オランダの涙(5)
「連れてきました。」
警備服を着た若者が、同じく警備服の男性を数人連れてきた。光琉は手折った赤い椿を手放し、男性に向き直った。
「ご苦労様。君は下がっていい。」
「あの、俺たちが何かしましたか?」
一人の男性が不安そうに言った。
「違う。話を聞きたかった。君たちは初日に全員の荷物を一通り調べたそうだね。」
全員が首を縦に振る。
「このナイフを持ち込んだ人物はいなかったか?」
光琉は凶器の写真を見せる。殆どの人が首を傾げる中で、一人だけ写真を指さした。
「マリア様の物です。」
光琉はニヤリと笑う。
「成る程。もう一つ尋ねたい。本当に全員の荷物を隅々まで調べたのか?」
「勿論です。」
一人だけ目を泳がせた。光琉は一瞬の目の動きを見逃さなかった。その人物の前に立ち、低い声で再度尋ねる。
「間違いないね?」
「あ…。実は…。」
男性は即答しなかった。言おうか言うまいか葛藤している様子が見て取れた。光琉は駄目押しで言葉を継ぐ。
「笹木家の者に命令されれば、君も従うしかなかっただろう。不問にするから言ってくれ。」
男性は意を決して言った。
「お一人だけ、無検査でお通ししました。」
やはりそうか。光琉は更に追求した。
「それは誰だ?」
剛士が蓮之助の部屋の前まで来て、ドアをノックした。中からしわがれた声がする。
「誰だ?」
「水上で御座います、蓮之助様。小麦様がいらしていて、蓮之助様にお会いしたいと仰せです。」
ドアの向こうからは暫く返事がなかった。剛士は黙って待っていた。
「相分かった。今参る。」
ドアが開き、中から蓮之助が出てきた。室内は薄暗く、奥の間に通じる襖は閉ざされていた。二人はゆっくりと階段を降り、部屋には静寂が訪れた。
暫く経って、部屋にひたひたと足音が迫ってきた。大型の獣が足音を忍ばせているような音で、その重みに廊下が少し軋んでいる。足音は部屋の真正面で止まった。
「そこにいるのだろう、ルリ。既にこの辺りのウェアウルフは避難させた。貴様はもう袋の鼠だ。少し私と話をしないか。」
部屋の中からは沈黙が返ってきた。やがて、蝶番が軋む音とともに、無表情な女性が姿を現した。ルリだ。
「お久し振りです。」
ルリは静かな口調で言った。ルリの目の前には金色の狼が仁王立ちしている。
「慧が入院していた時に会って以来か。あの時、慧を殺したのは貴様なのか?」
小麦の目がぎらつく。ルリは涼しい顔だ。
「左様で御座います。」
小麦は牙を剥き出しにしてルリに迫るが、ルリは軽くいなして言った。
「私から離れて下さい。下手に近付けば、笹木家所縁の者を一人ずつ葬ります。」
小麦は止まった。ルリは襟を正した。
「考えたものだな。最初に蓮之助を脅して従わせ、次に蓮之助が一族の他の者にターゲットを襲うよう指示する。全員が被害者であり、加害者だったとは。誰もが疑心暗鬼に陥っているうちに、貴様は安全な室内から呪いを掛けていればいい。」
「ええ。実に醜いものでしょう?家族同士で殺し合う様は。自分の身を守るしか頭にない、豚のように貪欲な連中です。外敵に強いと言っても、少し内側を突けば、粉々になってしまう。面白いと思いませんか?」
ルリは淡々と語る。小麦は無視して話を続ける。




