愛は屋上の狼に及ぶ(5)
小麦はクッションから飛び起きた。光琉は悲しそうに言った。
「今日は久々に笑顔が見られましたね。きっと楽しかったのでしょう。あまり口出しするのも失礼かとは存じますが、僕が思うに、彼は良い方です。断るなとは申しませんが、期待を持たせてから突き放すと酷だと思いますが…。」
「…。」
光琉は小麦を一人にして、自分の部屋に戻った。小麦は髪留めを撫でながら悩んでいた。その頬には夕日が差している。
それから数日は小麦の様子が変だった。物思いに耽ってばかりなのだ。そんな小麦の様子を、光琉は羨ましく思いながら見守っていた。
「小麦様、慧さんからですよ。」
光琉は電話を差し出す。小麦はひったくるように取る。
「…嗚呼。いや、家に来てくれないか。返事をしていなかっただろう。…違う。しっかりと答えておきたい。」
小麦は微かに頬を染めながら話をする。電話を切ったのを確認してから光琉は言った。
「僕は外に出ていましょうか。」
「構わぬ。此処にいろ。」
小麦は急にいつもの凛とした目付きに戻った。
慧はこの間と同じ、客間に通された。空気が張り詰めている。緊張を破ったのは、小麦の重々しい声だった。
「慧、お前は私が好きだと言ったな。」
「はい。」
光琉は嫌な予感がしていた。とんでもないことを言うのではないだろうかと気をもむが、止めることも出来ない。
「だが、お前は私のことを本当に知らない。知ったら、私から離れていくだろう。」
小麦は悲しそうに言った。慧は勿論反論する。
「そんなことはありません。どんなことがあろうと受け止めます。話して下さい。」
光琉は止めに入る。
「小麦様、なりませんよ。」
「本当だな?」
小麦は帯を解いた。そこには既に少女の姿はなかった。代わりに麦畑のように広い金の毛並みと、手など貫通するほどに長く、鋭い牙が見えた。顔の右側には麦の髪留めが付いたままだ。
「うわああ!」
慧は驚愕の表情を浮かべると、足をもつれさせながら玄関に向かって駆け出した。光琉も小麦も追い駆けなかった。
足音が遠ざかる。光琉はドアの方を見やっていた。
「これが貴方の答えですか。…どうしても知らせないといけないことでしたか?」
光琉は静かに言った。
「元から断るつもりだった。山神家は正体を知られようと問題がないのだ。丁度いいではないか。」
小麦はくぐもった声で答える。
「分かりました。でも、本気でそうお思いなら、此方を見て言って下さればいいものを。」
「五月蠅い。咬まれたくなかったら出て行け。今すぐに!」
小麦は吠える。光琉は黙って出て行った。
小麦は長いこと部屋から出てこなかった。光琉は小麦の気持ちが落ち着くまで、そっとしておくことに決めた。
「猫の鳴き声だ。近いな。」
光琉は呟いた。不意にチャイムが鳴った。
光琉はドアを開けて固まった。そこには慧の姿があった。
「どうも。中に入っても宜しいでしょうか。」
「ええ、失礼致しました。どうぞ。」
光琉は慧を客間に待たせ、小麦を呼んできた。
「入るなと言っただろう。下がれ。」
「慧さんがいらしています。」
小麦は驚いて客間に向かう。




