右腕と左眼(1)
小麦は炬燵の中で甘酒を呑んでいた。窓の外は猛吹雪で、一寸先も見えないような状態だった。観ていたクイズ番組が今しがた終わり、小麦は退屈そうにチャンネルを変えている。
「光琉、蜜柑はないか。」
「ありません。昨日小麦様が一箱召し上がったから。」
光琉は机に向かってペンを走らせながら言った。
「ならば買ってこい。」
小麦は無慈悲に言った。
「グリム童話の継母より残酷なことを仰いますね。こんな日に歩いて買い物に行けば、間違いなく凍死します。」
ニュースのアナウンサーが二十年に一度の大雪だと報じている。
「二十年に一度、か。確かにあの時も猛吹雪だった。」
小麦は窓の外を眺める。遠い過去に想い馳せながら。
そこは山の上の方で、とても寒かった。幸い裕福だったので、いつでも暖を取ることが出来る。光琉は暖炉に薪をくべた。火は煌々と燃えている。この頃の光琉は両腕が揃っていた。また、目を隠すこともなく、木綿の着物を着て普通に生活していた。
「終わったら牛に草をやっておいで。」
奥の部屋から声がした。光琉も声を張り上げる。
「はい。」
勝手口に向かおうとすると、廊下で亜麻色の髪をした女性に出会った。光琉は脇に避け、頭を下げて、真白が通り過ぎるのを待った。
「明日は笹木家の者と会う。手土産を用意しておきなさい。」
「畏まりました。」
光琉は頬が緩まないように努力しながら言った。真白から直接言葉を掛けられた。
光琉は外を見るまでもなくかんじきを履いた。案の定、外は一面の銀世界だった。こも巻きされた松を目印に、光琉は牛小屋を目指した。
「真白様はまたお出掛けになるのか。寂しいよな、おい。」
光琉は餌を運びながら、牛に話し掛ける。牛は何も答えない。
「僕も一緒に行けたらなあ。」
光琉は溜息を吐く。勿論、そんなことは不可能だと分かっている。真白の権限が及ぶこの館から一歩も出ないからこそ、平穏無事な生活を送れるのだ。それでも、時々外に憧れてしまう。
光琉は空腹感に襲われた。そろそろ食事をしないといけない。手早く仕事を終わらせ、侍従長を探しに行った。
「小雪さん。」
一人の女性が振り向いた。顔中に深々と刻まれた皺は、長年仕えてきたことを物語っている。優しそうな雰囲気の、小柄な女性だった。
「氷室に行ってもいい?お腹が空いちゃった。」
光琉は朗らかに言った。小雪は光琉を軽く小突く。
「これ、小雪さんでなく、侍従長でしょうが。行ってもいいが、空かもしれんよ。暫く補充しとかなかったからね。」
「取り敢えず行ってみるよ。」
光琉は立ち上がる。部屋から出ようとして、振り向きざまに言った。
「そうだ。明日は真白様が笹木家の人と会うから、手土産を用意してって。」
光琉は雪を掻き分けて、大きな氷室に入った。夏に入るとひんやりと感じるのだが、今は暖かいくらいだ。中には保存食の鮭や野菜と一緒に、竹筒が並んでいる。光琉は一つずつ手に持ってみる。全て空だった。普段は血が入っているのに。
「参ったな。これじゃ明後日まで持たないかもしれない。」
光琉は重い足取りで館に帰った。小雪に会った。
「光琉、血はあったかね?」
光琉は首を横に振る。
「そうか。真白様がお呼びだ。すぐに行きな。」




