第39話 システムガーディアン『アストライア』
「侵入者を検知。これより排除プロセスを開始します」
目の前に立ちふさがったのは、白銀の金属で造られた、透き通るように美しい少女の姿をした自動人形だった。
第97層。最深部へと続く巨大な光の門の前に、彼女は静かに佇んでいた。
その背中には、光の粒子でできた翼が広がり、手には巨大な光の剣が握られている。
「あれは……神話の門番『アストライア』ね。ダンジョンの最深部を守る、最強のセキュリティシステムよ」
セレナが新調された『精霊王の天衣』をたなびかせながら、警戒をあらわにする。
「旦那様、あの人形、さっきのゴーレムやキマイラとは比べ物にならないくらい、緻密で濃密な魔力を放っているぞ。ウチの絶対防盾でも、気を抜いたら削られるかもしれない」
クララが大盾をしっかりと構えながら、真剣な眼差しで言った。
「侵入者のステータスを確認……規定外のパラメータ上昇を確認。セキュリティレベルを最大に引き上げます。――物理無効モード、起動」
アストライアの身体が、一瞬にして半透明の光のシルエットへと変化した。
「主様、いきます!」
ルナが『神速の白影』の鎧をまとって疾駆し、魔剣でアストライアの胴体を目がけて一閃を放った。
キィン!
という手応えすらなく、ルナの魔剣はアストライアの身体をただの空気のようにすり抜けた。
「なっ……!? すり抜けた!?」
ルナが驚いて跳び下がる。
「魔法無効モード、起動」
アストライアが呟くと、今度は半透明の身体が再び実体化し、周囲に何重もの魔力障壁が展開される。
「私の魔法で……! いけ、サラマンダー!」
セレナが杖を振り、極大の火炎弾を放った。だが、火炎弾がアストライアの障壁に触れた瞬間、パッと光となって吸収され、消滅してしまった。
「魔法も通用しないの……!? なんて理不尽な防御能力なのかしら!」
セレナが唇を噛む。
物理無効と魔法無効を、ミリ秒単位で瞬時に切り替える絶対の守り。通常の冒険者なら、手も足も出ずに絶望するはずの、文字通りの『無敵』だ。
だが、俺は不敵に微笑んだ。
「なるほど。システム的に無敵のフラグを切り替えているわけか。……だが、そのルール自体が、管理者である俺の前には意味をなさないんだよ」
俺は前に踏み出し、右手の指輪『マスター・アクセス』をアストライアに向けた。
「指輪起動、管理者権限の行使を確認。対象オブジェクトの属性フラグをハッキングする。――アストライアの物理・魔法無効設定を、強制的に無効に書き換え!」
キィィィィィン!
俺の指輪から走った青い光のラインが、アストライアの身体を縛り付けた。
アストライアのシステム表示が、赤く明滅し始める。
『警告:管理者権限によるルールの書き換えを検知。無敵モードの強制解除を実行します……』
「な……に……? システム設定が、上書きされました……!? そんなはずは……」
無機質だったアストライアの顔に、初めて明らかな驚愕の表情が浮かんだ。彼女の身体は半透明化することもできず、障壁を張ることもできず、ただの物理的な金属の身体としてその場に固定されてしまった。
「今だ、みんな! 全火力で叩き込め!」
俺の指示と同時に、三人が一斉に動いた。
「クララ、いくぞ!」
「おうよ! 衝撃反射の十倍バフだ!」
アストライアが放ったカウンターの光の剣撃を、クララが『神匠の絶対防盾』で完璧に受け止め、そのベクトルの方向を反転させて跳ね返す。
ドゴォォォン!
跳ね返された衝撃でアストライアの体勢が大きく崩れる。
「セレナ、合わせろ!」
「ええ! 精霊界リンク、極大風刃!」
セレナが精霊界から直接引き出した無限の魔力により、超巨大な風の刃をアストライアに叩きつける。金属の身体に無数の深い斬撃が刻まれ、火花が散る。
「ルナ、トドメだ!」
「はい、主様! ――神速一閃!」
ルナが青白い雷光と化し、アストライアの懐を駆け抜けた。
オリハルコンの魔剣が、完全に実体化したままのアストライアのコアを正確に一刀両断する。
パシィィィィン!
アストライアの胸のコアが粉々に砕け散り、彼女の手から光の剣が消え去った。
「……管理者権限の行使を確認。これ以上の排除プロセスは不可能。セキュリティロックを解除します……」
アストライアは静かに跪き、光の粒子となって消滅した。
それと同時に、背後にあった巨大な光の門が、重々しい音を立ててゆっくりと左右に開いていく。
その門の向こうには、底知れない吸い込まれそうな青空と、雲の上に浮かぶ巨大な空中都市アヴァロンの姿が、かすかに見えていた。
「……ついに、開いたわね」
セレナがゴクリと息を呑む。
「あの空の上が、ウチらのマイホームになるんだな……!」
クララが目を輝かせる。
「はい! 主様、いきましょう!」
ルナが俺の手を嬉しそうに握りしめた。
俺は頷き、光の門の向こうに広がる天空の世界を見据えた。
「ああ。いよいよ最後の階層だ。俺たちの絶対的なマイホームを手に入れよう」
俺たちは、アヴァロンへのゲートをくぐり、最後の戦いへと足を踏み出すのだった。




