涙を呑む(1)
「名前は思い出せません。聞いたはずなのですが。報告する相手をロードと呼んでいました。光琉さんを殺すよう命じられ、赤い宝石を手渡されました。他はあまり思い出せないです。」
慧は説明しながら、違和感を覚えていた。わざわざ回収に来た所を見ると、あの宝石は希少なものだったに違いない。事実、黒幕はヴァンパイアのロードだった。それなのに、どうしてわざわざ光琉を殺そうと躍起になっていたのだろうか。普通は敵のトップ、小麦を仕留めようとするはずだ。
「ゆっくり思い出せばいい。それより、早急に慧に護衛を付けるべきだな。」
小麦の眼光が更に鋭くなった。
「侵入者の警戒のために警備が増えています。あまり大勢のウェアウルフを動員なさいませんよう。慧さんに涙石をお預けになれば当座は凌げると思われます。」
光琉は慎重な態度を崩さない。
「玉兎まで関わっておる。此方もそれなりの対応を取らねばならぬ。せめてその男を捕らえるか、名前だけでも分かれば、玉兎に問い詰めてやるものを。」
「すみません。」
慧は申し訳なさそうに呟く。
「嗚呼、気にするな。証拠などなくとも潰してやる。」
「でも、僕は光琉さんを殺そうと…。」
慧はベッドから上半身を起こす。小麦は優しく押し戻す。
「だが、小癪にも光琉は生きておる。次は確実に息の根を止めるのだぞ。」
「止めて下さい。慧さんが本気にするかもしれないでしょう。」
慧は光琉と小麦を見比べる。長年を掛けて培われた信頼関係が見える。こんなブラックジョークでも平気で笑い合えるくらいに。
「そうだ。正さんを呼びましょう。あの方は警察に追われないはずですね。小麦様と交代で見舞いにいらっしゃれば安心でしょう。」
「光琉、お前はどうするのだ。」
光琉の表情は心底嫌そうだ。
「僕はほら、小麦様が不在の間、留守をお預かりします。」
「その必要はない。来い。」
小麦は威厳たっぷりに言った。慧は光琉に気を遣って言った。
「あの、僕も気まずくて、光琉さんにはあまりお会いしたくないというか…。本人もこう仰っているのですから、無理強いしない方が宜しいかと。」
「慧がそう申すなら、暫くは二人で見舞いに来よう。」
小麦はつまらなそうに言った。光琉は正に連絡を取りに外に出た。部屋を出る直前、慧に向かって軽く会釈して微笑む。
「もしもし、正さん。今お時間はありますか?」
病室にやってきた正はすぐに小麦と光琉を外に連れ出した。
「どういうご関係ですか?」
「慧のことか?あやつは…。」
光琉は小麦の言葉を遮った。
「隣人です。今の家の。」
「そうか、光琉。ただの隣人のために、ロード以外の使用が認められていない涙石を人間に持たせ、剰え警護まで頼みたいと?」
正は説教モードに突入した。
「違うのだ、正。慧は私の想い人だ。」
正は呆れ果てたように言った。
「僭越ながら、ロードともあろうお方が人間と火遊びするなどと…。」
「聞き捨てならんぞ、正。私は真剣に慧のことを愛していて…。」
正が益々険しい顔付きになるのを見て、光琉は軽率に正を呼んだことを後悔した。
「その方が余程質が悪い。まさか正体は明かしていないでしょうね。」
正は声を荒げる。光琉は必死に仲裁する。




