターが機械的な合成音のような声を漏らしながら、一斉に襲いかかってきた。
「主様、いきます!」
ルナが神速で肉薄し、オリハルコンの魔剣『閃光の白牙』で先頭のバグモンスターの胴体を真っ二つに切り裂いた。
だが――。
ノイズ音と共に、切り裂かれたバグモンスターの身体が一瞬でモザイク状にブレて、元の形に戻ってしまった。ダメージ数値がシステムエラーによって無効に書き換えられているのだ。
「えっ!? 手応えはあったのに、ダメージが通りません!」
ルナが驚愕して跳び下がる。
「私の魔法で消し飛ばしてあげるわ! サラマンダー!」
セレナが極大の火炎魔法を放った。だが、炎がバグモンスターに直撃した瞬間、魔法陣そのものが黒いノイズに汚染され、炎が勝手に霧散してしまった。
「魔法の起動コードそのものが妨害されているわ……! なんてデタラメな能力なの!」
セレナが杖を握りしめる。
「慌てるな、みんな! 敵がルールのバグを使ってダメージを無効化しているなら、こっちは管理者の権限でそのバグごと削除するだけだ!」
俺はルナの剣とセレナの杖に、魔改造バフを再接続した。
「魔改造バフ、接続! 属性付与――『デバッグ・デリート』! さらにパラメータ、十倍!」
俺の魔力が二人の武器に浸透し、青い光のコードが武器の表面に巻き付いて明滅する。
「クララには、ノイズフィルターの十倍バフだ!」
「おうよ! これでウチの盾は、バグノイズも完全にシャットアウトするぞ!」
クララが盾を前に突き出すと、敵が放ってきた精神汚染を引き起こす黒いノイズ光線が、黄金の盾の結界に触れた瞬間、パッと綺麗な光となって中和され、霧散した。
「よし、ルナ、セレナ! 今だ!」
「はい、主様! 今度こそ、デリートします!」
ルナの魔剣が青い光を放ち、再びバグモンスターへと振り下ろされた。
サクッ!
今度はエラーによる修復は起きなかった。アルスのデバッグバフを得た魔剣は、敵のバグ修復コードそのものを上書き消去し、ノイズモンスターを黒い塵へと分解・消滅させた。
「私の魔法も、通るようになったわ! 吹き飛びなさい! 『烈風轟爆』!」
セレナが放った極大風刃魔法が、十倍のデバッグバフを得て、バグモンスターの群れを一瞬にしてデータバッファごと吹き飛ばし、完全に消滅させた。
「す、すごい……! 旦那様のバフがあれば、バグモンスターなんてただのゴミデータだぞ!」
クララが嬉しそうに声を上げる。
「よし、この調子で道を切り開くぞ! システムのコアは、この虚空の先にある!」
俺たちは、物理法則すらねじ曲がった虚空の空間を、十倍のデバッグチートパワーで爆走した。
バグモンスターがどれだけ湧き出そうと、俺たちの前にはただのデリート対象でしかない。
無数の黒いノイズを塵へと変えながら、俺たちは世界の心臓部であるシステムコアへと、一気に突き進むのだった。




