借りてきた狼(1)
「誰か、私の代わりに小麦様に上納金を渡してきてくれない?明日は急用が入ったの。」
茶色のセミロングの髪の女性が気だるそうに言った。死んだ魚の目のような、濁った灰色の瞳をしている。女性は白衣を着ており、『笹木』と言うネームプレートを下げている。周囲には十名ほど、白衣の人物がいる。
「私にお任せ下さい。」
勢いよく一人の女性が手を挙げる。ぼさぼさの黒髪を雑多に束ねている。化粧もしているのかいないのか分からない。如何にも研究者といった風貌だ。三十代くらいに見える。
「金井しかいないの?仕方ないわね。いつも貴方ばかりに任せてごめんなさいね。」
「いいえ、ルリ様。小麦様にお会い出来るとは、ウェアウルフにとってこれ以上の栄誉はありません。」
ルリは微笑んで金井を金庫に呼び出し、封筒を手渡した。ずっしりした重みがある。
「じゃあお願い。ついでに数日、小麦様のお手伝いをしてきても良いのよ。仕事も一段落しているから。」
金井は顔を輝かせるが、すぐにその嬉しさは萎んだようだ。
「忌々しいヴァンパイアがいなければ、ずっと留まっていたいのですけど…。」
ルリの動きが一瞬止まる。
「嗚呼、光琉のことね。彼が憎らしい?」
「それはそうですよ。敵であり、忠誠を誓っている訳でもない、あんな奴が小麦様のお傍にいるなんて…。あいつがいなければ、私にだってチャンスがあったかもしれないと思うと、腸が煮えくり返る思いですよ。」
ルリは獲物を狙うような目で金井を見ていたが、徐に金庫から紫のお守りを取り出す。
「やっぱり数日留まっていらっしゃい。これに願を掛けるといいわ。光琉が死ぬようにと。」
金井は不審に思いながらも、お守りを受け取った。中にはビー玉大の硬い物が入っている。
「穏やかでないですね。ルリ様が研究した呪具か何かでしょうか。」
「ヒ・ミ・ツ。これは他人に言うと効果がなくなるから、誰にも言わないでね。それと、肌身離さず身に付けること。」
ルリはニコリともせずに言った。
「私はあまり他人に怨みを抱かないから、効果が実証出来なかったのよ。でも、確かに光琉は目障りだわ。」
「問題になりませんかね。」
金井は少し弱気になる。
「なら止めておく?」
「い、いえ。ありがたくお預かりします。」
金井は慌てて言うと、お守りを封筒と共にバッグに仕舞った。ルリは欠伸を一つした。
「もういいかしら。早く明日の準備をしないと。貴方も今日は上がっていいわ。」
「はい。お疲れ様でした。」
金井は頭を下げて出て行く。
金井はまんじりともせず、期待に心躍らせていた。小麦に会えるだけでなく、数日滞在することを許されるなんて。千載一遇の機会だ。念入りに明日の持ち物を準備し、会話をシミュレーションする。
翌朝、金井は美しく髪を梳かしつけ、数年ぶりの化粧をして、箪笥の肥やしと化していた一張羅に袖を通した。緊張のあまり、一時間前に小麦の家に着いてしまい、周囲で時間を潰す。予定していた時間丁度にインターホンを鳴らす。




