連なる孤独(5)
電話が鳴った。若葉は受話器を取った。
「もしもし。」
「山神小麦か。」
電話口の声は見知らぬ男性だった。若葉は正に目配せした。
「いいえ。私は小麦様のお付きの者です。」
「小麦に代われ。」
「その前に名乗って頂かないと…。」
電話口でフッと笑う声がした。
「白髪に赤目の少年を預かっている。名前は確か…光琉とか言ったかな?」
やはり。若葉は言った。
「少々お待ち下さい。」
若葉は小麦に代わった。小麦はうっとおしそうに電話を手に取った。
「何の用だ?」
「あんたの恋人を預かっている。」
小麦は眉をひそめた。
「光琉のことか?」
「そうだ。返して欲しければ一千万円用意しろ。明後日の零時に眼鏡橋で待つ。一人で来い。言っておくが、光琉本人を連れてはいかない。小細工をすれば光琉は殺す。受け渡し人は誰でもいいが、絶対にあんたは来るな。」
男は一息にまくしたてた。小麦は少しの間、ただ黙っていた。
「聞いてんのか?」
「嗚呼。貴様が光琉を捕えているという証拠は?」
電話口の声が苦笑いした。
「ほらよ。声を聞かせてやれ。余計なことは言うな。」
「小麦様。」
光琉の声だ。小麦は焦りを隠して言った。
「逃げたのかと思った。」
「まさか。僕は…。」
電話をひったくる音がした。
「もういいだろう。賢明な判断を願う。」
「まだ話は終わっていない。おい!」
電話口からは静寂だけが返ってきた。電話は切られた。
「小麦様…。」
正は言った。小麦の表情からは感情を何ら読み取れない。
「馬鹿馬鹿しい。助けになど行くものか。私が手を下さずに済んでせいせいした。」
若葉は黙って小麦の金色の瞳を見詰めた。小麦は目を逸らした。
「私はもう休む。」
小麦は寝室に向かって歩き始めた。
「ご夕食は…?」
若葉は言った。
「いらん。」
「若葉、用意しておけよ、身代金。」
小麦が去るのを見て、正は言った。
「そんな大金はありません。」
「いくらまでなら出せる?」
若葉は銀行の預金残高を思い出した。研究のための予備費が残っている。
「二百、いえ、三百万円です。」
「分かった。それでいい。私が七百万用意しよう。」
二日で七百万円を用意出来るのか。若葉は正の経済力に感心した。
「小麦様に逆らって、光琉を助けるおつもりですか。」
「いや、これは保険だ。基本的には光琉を見捨てると思ってくれ。」
正は平然と言った。若葉は何も言わなかった。
「一人で逃げ出してくれるといいのだが、光琉の力量では難しいだろう。仕方がない。」
「…小麦様は悲しまれるでしょうね。」
若葉は嫌味に聞こえないように気を配れなかった。
「小麦様は強いお方だ。すぐに立ち直れる。」
「うぅ…。」
光琉は痛みに呻いた。散々蹴られたせいで体中が痛い。
「いい加減にしろ!次に逃げようとすれば殺す。」
太鼓持ちが言った。リーダーが歩み寄ってきた。バットを持っている。
「手ぬるい。」
「ぐっ…。」
光琉は悲鳴を飲み込んだ。光琉は繰り返し殴打され、脚の骨を折られた。
「これで逃げ出せないだろう。あんたはどうやら傷が癒えないようだ。観念しろ。」
光琉は舌打ちした。これでは脱出は不可能だ。




