第28話 クレイの攻撃
残された方のゴブリンは何が起きたのか分からず呆然としているようだ。
今いったいなにが起きたんだ?
クレイの右腕が内側に折り畳まれたあと、次の瞬間にはゴブリンの頭が弾け飛んだように見えた。
そして今度はクレイの左腕がゆっくりと折り畳まれていく。
「ゴ……ゴブッ!?」
ようやく危険を感じたか、ゴブリンは逃げようとしたが……。
破裂音と共に再び空気が赤く染まる。
気がつけば残されたゴブリンの頭も弾け飛んでいた。
「なっ……!? こ、これって……クレイのバーサク2が発動したのか!?」
恐るべき破壊力。
これがバーサク2の効果だとしたら、いま恐るべきモンスターが誕生したのでは……。
〈――いえ、バーサク2は発動していません〉
「え……? 発動してない? でもクレイは……」
「ブァアアア゛ーーーーーーッ!!」
それが何の叫びか分からなかった。
クレイが6Gの重力の中で立ち上がったまま、慟哭にも似た叫びを上げているのだ。
その体がこちらを向く。
お、おいおい……まさか……。
「ブァアアア゛ーーーッ!」
そのまさかだった!
クレイは鳴き叫びながらこちらへ向かってくる。
「ま、待て待て、クレイ待てーーーッ!?」
つい先程ゴブリン2匹を屠った両腕をこちらに伸ばし、高重力に抗いつつ歩み寄る姿はまさに大魔神。
腰の抜けそうな迫力に圧倒され、俺は思わず後ずさった。
「ブァアアア゛ーーーッ!」
「待て待て! だから待てって! 一旦落ち着け、な?」
クレイがすぐ目の前まで迫り、俺は慌てて逃げようとしたが腰が抜けて動けない。
「ブァアアア゛ーーーーーーッ!」
「ク、クレイしっかりしろ! お前それでも紳士か! 俺の後輩かぁあーーーーーーッ!!」
俺の魂からの叫びに、クレイの動きがピタリと止まった。
よ……よーし、よしよし。そのまま動くなよ?
〈――よく止まりましたね、クレイ。そしてラントは良く逃げませんでした。クレイを落ち着かせるには、こちらが動揺せずしっかり向き合うのが一番です〉
フロウがそんなことを言うが、もう俺の足腰はガクブルだ。
もう間違いなく死ぬと思ってビビったよ、あのモアイ顔は迫力ありすぎだろ!
それでもなんとか外見上は平静を装い、ちゃんと言うことを聞いたクレイを褒めてやる。
「よーし、いい子だクレイ。よく止まったな、偉いぞ。いいか、落ち着いて何があったか話すんだ」
「ブッ……ブブブッ……!」
クレイのたどたどしい思念を受け取って、ようやく事の真相が分かってきた。
「そっ、そうか……。俺から与えられた額の文字が破壊されたから……文字と共に理性が失われたと思い、生まれて初めてカッとなってやったと……」
正直、えらい思い込みだと思う。
確かに俺はそんなことを言ったが、額に刻んだ紳士の文字が理性の証しなんて当然比喩的なものだ。
もしかするとこいつは暗示に掛かりやすい性質なのかも知れない。
〈クレイの見せた攻撃の手段も、その攻撃力も、私が予想していないものでした。これ以上のスキル発動実験は危険と判断します〉
バーサク2は筋力120%向上だ。
万が一、クレイの思考力が落ちて敵味方の判断が難しいなんて状況に陥ったら……。
「そ、そうだな……。クレイの攻撃力は確認できたし、無理にバーサクまで発動させることはないよな……」
ゴブリンの頭部を一撃で爆散させたクレイの破壊力。
あれでバーサクまで発動されたら、もはや止める事はできないだろう。
「ブ、ブブ……」
「ん? いや、クレイは少しも悪くないぞ。――ゴブリン? ああ、あのゴブリンな、凄く悪い奴だったんだよ。だからクレイが倒してくれたんで、俺もフロウも助かった。ただちょっとだけクレイが強かったんで驚いたけどな」
「ブブッ、ブブブ……」
「ああ、もちろん本当だよ。――壊れた顔は直せるかって? 大丈夫、ちゃんと元通りに直してやる。もちろん額の『紳士』も元通りにな」
「ブブブッ……!!」
あ、凄く喜んでる。
クレイ……こいつは素直過ぎるくらい素直な上に、暗示に掛かりやすいようだ。
ヤバイな……。可愛い奴なんだが……取り扱い注意だ。
クレイを宥めている間、フロウはゴブリン2匹のロスト処理をしていた。
ロストした2匹のゴブリンは、光となっていずこともなく還っていく。
〈――もうこのダンジョンからゴブリンはいなくなりました〉
フロウの言う通り最初は4匹いたゴブリンも、とうとう全滅してしまったのだ。
俺的にはゴブリンに良いイメージがまったく無いから、特に感傷的な思いはない。
ゴブリンの消えた跡をじっと見ていたフロウが俺の元に飛んでくる。
〈ラント、早急にゴブリンの抜けた穴を埋めねばなりません。クレイ、あなたにも手伝ってもらいます〉
「ブブッ……?」
「えっと、フロウ? 話が見えないんだけど、何を始めるつもりなんだ?」
いきなりの話に戸惑う俺とクレイに向かい、フロウは宣言した。
〈もちろんクレイゴーレムの追加召喚です。あと4体は召喚しなくてはなりません。当然、4体すべてに強化作業を行います〉
俺は自分の口があんぐりと開いていくのが分かった。
「よ……4体追加……?」
〈そうです。極めて低コストで高い防御力と攻撃力を持ったモンスターが手に入るのですよ、ラント〉
「……高い攻撃力といっても、クレイだけ特殊な可能性だってあるんじゃないか? クレイの仲間まで同じとは限らないと思うけど」
フロウはクレイの攻撃手段と攻撃力を予想していなかったと言っていた。
たとえアーカイブから情報を落とせるフロウでも、知らないこと、分からないことはあるらしい。
フロウは虚を突かれたように目を見開いた。
〈――その通りですラント。あなたは時として深く考えるのですね〉
どう受け取ればいいのか微妙な発言だぞ、それ……。
恐らくフロウは今、低コスト・ハイとでも呼ぶべき軽く浮ついた状態にある。
バーゲンで思わぬ掘り出し物を見つけた奥様状態か?
慌てて掴んだ商品が、実は不良品でした……何てことが無いように気をつけないとな。
「クレイ、お前の仲間も同じような攻撃力を持ってるのか?」
俺の質問に、クレイは困ったように考え込んでからポツポツ返答した。
それによると、クレイにとってはカッとなって攻撃したのも初めての経験だし、仲間が何かを攻撃するのなんて見たことが無いという。
「そうか……それなら仕方ないな……。クレイ、ゴブリンを倒した攻撃をもう一度見せてくれないか?」
「ブブッ……」
クレイが『こう?』とばかりに右腕を折り畳み始めたので慌てて止めた。
「まっ、待て待て! それはこっち向いてやるな! なにか的になるやつ用意するから!」
このまま目の前で実演されたら俺が大変なことになる。
そこで控室から布団を持ち出してクルクルと丸め、それを太い石柱に縛り付けて標的とした。
「よーし、これなら思い切り殴っても大丈夫なはずだ。じゃあクレイ、頼む」
「ブブ……」
「フロウは解析とかを、できたら頼めるかな」
〈わかりました〉
俺はフロウと共に、右腕を折り畳み始めたクレイを観察する。
ん……何か強く引き絞られた弓のような音がクレイの腕から聞こえてくる。
キッ、キッ、キリリリ……。
……腕が畳まれきった。
ズパァアーーーーーーーーンッ!!
大きな破裂音がして、布団を通った衝撃が石柱を伝い足元から響いてくる。
凄いな……一瞬空気が歪んで見えた。
〈解析できました。まず超高反発性の蛋白質を、それを包む筋繊維が圧縮し、腕を折り畳む動作に合わせて関節部の凹凸が歯止めとなり力の解放を押さえます。力の解放時には関節部を捩って歯止めをずらすことで簡単に打撃を放てるようです〉
もう解析を終えたらしいフロウが攻撃の仕組みを解説する。
「え? えっと……。それを簡単に言うと?」
〈――腕の中の強力なバネを圧縮して関節でロックを掛けます。あとは任意のタイミングでロックを外せば、蓄えた力を打撃として放てます〉
「あー、なるほど……。仕組みとしてはクロスボウみたいな感じなのか」
クレイの高い攻撃力の謎が解けた。
「クレイの仲間って、みんな体の構造は同じなのかな?」
「ブブブ……」
そうか、そりゃ普通は分からないよな……。
〈アーカイブで確認できました。ほぼ同じ構造なようです〉
分かるんかーい。
「となると、クレイの仲間達も潜在的には高い攻撃力を持っているわけか……」
これはもう、クレイシリーズ召喚待ったなしだな……。
――というわけで。
結局、クレイゴーレムは追加召喚されることになった。フロウによって次々と召喚されるクレイゴーレム達。
俺は召喚された順から名前を付けていくことにした。
それぞれ、ガイア、アース、タカアシ、ワタリと名付ける。
大地系のネームで統一しようとしたが、早々に品切れになったため多少アレな気がしないでもない……。
ま、まあ本人達が気に入ってくれたので問題はないと思う。
意外だったのが、クレイのモアイ顔が他のクレイゴーレム達に大人気だったこと。
厳つい顔なところが良いらしい。
そういえば平家ガニって厳つい顔だったな。それとは別に関係ないんだろうが……。
またクレイワンが誇らしげに額の『紳士』まで自慢したものだから、他のクレイゴーレム達も同じ顔を欲しがった。
ああ、クレイの壊れた顔は、他のクレイゴーレムの召喚が始まる前に直しておいた。
いつまでも放置じゃかわいそうだからな。
今は全員がそれぞれ出来る作業をして強化を進めている。
麻布を巻いたり硬化剤を塗ったりは彼らに自分でやらせた。
まあクレイっていう見本もあるから大丈夫だろう。
こいつら弱キャラで消耗品扱いなんだよな……。
まあ戦わないモンスターなんて攻撃力ゼロと同じだし、肉壁としての防御力は優秀だとしても戦力としては微妙すぎるのだろう。
だがこのクレイゴーレム達はこれから大変身するのだ。ふふふ……。
フロウはミシッピアカミ大亀の甲羅を追加発注で手に入れ、クレイ達の胸部の腕が入るポケットを作っている。
俺はモアイ顔の係だ。粘土でモアイ顔を作り、怪しい暗示を囁きながら額に『紳士』と刻み込んでいく。
「うーん、こうして5体揃うと壮観だな……」
ほぼ仕上がった強化仕様のクレイゴーレムが5体。
それぞれがより頑丈な太い腕と脚になり、ミシッピアカミ大亀の甲羅の盾を持ち、モアイ顔の目の奥ではダミーの目が赤く瞬いている。
更に額の『紳士』の文字にも、クレイ達が魔力を込めると青く発光する仕掛けをフロウが施した。
この仕掛けがまた大好評だったのだが……。
俺はフロウにこそこそっと聞いた。
「なあフロウ……なんでアレ、光らせたんだ?」
〈その方が文字部分を狙われやすくなるからです。ラントもそのつもりで粘土の強度を落としたのでは?〉
そうなのだ。俺は『紳士』の文字が削られたりしたらクレイ達が敵に反撃するよう暗示を掛けていた。
そのため文字のある額の所だけ粘土に混ぜる硬化剤を減らし、壊れやすく細工したのだ。
「うん。あれは敵に反撃するための仕込みのつもりなんだけど、文字が消されたらっていう条件だと厳しいかな?」
〈いえ、ある程度厳しい条件にした方が強力な暗示になるでしょう。大きなダメージを受けずとも、あの文字を消されたら理性を失い攻撃性を獲得する――――反撃のきっかけとしては十分です〉
「そっか……それなら大丈夫かな?」
〈ええ。あれはスキルに頼らず攻撃性を与える素晴らしいアイデアだと思います〉
「スキルに頼らずか……。クレイ以外にバーサク2を取得させないのはそれが理由だったりする?」
〈そうですね。それとバーサク2は効果が検証されていないため、今回はクレイ以外に取得させるのは見送りました〉
なるほど。
〈ともあれこれでようやく当面の戦力が整いました。すでにバーサク2を取得しているクレイにはフロアガーディアン代行としてラントの代わりを勤めてもらいます〉
「おお……代行。クレイはそれくらいの力を手に入れたと……」
〈これからは長期間ダンジョンから出ても大丈夫ですよ、ラント〉
マテリアル・フェアリーモードのフロウが、心なしか誇らしげに告げる。
〈このダンジョンも随分守りが固くなりました。コストにもまだ余裕があります。ラントは心置きなく外のモンスターと戦ってEPを稼ぎなさい。あなたがダンジョンマスターになれる日を、私は待っています〉




