涙を呑む(3)
「大丈夫ですよ。夜中には施錠され、セキュリティーが作動しますから、安心して下さい。」
小麦は腹立たしくなった。ヴァンパイアがそんなちゃちな防犯対策に阻まれるはずがない。
「保護者の方に連絡しましょう。」
小麦は歯を食い縛る。
「分かった。慧、その『お守り』は絶対に誰にも渡さず、肌身離さず持っていろよ。」
慧はポケットの涙石をまさぐる。
「はい。また明日。」
慧は手を振った。小麦は手を挙げて応える。
外は霧雨が降っていた。ロビーには正が待っていた。
「お迎えに上がりました。」
「光琉ではないのか?」
小麦は外に出た。正は小麦に傘を差して後ろを歩く。
「雨が降っておりますので。バスは乗り継がないとならないでしょう。」
小麦は助手席に乗り、シートベルトを締めた。
「慧は私がウェアウルフだと知っても、今回の騒動に巻き込まれても、私から離れようとしなかった。第一、今時は異種婚も珍しくない。幹部にだってハーフがいなかったか?」
正はコーヒーを啜る。音楽を掛けた。
「笹木ルリのことですか。彼女は研究者としての実績があったため、異例の出世を遂げたのです。ハーフと言っても二分の一の確率で人間になります。伴侶や子を先に亡くす親は悲惨です。」
「ルリはハーフだったのか?知らなかった。無口だから家族の話など聞いたこともなかったからな。」
小麦は言った。シートを後ろに倒す。
「相変わらず、大した記憶力だな。」
「恐縮です。小麦様はまだお若い。お付き合いは慎重になさいませ。」
小麦は正の横顔を見上げた。
「私はもう子どもではない。自分のことは自分で決める。」
「そうですか。相談も光琉にしかなさらないのですね。」
寂しそうな横顔の正に向かって小麦は声を荒げる。
「違う。光琉の方を信頼しているとかではない。あれが…ウェアウルフではないからだ。それだけだ。ロードとしてではなく、ただの山神小麦として接することが出来るから、つい余計なことまで言ってしまうのだ。」
正は微笑んだ。余計に寂しそうに見えるのは、背後の霧雨や音楽のせいだろうか。
「私の前では、ただの姪でいられませんか。」
「…すまない。私は正といる時が最も楽しい。だが、お前は山神家の者ですらない。私は土浦正の姪では…いられない。」
小麦はゆっくりと言った。車内には物悲しい音楽だけが響いている。
「着きましたよ。」
正は山神家の前に車を停車させ、ドアを開ける。
「今度からはお前にも相談するから…。」
「同じ理由で慧を好きになっているだけなのではありませんか。彼がウェアウルフではないから、違いますか?誰でも良かったのでしょう。ウェアウルフでさえなければ。」
正は低い声で言った。小麦は正の頬を引っ叩いた。涙目で、握り締めた手が小刻みに震えている。
「そんなことはない。訂正しろ。」
「小麦様、どうされたのですか。」
光琉が慌てて出てきた。
「言葉が過ぎました。また明日。」
正は車に乗り込んだ。小麦はまだ正を睨んでいる。
「正さんに反対されたので?」
「いや、何でもない。行こう。」
正は濡れた窓ガラス越しに小麦と光琉を見ていたが、コーヒーを一息に呷り、エンジンをかけて帰っていった。




