第29話 再びコボルトの村へ
妖精少女に、『たくさん稼いできてね。私……あなたの帰りを待ってます』と、言われてしまった。
ふふ……これが家族を残して遠洋漁業へと向かう、漁師の気持ちってやつかも知れないな……。
わかったよ、フロウ。必ずマグロを釣って帰ってくる……待っててくれ。
でもその前に――いくつか準備を整えないとな。
――それから5日後。
俺はコボルトの村にやってきた。
今回はシーベルの道案内なしで、1人でも迷わず森の中を歩いて来れたのだ。
村に着いて門番に頼むと、2匹の内の片方が慌ててシーベルを呼びに走っていく。
不器用なコボルト走りでトタトタと村の中に消えてゆき、しばらくするとシーベルを連れて走って帰ってきた。
走る2匹は息が乱れ、めっちゃ舌が出ている。
うーん……悪いことしたな。もし次に頼むことがあったら、ゆっくりでいいと一言入れよう。
「やっ、シーベル」
「わふっ、ラント! 驚いた、よく、1人でここまで!」
俺がろくに目印もない森の中を迷わず歩いて来れたのには秘密がある。
外に出稼ぎに出るにあたりフロウと話し合ったのだが、見知らぬ森の中を遠くまで歩くとなると、たやすく遭難する自信が俺にはあった。
そこで俺のEPシステムが機能拡張され、マップ表示が可能になったのだ。
マップには周囲の大まかな地形しか表示されないが、ダンジョンと自分の位置、それに向いている方向は常に表示されている。
そして過去に自分が通った道周辺は、ある程度詳細に表示してくれるのだ。
「急に来てすまないな、ちょっと聞きたいことがあるんだ。シーベルの家にお邪魔して構わないかな?」
「み、水……。ちょっと、待ってくれ……」
シーベルを呼びにいってくれた門番が先に桶から水を飲んでいたのだが、それが終わるやいなやシーベルが桶に首を突っ込んだ。
ガフッ、ガフッ、ガフッ
おお……飲むなあ、がぶ飲みだ。
「ふうう……落ち着いた。ラントがうちに? 構わないが、長のところには、行かないのか?」
「やだなあシーベル。妹さんに会わせてくれるって、約束してたじゃないか」
「わふっ!?」
ん、シーベルの挙動がおかしいな……。
「ほら、シーベルに頼んでおいただろ? すっごい優しいお兄ちゃんが会いたがってると、妹さんに伝えといてくれって」
「わふぁ!?」
「はは、いやだなあ。そんなうっかり忘れてたみたいな顔しないでくれよ。もちろん伝えといてくれたんだるろぉーーーぉおお? シーベルぅううう?」
「ふぅあっ!!?」
激しくきょどるシーベルに門番の2匹が問い掛けた。
「シッ、シーベル……、おまえ魔術師様の頼みを、まっ、まさか……忘れてたのかっ!?」
「お、おい! 大恩ある、魔術師様の頼みだぞ……本当に、忘れてたのかっ!?」
2匹から責めたてられ、ついにシーベルの尻尾が股間を隠すように巻かれた時だった。
「シーベルお兄ちゃん、何してるの?」
俺達の背後から女の子の声がした。
振り向くと、そこには小さなかわいいコボルトが立っていて、不思議そうにこちらを見ている。
「リ、リーベル! 森から、帰ってきたのか!」
「うん。お兄ちゃん、この人間さん、もしかして――ううん、きっとそうね」
リーベルと呼ばれたコボルトの女の子は、俺の顔を見てお辞儀をした。
「はじめまして魔術師様。私リーベルといいます」
「は……はじめまして」
しっかりした挨拶をされ、慌てて挨拶を返す。
「シーベルお兄ちゃんから聞きました。魔術師様のすっごい魔法で、ゴブリンいなくなったって。ありがとうございます!」
「いや……あれは、シーベル達も頑張ったから、ゴブリンがいなくなったんだぞ?」
「はい、お兄ちゃん達にも感謝してます!」
パタパタと尻尾を振るリーベルちゃんを見て、俺はシーベルに小声で聞いた。
「おい、ホントにお前の妹なのか? 兄のお前より、よっぽどしっかりしてそうじゃないか」
「わふっ! ……コボルトは、女の方がしっかり者……」
シーベルの返事を聞いて、俺はそうかと思い当たった。
そもそも長が女性のシスネさんだったしな……どうやらコボルトは母系社会だったらしい。
そうなると女性の方が主導権を握っていると見て間違いなさそうだ。
「リーベルちゃんは……魔術師の俺を、恐いと思わないのか?」
俺が気になっていた事を尋ねると、リーベルちゃんは否定するように頭を振った。
「悪い魔術師なら恐いけど、魔術師様はみんなを助けてくれた良い魔術師様です。私、恐くありません」
おお……いい子だ……。
近くで見ていた門番2匹は、俺達の様子を見て安心したように持ち場に戻っていった。
「シーベル、いい妹さんじゃないか」
「そ、そうだな……」
改めてリーベルちゃんを見る。
凄いこっくりと隈取模様が出ていて、見ていると思わず顔がにやけそうになってしまう。
「それでシーベル、お前のうちにはお邪魔させてもらえるのかな?」
「わふっ! もちろんだ。ついてきてくれ、ラント」
「シーベルお兄ちゃん、私、先に行って知らせておくね!」
リーベルちゃんが小走りに走っていく。
俺はシーベルの後をゆっくり歩きながら、コボルトの村の様子を眺めた。
前の時も思ったが、畑のようなものはあるが作物が見当たらない。あっても半分枯れたような緑がちらほら見える程度だ。
「なあシーベル、この村は畑で何か育ててるのか?」
「……虫除け草を、植えてるが、うまく育たない。すぐ枯れる」
虫除け草……もしかして除虫菊みたいなやつかな?
やはりこの世界でも地球と似たような植物や虫が存在するようだ。
コボルトもノミやダニ、蚊なんかに悩まされるのかも知れないな。すると、もしかしてあの病気も……。
「シーベル……血に虫がわく病気って知ってるか?」
「わっふぁ!?」
シーベルの脚が止まった。
尻尾が股間に巻かれ、口が半開きになる。
「そ……それは血虫病……。毎年何匹も死ぬ、恐ろしい病気……」
「そ、そうか……。それにはポーションとか効かないのか?」
「ポーションは貴重品……でも試したことある。血虫病、治らない……」
うわあ……どうやら寄生虫の類にはポーションが効かないようだ。
やばいな……俺も似たような奴にかかる可能性あるし、駆虫剤や抗生剤が入手できないか、後でフロウに聞いておかないと。
「それで虫除け草を植えてるのか……見ても構わないかな?」
一応シーベルに断りをいれて近くの畑に向かい、植えてある虫除け草を観察することにした。
「ほとんど枯れてる……葉っぱがまだらに変色してるし、病気っぽい……。どれ、裏側は……うわっ!」
葉っぱを一枚ぺらりとめくりあげると、裏側では赤や黒の点のようなものが沢山うごめいていた。
「葉ダニだ……! これにやられて病気になって枯れたっぽいな……」
「葉ダニ? ラント、葉の裏に何かいるのか?」
横から覗き込んでくるシーベルに、葉っぱの一枚を渡してやる。
「ほら、裏側でたくさん点みたいのが動いてるだろ?」
「何も、見えないが……?」
「いやいや、よーく見れば、小さな赤い点や黒い点が動いてるだろ?」
「わふ……?」
あ、あれ? もしかしてコボルトって視力悪い?
そういえば犬って鼻はいいけど、眼はそうでも無かったような……。
「とにかく葉ダニっていう小さな虫みたいのが、葉っぱの裏にびっしりついてるんだよ」
「わふぁ!?」
シーベルは慌てて手にした葉っぱを捨てた。
「その虫自体は……多分、直接にはこちらに害がないけど、葉っぱから栄養を吸うし、植物に病気を移したりする。この虫が沢山ついた植物は枯れやすいだろうな……」
「そ、それじゃ、虫除け草、枯れたのは……」
「他にも理由はあるだろうけど、葉ダニも原因のひとつじゃないか?」
「わふぁ……!」
葉ダニだけなら簡単な予防法もあるけど、枯れる原因がそれだけとは限らない。
しかし弱い視力のせいで葉ダニの存在に気づかないのなら、それが原因って可能性もありそうだ……。
――少しばかり寄り道したが、ゆっくり歩いてシーベルのうちに到着した。
他のコボルトたちの家と同様、木の枝と枯れ草で作られた簡素な小屋のような家だ。
シーベルの背に続いて中に入ると、独特の草の匂いがする。
床には草が敷き詰められ、そこに3匹のコボルトが座っていた。
「ようこそいらっしゃいました魔術師様。私はシーベルの母、ティンベルと申します。さ、こちらへ」
ティンベルさんが自分の隣へと俺を招く。
シーベルの母さんはシーベルより立派ないい体格をしていた。
「ティンベルさん初めまして。お邪魔します」
枯れ草の上に敷かれた毛皮の上に座ると、シーベルは向かい側の2匹が座っている方へ腰を下ろした。
「魔術師様、私の正面にいるのが夫のディーベル、そしてその隣が娘のリーベルです」
「ディーベルさん初めまして。リーベルちゃんはもう知ってるね、俺は魔術師をやっているラントといいます」
「ようこそ、魔術師様。その節は、うちのシーベルが、ご迷惑をかけませんでしたか」
ディーベルさんがそんな事を聞いてきた。
「いや、シーベルには何かと頼らせてもらってます。先だってのゴブリン討伐でもしっかり護衛してもらいましたし」
「ほおお……うちではふわっとしとるシーベルが……しっかりと護衛ですか……」
「あらあら、本当にシーベルがしっかりと?」
「シーベルお兄ちゃん、ふわっとしててもやる時はやるのね!」
あれー?
シーベルを見ると気まずそうに顔をそむけている。
「なあシーベル、ふわっとって……」
「ラ、ラント……そこは、触れずに……頼む」
「そっ、そうか。いや皆さん、ホントにシーベルには頼らせてもらってますので……」
なんかシーベルには突っついてはいけない話題がありそうなので、話を変えることにした。
「そういえばシーベル、スリングで鳥は捕れてるのか?」
「わふっ! 鳥、村中で捕りにいってる。ムーク鳥すっごいたくさんいる。たくさん捕れる!」
おお、捕れてるのか。
「魔術師様、私も鳥捕れる! どっちがたくさん捕れるか、いつもシーベルお兄ちゃんと競争してるの!」
「へえ、偉いなリーベルちゃん。でもシーベルに勝てるのか?」
「うん! 当てるのはシーベルお兄ちゃんのがうまいけど、見つけるのは私のがうまいの!」
自慢げにスリングを振る真似をするリーベルちゃんに、シーベルは不満そうだ。
「わふ……リーベルは目が良すぎ。鳥、見つけるのすっごい上手」
「へえー、たいしたもんだな」
「うふふっ」
2匹と話をしていると、ティンベルさんがお茶を出してくれた。そう……お茶だ。
以前シスネさんに出された時には飲まずにすませた、あの謎のお茶だ。
「魔術師様のお口に合うかわかりませんが、どうぞ良かったら……」
「ど……どうもです……」
コボルトのお茶……。
毒ではないはずだが、飲むのに勇気がいるな。
ど……どんな味なんだろ。
「い、頂きます……」




