第33話 システムログが語る世界の真実
「……ここは、今までのダンジョンと雰囲気が違うわね」
セレナが周囲を見回しながら、静かに呟いた。
第85層。
そこは、紫色の結晶が並ぶこれまでの洞窟とは打って変わり、巨大な白亜の柱が整然と並ぶ、ギリシャ神殿のような荘厳な空間だった。
床や壁には精緻な幾何学模様が刻まれており、音を立てるのも憚られるほどの静寂が支配している。
「主様、あそこに何かあります」
ルナが前方を指差した。
神殿の最奥、祭壇のような一段高くなった場所に、それはあった。
高さ3メートルほどの、漆黒の金属でできた四角い石碑だ。表面には、細かな青い光のラインが脈動するように走り、空中には誰も読めない複雑な古代ルーン文字が浮かび上がり、ゆっくりと回転している。
「あれは……伝説に聞く『神の碑文』か? ギルドの最高機密資料で、一度だけ模写を見たことがあるぞ」
クララが息を呑み、畏怖の念を込めて石碑を見上げた。
「触ると神罰が下ると言われているわ。どんな大賢者でも、刻まれた文字を解読することはできなかったって……」
セレナも警戒するように一歩下がる。
だが、俺の目には、その浮かび上がっている文字が全く別のものに見えていた。
「……いや、あれは文字じゃない」
俺は引き寄せられるように、ゆっくりと石碑へと歩み寄った。
「主様! 危ないです!」
ルナが心配そうに声を上げるが、俺は手をかざしてそれを制した。
「大丈夫だ、ルナ。俺には、これが何なのか分かっている」
石碑の前に立ち、脈動する青い光に手を伸ばす。
指先が冷たい金属の表面に触れた瞬間、パッと周囲の空間が青い光で満たされた。浮かび上がっていた古代ルーン文字が激しく明滅し、一瞬にして俺の馴染み深い言語へと書き換わっていく。
『管理者ログイン:認証成功』
『アカウント:Alus(Level 9 Debugger)』
『システムログ・ローディング……完了』
石碑の表面に、流れるような日本語のコードとログメッセージが表示された。
「なっ……!? 碑文の文字が、一瞬で書き換わった……!?」
セレナが目を見開いて驚愕の声を上げる。
「旦那様、一体何が起きてるんだ!? あの光、温かいけど……なんだかもの凄く緻密な魔力を感じるぞ!」
クララも盾を抱えたまま呆然としている。
俺は表示されたログメッセージを夢中で読み進めた。そこには、前世のシステムエンジニア時代に嫌というほど見た、システムの仕様書と起動ログが記録されていた。
「これは……世界のシステムログだ」
「システムログ……ですか?」
ルナが小首をかしげる。
「ああ。この世界はな、大昔に地球の技術者たちが造り上げた『高次元環境シミュレータ』なんだ。ログによると、物理法則や生命の循環、魔力といったすべての挙動がプログラムによって管理されている。そして、俺たちが使っているステータスプレートやレベル、スキルといった仕組みは、技術者たちが世界をテストし、バグを修正するために後から組み込んだ『デバッグ用の管理システム』だったんだよ」
「ええっ!? レベルやスキルが、神様が作った管理用の仕組み……?」
セレナが信じられないといった様子で口元を押さえる。
「そうだ。そして、奴隷契約という不条理なシステムも、元々はシステムエラーを回避するために特定の個体同士の魔力パスを固定化するための『仮仕様』だったらしい。それが歴史の経過とともに歪んで伝わり、人間たちに利用されるようになったんだな」
ログの最後には、開発者たちからのエラーレポートが残されていた。
『警告:開発期間の超過により、本シミュレーターの自律稼働モードを起動します。未修正のバグ(奴隷紋のバグ、魔力暴走現象)は、今後のパッチで修正予定――』
「だが、パッチは二度と当たらなかった。開発者たちは何らかの理由でこの世界を放棄し、地球へ帰ってしまったんだ。その結果、残されたデバッグシステムが、この世界の『神の物理法則』として定着し、現在に至る……ということか」
俺の呟きに、三人は顔を見合わせた。
「主様……つまり、主様の『契約魔改造』という力は……」
ルナが恐る恐る尋ねる。
「ああ。俺はこの世界に転生した際、なぜかその開発者たちが残した『デバッガー用の最高権限』を持って生まれてしまったらしい。だから、奴隷契約のコードをハッキングして書き換えることができたんだ。みんなの能力が十倍になったのは、俺が設定値をいじった結果、システムが想定外のフィードバックループを起こしたからなんだよ」
「じゃ、じゃあ……私たちはアルスの力で、神様の領域の力を使わせてもらっているのね」
セレナが少し震える声で言った。
「そういうことになるな。もっとも、俺はただの管理者権限のユーザーでしかないから、神様ってわけじゃないよ。そして、この神話の迷宮の最深部には、そのシステムの中央制御コアがある。天空都市アヴァロンは、そのコアを物理的に保護し、管理者が駐在するための『管理者オフィス』なんだ」
「旦那様、それってつまり……最深部に行けば、この世界のルールそのものを、旦那様の手で完全に書き換えることもできるってことか?」
クララが目を輝かせて尋ねる。
「理論上はな。システムの暴走を止めたり、より良いルールに修正することもできるはずだ。……まあ、まずは俺たちの安全なマイホームを確保するのが最優先だけどな」
俺が苦笑いしながら言うと、三人は一様にホッとしたように表情を崩し、そして力強く頷いた。
「主様がどんな力を持っていても、私の主様であることに変わりはありません! どこまでもついていきます!」
「そうね。世界がシミュレータだろうが何だろうが、アルスが私を救ってくれたという事実は変わらないわ。……だから、私も最後まで付き合うわよ」
「ウチもだぞ! むしろ、世界のシステムを魔改造できるなんて、鍛冶師としてこれ以上ワクワクすることはないからな!」
三人の揺るぎない信頼が、俺の胸に温かく染み渡る。
世界の真実を知った俺たちは、アヴァロンへと至る意志をさらに強固なものにした。
「よし、それじゃあ次の階層へ進もう。この世界のバグも、俺たちの行く手も、全部まとめて魔改造してやろう」
「はい、主様!」
俺たちは、青く輝くシステムコンソールを背に、神話の迷宮のさらに奥深くへと歩みを進めるのだった。




