第40話 警告 不正アクセス検知
「すごーい! 主様、空がこんなに近くに見えます!」
ルナがプラットフォームの端から身を乗り出し、嬉しそうに尻尾を振った。
第99層。
アストライアの守っていた光の門をくぐり抜けた俺たちがたどり着いたのは、周囲を一面の白い雲海に囲まれた、青空に浮かぶ巨大な石造りのプラットフォームだった。
ここから上を見上げると、さらに高い上空に、幾何学的な形をした超巨大な空中都市『アヴァロン』の底部が、太陽の光を浴びて白銀に輝いているのが見える。
「あそこが……ウチらのマイホームになる場所なんだな」
クララがうっとりと見上げる。
「ええ、あそこにアヴァロンの転送ゲートがあるわ。アルス、あのキーをかざしてみて」
セレナがプラットフォームの中央にある、クリスタルでできた半球体のコンソールを指し示した。
「よし、いよいよだな。アヴァロンへのゲートを開放する」
俺は胸を高鳴らせながらコンソールに近づき、右手の指輪『マスター・アクセス』をクリスタルの表面にかざした。
ピピッ。
電子音が響き、クリスタルが青く輝く。
『管理者キーを確認しました。ユーザー:Alus(Level 9 Debugger)』
ここまでは順調だった。だが、次の瞬間、頭の中に流れ込んできたシステムメッセージの文字が、突如として真っ赤に染まった。
ファン――! ファン――! ファン――!
けたたましい警告音が、頭の中だけでなく、プラットフォーム全体に物理的な赤い光の点滅となって鳴り響き始めた。
「な、何!? 何が起きたの!?」
セレナが慌てて耳を塞ぐ。
「旦那様、赤い光が点滅してるぞ! これ、あからさまにヤバい警告だぞ!」
クララが大盾を構え、周囲を警戒する。
頭の中に、冷酷な機械音声が響き渡った。
『システム警告:重大なセキュリティ違反を検出しました』
『違反詳細:対象ユーザーが『契約魔改造』スキルを用い、契約紋のルールコードを不正に改変。ステータスのフィードバックループ、および敏捷性のリミット突破、魔力パスの異次元バイパスを実行しています』
「俺のバフが……不正検出に引っかかったのか!?」
俺は冷や汗が流れるのを感じた。
『判定:対象ユーザーを悪意あるチートツール、および世界を崩壊させるワームと認定します。自律防衛プロトコルを起動します』
『エラーハンドリング:システム整合性を保つため、世界のクリーンアップを実行します。初期化の実行に伴い、本シミュレーター内のすべての動的データは、24時間後に完全消去されます』
「初期化……完全消去だと!?」
俺は愕然とした。
『クリーンアップの準備フェーズとして、シミュレーター内のすべてのシステムモンスターを強制実体化させ、セキュリティ排除プログラムを稼働させます。地上時間で残り24時間――』
「アルス! ダンジョンの下層から、信じられない数のモンスターの咆哮が聞こえるわ! これ、地上の人たちが言っていた『大氾濫』じゃないかしら!?」
セレナが青ざめた顔で叫んだ。
「旦那様、それって地上の街も、王都も、全部消えちまうってことか!? 24時間後にみんなデリートされるって……!」
クララが震える声で尋ねる。
「ああ……そういうことだ。俺がみんなを強くするために使った十倍バフや魔改造が、この世界の自律管理AIに世界を破壊するウイルスと見なされてしまった。それを排除するために、システムは世界丸ごとリセットすることを選択したんだ」
俺は自分の拳を強く握りしめた。
俺が、この世界を滅ぼす引き金を引いてしまったのか。
「主様……」
ルナが俺の服の裾をそっと引っ張り、俺の顔を覗き込んできた。彼女の瞳には、恐怖ではなく、俺を信じる強い光が宿っていた。
「主様が悪者なわけありません。主様は私たちを救ってくれただけです。もしシステムが主様をウイルスと呼ぶなら、私はそのシステムを切り裂く剣になります」
「ルナ……」
「そうよ、アルス。悪いのは、こんな理不尽な初期化を勝手に決める機械のシステムの方だわ。私たちがあなたを悪者になんてさせない」
セレナが俺の隣に立ち、杖を握りしめる。
「そうだぞ、旦那様! バグがあるなら、旦那様の手でそのシステムごと魔改造して、正常にバグ修正してやればいいだけだ!」
クララが不敵に笑って盾を地面に突き立てた。
三人の頼もしい言葉に、俺の胸の中の焦りが、一瞬で冷徹な決意へと変わった。
「そうだな……。バグを出したのが俺なら、それを修正するのもデバッガーである俺の仕事だ。24時間以内に最深部のコアへ到達し、世界の初期化プロセスを力ずくで停止させる」
俺はアヴァロンへのゲートを見つめた。
警告音は鳴り響き続け、世界が崩壊に向かうカウントダウンが始まった。
だが、俺たちの絆は、この世界のどんなシステムルールよりも強い。
「いくぞ、みんな。最後のデバッグ作業の開始だ」
「はい,主様!」
俺たちは、崩壊を開始したダンジョンの最深部へと、駆け出すのだった。




