第34話 オリハルコンとクララの野望
「ふぎゃあ!? な、なんだこの重さは……っ!」
クララが突然、その場にぺたんと座り込んでしまった。
第88層。
ここは神話の迷宮の中でも特殊なエリアらしく、局所的に異常な重力場が発生していた。一歩進むごとに、体が鉛のように重くなり、下手をすれば肺が押し潰されそうになる。
「大丈夫か、クララ?」
「だ、旦那様……身体が地面に張り付いて、動けないぞ……」
小柄なクララにとって、この重力異常はかなり厳しいようだ。
俺はすぐに『契約魔改造』のパスを繋ぎ、クララに『重力相殺』の十倍バフを施した。
「ほえっ……? あ、軽くなった! むしろ、いつもより身体が軽いぞ!」
クララはぴょんぴょんとその場で跳ね回る。十倍バフの力で、重力異常を完全に無視して、むしろ月面のように軽快に動けるようになったらしい。
「主様、あっちの壁……なんだか、ものすっごく綺麗に光っています」
ルナが重力に耐えながら、通路の脇にある岩肌を指差した。
その岩肌には、金色と青色の光が複雑に混ざり合った、美しい結晶の鉱脈が走っていた。
「な、何っ……!? あれは……ウソだろ!?」
それを見たクララが、大盾を放り出して鉱脈へと突進した。
「クララ、危ないわよ!」
セレナが慌てて声をかけるが、クララは鉱脈に顔を擦り付けるようにして大興奮している。
「黄金の輝きに、青い魔力の脈動……これ、間違いないぞ! 神話の金属『オリハルコン』の超巨大鉱脈だ!」
「オリハルコン!? あの、神々の武器を造るために使われたという、世界一硬い伝説の金属か?」
俺も驚いて近づいた。
「そうだぞ、旦那様! ドワーフの鍛冶師として、これを見過ごしたら末代までの恥、いや、ドワーフを廃業しなきゃいけないレベルだ! ウチ、これが欲しい! 絶対に持って帰る!」
クララが目を血走らせて、背中に背負っていた採掘用のツルハシを取り出した。
だが、オリハルコンは世界最高硬度の鉱石だ。通常のツルハシで叩けば、ツルハシの方が粉々に砕け散るだけだ。
「待て待て、クララ。落ち着け。そのまま叩いたら道具が壊れるぞ」
「うう、わかってる。わかってるけど、目の前にオリハルコンがあるのに諦め切れないぞ……!」
クララが涙目で俺を見上げてくる。
「分かったよ。俺のバフでなんとかしよう。――魔改造バフ、接続」
俺はクララの持つ採掘用ツルハシに、魔力を接続した。
『バフ対象:クララのツルハシ』
『バフ:物質崩壊、剛力穿孔』
『倍率設定:十倍』
「よし、これで叩いてみてくれ」
「ありがと、旦那様! いっくぞおおおお!」
クララがツルハシを大きく振りかぶり、オリハルコンの鉱脈に向けて全力で振り下ろした。
ガキィィィィン!
という金属音を予想していたのだが、聞こえてきたのは「サクッ」という、まるできゅうりでも切るかのような軽い音だった。
十倍の『物質崩壊』と『剛力穿孔』のバフを得たツルハシは、オリハルコンの超硬度の結合を分子レベルで断ち切り、バターのように滑らかに切り裂いたのだ。
「ほえええ!? 取れた! オリハルコンが、こんなに簡単に取れちゃったぞ!」
クララが抱えきれないほどの巨大なオリハルコンの塊を掲げて、大はしゃぎしている。
「すごいわね、アルス。伝説の金属を、まるでジャガイモみたいに収穫しちゃうなんて……」
セレナが呆れたようにため息をつく。
「主様、マジックバッグはまだ空きがあります! どんどん詰めましょう!」
ルナも嬉しそうに手伝い始める。
「よし、クララ。必要な分だけ全部切り出してくれ」
「おうよ! 旦那様、ウチ、このオリハルコンと、さっきの神殿で見つけた古代の知識を組み合わせたら、とんでもないものが造れると思うんだ!」
ザクザクとオリハルコンを切り出しながら、クララが興奮気味に語りかけてきた。
「とんでもないもの?」
「ああ! 旦那様専用の、この世界のシステムに直接干渉できる『管理者用の武器』と、ウチら全員の『神話級の防具』だ! 旦那様のバフを極限まで引き出せるような、絶対無敵の装備を造ってみせるぞ!」
クララの瞳には、鍛冶師としてのプロフェッショナルな熱い炎が燃えたぎっていた。
「いいな、それ。俺たちの力をさらに引き出す装備か……頼むよ、クララ」
「任せておけ! 最高のマイホームに行く前に、最高の装備で着飾ってやろう!」
クララが胸を張って頼もしく笑う。
十分な量のオリハルコンを採掘し終えた俺たちは、クララの新しい創作意欲と共に、さらに深層への足取りを軽くするのだった。




