借りてきた狼(5)
「真白を一番理解しておるのは光琉だ。口惜しいことに、私より深くまで真白の心情を知り、強い絆で結ばれておる。私には出来なかったことだ。放っておけば真白の一番の味方となろう。私が監視せねば。」
小麦は苦々しい様子で言った。若葉は未だに腑に落ちない。
「何も小麦様でなくとも…。味方のないヴァンパイアなど、誰でも監視出来ましょう。」
小麦は独り言を言うような調子で話し続けた。
「そうだ。光琉を監視下に置くことは、あまりに容易なことなのだ。光琉のあの弱さ。あれは不自然過ぎる。人間のようだ。そもそも、真白はどうして光琉を手元に置こうと決めたのか。光琉には何かがある。それこそが、真白を裏切者たらしめた原因なのではないか。」
若葉は小麦の言うことが理解出来ず、混乱した。小麦も全てを説明するつもりはなかった。
「光琉にはお尋ねになったので?その、光琉の秘密に関して。」
「頑として答えぬ。命に係わるほど重大な秘密なのだろう。何をしても口を割らなかった。」
具体的に何をして聞き出そうとしたのかは尋ねなかった。
二人は山に登った。ウェアウルフの脚力からすると、物足りないくらいの平坦な山だった。若葉は小麦の横顔に見入っていた。健康的な血色の肌に、美しくも何処か荒々しい顔立ち、神秘的な瞳の光、全てが完璧な、一枚の絵画のようだった。
「小麦様、もし光琉がいなかったら…私のような者でも、お傍仕えの機会があると思われますか?」
若葉は尋ねる。この横顔をずっと見ていたい。そのための障害が光琉だけなら、取り除ける。ずっと今日のように過ごせるかもしれない。
「私は私の権力に怯える者、阿る者、見下す者、侮る者が嫌いだ。そのため、あまり多くのウェアウルフと付き合おうとは思わぬ。」
小麦は景色を眺めながら言った。若葉は緊張した。自分が当て嵌まっているのか分からなかった。
「だから、正や若葉のことは好きだぞ。ゆくゆくは傍に置きたいと思うほどにな。」
小麦は重々しく言った。若葉の心は踊る。
「本当ですか。今は無理ですか。」
「私は多くの者を傍に置きたくない。私自身が一族の信頼を勝ち得ておらぬからな。光琉だけで手が足りておるわ。気長に待て。」
小麦は頂上の岩の上に飛び乗った。風で髪が激しくなびいている。
「危ないですよ。お降りになって下さい。」
若葉は不安になりながら言った。
「そうだな。帰ろう。夕刻になると冷える。」
小麦は岩から華麗に降り立った。下山し、帰りのバスを待っていると、誰かが若葉に走ってぶつかってきた。相手は両手一杯の荷物を抱えており、地面にばらまかれる。
「大丈夫ですか。」
若葉は屈んで、男の荷物を拾う。茶色の髪をした、如何にも陽キャといった若者だった。
「すみません。急いでいて前を見ていませんでした。」
男は意外と丁寧に謝り、再び荷物を抱えて走り去った。
「何処かで見たような…。」
若葉は呟くが、思い出せない。




