第32話 神話の迷宮・深層への扉
「ここからが、神話の領域……第80層だ」
俺が言うと、背後の三人はそれぞれ武器を握り直し、引き締まった表情で頷いた。
神話の迷宮、第80層。
これまでは整備された遺跡のようだったダンジョンの風景が、一変していた。
壁や地面は怪しく明滅する紫色の水晶で覆われ、空気そのものが濃密な魔力で重たく張り詰めている。呼吸をするだけで、喉の奥がピリピリとするような感覚だ。
「主様、前方に強い気配を感じます。かなり大きいです」
犬耳をピンと立てたルナが、低く構えながら言った。彼女の瞳はすでに、戦闘モードの鋭い光を宿している。
「ええ、大気中の魔力が一箇所に集まりつつあるわ。……来る!」
セレナが魔改造された杖『精霊王の息吹』を前に突き出す。
通路の先、薄暗い空間から、地響きを立てて巨体が姿を現した。
それは、体長4メートルはあろうかという巨大な人型のゴーレムだった。だが、ただの石や鉄ではない。全身が鏡のように光を反射する、漆黒の結晶石――『黒曜魔石』で覆われていた。
「オブシディアン・ガーディアンか……! 物理攻撃も魔法もほとんど無効化する、深層の難敵だな」
前世の知識とギルドの資料から、俺はその魔物の正体を瞬時に見抜いた。
オブシディアン・ガーディアンは、その極めて高い硬度と魔法耐性により、通常のAランク冒険者パーティーでも数時間がかりで削るか、あるいは逃走を選ぶほどの厄介な存在だ。
「旦那様、ウチがあのデカブツの攻撃を受け止めるぞ! だから後ろからしっかりサポートしてほしい!」
クララが身の丈ほどもある大盾を構え、力強く言った。
「ああ、頼むよクララ。――いくぞ、魔改造バフ、接続!」
俺は固有スキル『契約魔改造』を起動し、ルナ、セレナ、クララとの魂のパスをフル稼働させた。
頭の中にシステムメッセージが明滅する。
『バフ対象:クララ』
『バフ:金剛障壁、衝撃反射』
『倍率設定:十倍』
『バフ対象:ルナ』
'バフ:剛力付与、穿孔付与』
『倍率設定:十倍』
俺の魔力がパスを通じて二人へと流れ込み、爆発的な輝きとなって彼女たちの全身を包み込んだ。
「おおおっ! 力が、みなぎってくるぞ!」
クララの大盾から、黄金色の幾何学模様が立体的に浮かび上がり、巨大な防壁を形成する。
「主様、準備完了です!いつでもいけます!」
ルナの魔剣『閃光の白牙』が、超高周波の振動音を立てて白く輝き始めた。十倍の穿孔バフにより、空間そのものが微かに歪んでいる。
『グオオオオオオオ!』
オブシディアン・ガーディアンが咆哮を上げ、その巨大な黒曜石の拳を振り下ろした。
空気を引き裂く音と共に、破壊の質量がクララへと迫る。
「ふんぬううううっ!」
クララが気合の叫びと共に大盾を突き出した。
激突。
金属音すら置き去りにする凄まじい衝撃波が周囲の結晶の壁を揺らしたが、クララの一歩は寸分たりとも揺らがなかった。
それどころか、十倍の『衝撃反射』のバフが即座に発動する。
キィィィィィィン!
反射された衝撃波がゴーレムの巨大な腕を駆け上り、その黒曜石の右腕に無数のひび割れを作った。
『グ、ガ……!?』
自らの放った超質量の一撃を反射され、オブシディアン・ガーディアンの巨体が大きくよろめく。
「今だ、ルナ! いけ!」
俺の指示と同時に、ルナの姿が視界から消えた。
十倍の敏捷バフを得た彼女の動きは、音速を超えている。
キィィィィン――!
一筋の白い閃光が、よろめくゴーレムの胴体を横一文字に駆け抜けた。
ルナがゴーレムの背後に着地し、静かに魔剣を鞘に収める。
『ゴ、ガ……ア……』
一瞬の静寂の後、オブシディアン・ガーディアンの巨体は、十倍の穿孔・剛力バフによって豆腐のように綺麗に真っ二つに両断され、崩れ落ちた。
黒曜石の破片が地面に散らばり、中央の巨大な魔石がカタカタと転がる。
戦闘時間、わずか5秒。
「ふぅ、大したことなかったですね、主様!」
ルナが尻尾を嬉しそうに左右に振りながら、俺の元へと駆け寄ってきた。
「ああ、ルナもクララも完璧だったよ。ありがとう」
俺はルナの頭を撫で、クララの肩を叩いた。
「へへ、旦那様に褒められると、盾の磨き甲斐があるぞ!」
クララが嬉しそうに大盾を背中に背負い直す。
「私の出番、なかったわね……」
セレナが少し不満そうに、杖を抱えて唇を尖らせた。
「はは、セレナの魔法は威力が大きすぎるからな。こんな狭い通路で十倍の極大魔法を使ったら、ダンジョンごと俺たちが生き埋めになってしまう」
「それはそうだけど……。でも、次は絶対に私の魔法で見せてあげるんだから」
セレナがふいっとそっぽを向くが、その耳は少し赤くなっている。
「ああ、期待しているよ、セレナ」
俺は彼女の頭も優しく撫と、セレナは嬉しそうに目を細めた。
Aランク冒険者を絶望させる深層の魔物を、俺たちは傷一つ負わずに瞬殺した。
十倍バフの力は、この『神話の領域』でも完全にチートとして機能している。
俺は崩れ落ちたゴーレムの残骸から、一際大きく輝く黒曜魔石を拾い上げ、マジックバッグに収納した。
「よし、この調子でどんどん進もう。アヴァロンへの道は、まだまだ始まったばかりだ」
「はい、主様!」
俺たちは再び、薄暗くも美しい紫の輝きに満ちた通路を、奥へと歩み進めていくのだった。




