第43話 決意 世界のバグを修正する
「アルス様、本当に行ってしまわれるのですか……?」
王都冒険者ギルドの受付嬢が、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
周囲には、避難してきた大勢の住人や、傷の手当てを受けた冒険者たちが、遠巻きに俺たちを取り囲んでいる。彼らの目は、かつて俺を無能と見下していた頃の冷たさは微塵もなく、ただただ深い感謝と畏怖、および祈りに満ちていた。
「ああ。この結界はクララが全魔力を込めて張ったものだ。あと23時間は絶対に破られない。だが、根本の原因を絶たなければ、23時間後にはこの世界そのものが消滅してしまう。俺には、それを止める責任があるんだ」
俺が静かに告げると、ギルドマスターが深く頭を下げた。
「王都を、いや世界を救ってくれとは言わん……。だが、どうかご無事で戻ってきてくだされ。あなた方は、我らの唯一の希望だ」
「アルス様、気をつけて!」
「絶対に戻ってきてくれよ!」
背後から聞こえる大勢の人々の歓声と祈りの声を背に受けながら、俺たちは王都郊外にある自分たちのクランハウスへと戻った。
地下の魔導炉工房。
ここには、クララがアヴァロンのゲート波長を解析して構築した、最深部プラットフォームへと直接繋がる緊急逆転送陣が設置されている。
起動の魔力ラインが青く脈動し、転送準備が整っていく中、俺は三人のヒロインたちの顔を順に見つめた。
「ルナ、セレナ、クララ。……これから行くのは、世界のシステムを管理する心臓部だ。何が待ち受けているか、本当に分からない。地上の結界は絶対に安全だから、みんなはここに残ってもいいんだ。俺一人で――」
「主様!」
俺の言葉を遮るように、ルナが鋭い声で叫んだ。
彼女は俺の前に一歩踏み出し、俺の両手を痛いほどの力で握りしめた。その犬耳は怒ったようにピンと立ち、瞳には涙が浮かんでいる。
「そんな水臭いことを言う主様は嫌いです! 私は主様の剣になると誓いました。主様がどこへ行くとしても、それが世界の終わりだとしても、私は絶対にお側を離れません!」
「ルナ……」
「そうよ、アルス。今更置いていこうなんて、絶対に許さないわ」
セレナが俺の左腕に自分の腕を絡め、強く抱きしめた。
「私をあのうるさい魔力の暴走から救ってくれたのはあなたよ。私の居場所は、あなたの隣って決めているの。もし世界が初期化されて消えるなら、私はあなたの腕の中で消えたい。……まあ、そんなことさせるつもりはないけれどね」
セレナが少しだけ気丈な目で、不敵に微笑む。
「そうだぞ、旦那様! ウチだって旦那様の盾だ!」
クララが俺の腰にしがみつき、見上げてきた。
「旦那様を傷一つつけずに守り抜くのが、ウチの絶対の役目だぞ! 置いていかれたら、ウチ、大声で泣いて暴れてやるからな!」
三人の揺るぎない覚悟と、俺に向けられた無条件の深い愛情。
胸が熱くなり、視界が微かに滲む。
前世でも今世でも、俺はいつも一人で戦い、理不尽に捨てられてきた。だが、今は違う。命を、魂を分かち合える本物の仲間が、俺の隣にいてくれる。
「……分かった。頼むよ、みんな。四人で一緒に最深部へ行き、世界のバグを修正しよう。そして、絶対に全員で生きて帰って、あの天空のマイホームでスローライフを始めるんだ」
俺が力強く言うと、三人は一斉に輝くような笑顔で頷いた。
「はい! 主様!」
「ええ、必ず」
「おうよ! 旦那様!」
俺たちは緊急逆転送陣の上へと乗った。
俺が指輪『マスター・アクセス』を起動すると、魔法陣からまばゆい青い光の柱が立ち上り、俺たちの身体を包み込んだ。
空間がねじれ、光の中に溶けていく。
地上の安全を最強の結界で守り抜いた俺たちは、世界の運命を決める最後のデバッグ作業のため、再び神話の迷宮の最深部、第100層『神罰の玉座』へと旅立つのだった。




