第27話 バーサク2
バーサク2……バーサク2……。
……あった!
――― スキル情報 ―――
スキル名 バーサク
スキル保持者が一定のダメージを受けることで発動する。理性、生命力等を代償に爆発的な力と闘争心を得るスキル。ランク1から5まで存在する。
バーサク1……発動中は理性を50%失い、筋力が70%向上する。思考力が鈍り、状況判断が難しくなる。
バーサク2……発動中は理性を70%失い、筋力が120%向上する。思考力が大きく鈍り、敵味方の判断も難しくなる。スキル解除に失敗すると死亡率は高い。
バーサク3……発動中は理性を90%失い、筋力が210%向上する。敵味方見境なく戦う。スキルの自力解除は難しく、死亡率は非常に高い。
バーサク4……発動中は理性を95%失い、筋力が330%向上する。発動させた者はほぼ死ぬまで狂ったように戦う。
バーサク5……発動中は理性を完全に失い、筋力が490%向上する。発動させた者は死ぬまで嵐のように戦う。
――やはり想像していた通りの凶悪なスキルだった。
「フロウ! バーサク2は危険じゃないのか!?」
思わず出た大声に、フロウがピクリと反応する。
〈――なぜ怒っているのですか、ラント〉
「バーサクなんて、クレイが死ぬかもしれないじゃないか!」
〈私は死というリスクを考慮した上で、最良の選択としてクレイに提示しています。良く考えなさいラント〉
フロウが澄んだエメラルドの瞳で俺を見詰める。
その瞳を見ているうちに、俺の中で急激に波打っていた感情も落ちつき始めた。
「……ごめん、つい怒鳴ったりした。でもバーサク2だろ? 解除失敗での死亡率が高いって説明にあるんだ」
〈理性を70%失いますから、自力での解除が難しいのは確かです。しかし理性のありようは種族や個によっても違います。例えばゴブリンが理性を70%も失えば、すでにバーサクの自力解除は不可能といえるでしょう〉
「……それだけゴブリンの理性が足りてないってわけか。クレイの場合はそうじゃないと?」
〈その通りです。クレイなら70%の理性を無くしていても、残り30%の理性で十分に自己判断での解除が可能なはずです〉
クレイゴーレムについてあれだけ詳しいフロウが言うのだから、そうなのかもしれない。
いくら防御を上げてやってもクレイは攻撃することが極端に苦手だ。
いくら攻撃しても反撃してこないモンスターなど、ただの的にしかならないだろう。
冷静に考えれば……確かにクレイのためには最良の選択に思えた。
「すまない……フロウの提示した案を、俺は良く考えもしなかったらしい……」
〈謝罪は必要ありません。ラントの危惧は理解しています。そして選択するのはクレイです〉
俺とフロウ、2人の視線がクレイに向く。
〈クレイ、選択はできましたか〉
クレイはしばらくじっと俺達を見ていた。
そして……。
「ブブブ……」
〈受け入れるのですね、クレイ〉
クレイはスキル『バーサク2』を得ることを選択した。
「クレイぃいいーーーっ!」
思わずまた涙腺が緩む。
クレイからは、自分もこのダンジョンを守って戦うモンスターの一員となるというイメージが伝わってきた。
俺の後輩として、フロウを守るためにも戦うと。
〈ではクレイ、あなたにEPを与えます。そのEPでバーサク2を取得しなさい〉
フロウからEPを受け取り、恐らくステータス画面を見ているのだろうクレイの目がユラユラ動いている。
そのアリの触角にも見える目の動きが止まり、クレイから取得完了の報告がきた。
「ブブブ……」
〈ええ、しっかり取得されています。クレイのステータスにバーサク2を確認しました〉
無事にバーサク2を取得できたようだ。
「よし、クレイ。これでお前はもう他のモンスターの壁役なんかじゃない。これからは俺の頼りになる戦友だ!」
「ブブッ……!」
クレイとがっしり抱き合う。
例の痛いトゲトゲはだいぶ隠されたので、こうして抱き合っても痛くないのだ。
「いいか、よく聞くんだぞクレイ」
俺はクレイの額にある『紳士』を指でなぞって言葉を続けた。
「この『紳士』の文字がある限り、お前の理性は絶対だ。だからバーサクが発動しようと、そんなのはお前から理性を奪えない!」
「ブブブ……!」
「そうだ。俺達は真に理性ある者……紳士なんだからな。忘れるなよクレイ。俺達は紳士だ!」
「ブブッ……!」
理性を失って死ぬクレイなんて見たくない。
だから俺は、何度も強く言い聞かせた。
「念のため、スキルの効果を実際に見てみたいな……。あと、本当に自力解除可能なのかも確かめておきたい」
〈そうですね。ゴブリンBを呼んで模擬戦を行わせましょう〉
ゴブリンか……。
あいつら、こっちが弱いとなると容赦なしだが……今回の検証のためにはむしろ好都合か。
「バーサクを発動させるには一定のダメージを受ける必要があるんだろ? ポーションがあるとはいえ心配だな……」
〈もちろんポーションは用意しますが、私の心配はそこではありません〉
「自力解除のほうかな?」
〈いえ――スキルの発動自体、起きない可能性が――〉
会話の途中でコアフロアの扉が開いた。
棍棒を持ったゴブリンがクレイの姿を見て、ぎょっとした表情で固まる。
〈ゴブリンB、あなたにはこれからこのモンスターと戦ってもらいます〉
フロウがその手でクレイを指し示す。
種族名を伝えず、ただモンスターとしか言わない所にフロウの隠された意図を感じた。
恐らくゴブリンに、相手は弱いクレイゴーレムという先入観を与えることなく戦わせるのが狙いだろう。
俺としてもクレイの姿が与える威圧効果を知りたかったので調度いい。
「クレイ、頑張れよ!」
「ブブッ……!」
クレイは『頑張る』という思念と共に、こちらに腕を振って応えた。
俺とフロウはクレイから距離をとり、これから始まる戦いの観戦モードに入る。
〈では両者、戦闘を始めなさい〉
フロウから指示が出るが、両者とも動こうとしない。
クレイは完全な待ちの姿勢だし、ゴブリンはクレイの威容に怯えているようだ。
あのゴブリンの様子なら、モアイ顔の威圧効果は十分に発揮されていると見ていいだろう。
「ゴブッ、ゴブブッ!」
ゴブリンがクレイを指差し、しきりに何かをフロウに訴えている。
〈お前に拒否権はありません。戦わないと言うなら罰を与えます〉
俺は常とは違う口調のフロウに驚いた。
フロウは真顔でゴブリンに戦闘を促している。
〈さあ戦いなさい。戦わないのなら――〉
「ゴッ……ゴブリャアーーーッ!!」
フロウが言い切る前に、ついにゴブリンが動いた。
腰の引けた動きで恐る恐るクレイに近づき、棍棒の届くギリギリの所から攻撃する。
クレイは落ち着いた動きでゴブリンの棍棒を受け止めた。
強化されたクレイの腕は、棍棒による打撃をまるで岩のように弾き返す。
続けて散発的に打撃が来るが、クレイは余裕を感じさせる動きで受け止めている。
ゴブリンがクレイを恐れ、腰の入った攻撃が出来ていないせいもあるのだろうが……。
その後もゴブリンは届くギリギリの距離から攻撃し、それをクレイが軽く跳ね返すという展開が続いた。
〈――これではクレイがまったくダメージを受けません。追加でゴブリンAも参加させます〉
展開に変化がないため、クレイはゴブリン2匹を相手に戦うことになった。
追加のゴブリンAが来るまでは少し休憩だ。
「さっきフロウが心配って言ってたのはこれのことか……まさかダメージが無さすぎてスキルが発動しないなんて……」
〈もともとが頑丈さに秀でた種族なうえに、それを更に強化したのです。物理ダメージは通りにくいのでしょう〉
防御力の向上という点では狙い通りだが、さすがにゴブリン2匹が相手だとどうなるか……。
やがて呼び出しを受けたゴブリンAが現れ、ゴブリン2匹掛かりの攻撃が始まる。
ゴブリンAも最初クレイの見た目に怯えていたが、やがてクレイが自分からは攻撃してこないことに気がついたようだ。
ゴブリン2匹の動きが明らかに変化していく。
すぐ逃げられるような距離からちょこまかと攻撃していた2匹は、クレイとの距離を詰めて大振りの攻撃を繰り出し始めた。
それでもクレイは防御するだけで自分から攻撃しようとはしない。
それに調子づいたゴブリンは奇声を上げ、クレイを袋叩きにしようとしている。
それはまるでバットを持ったヤンキーが発狂しているかのような様相だ。
しかしその乱打を浴びてなお、クレイの防御は崩れない。
強化された腕の稼働範囲は予想以上に広く、どこからの攻撃も的確に防いでいた。
胸部の大盾などはその出番も無く、ぺったりと胸部に張り付いたままだ。
「す、凄いなクレイ……。守りが固すぎて、このままだとバーサクが発動しそうもないな……」
〈そうですね。仕方ありません、ラント……クレイにグラビティを掛けなさい〉
クレイへの攻撃指示が出た。
クレイとゴブリン2匹の戦闘を見ていた俺は、この指示を半ば予想していた。
「くっ……やはりこうなったか。すまないクレイッ! チェイン・グラビティ!」
心を鬼にしてクレイにグラビティを撃つ。
出力は6G。あいつの動きを制限するならこれくらいは必要なはずだ。
「ブブッ……!?」
クレイの体が沈み込み、床に膝をつく。
その不自然な動きにゴブリン2匹が警戒したが、特に何もなさそうだとわかると再びヤンキーモードに突入する。
「ゴーブッ! ゴブブッ!」
「ゴブリャーーーーッ!」
クレイは膝をつきながらもゴブリン2匹の攻撃を受け止めるが、明らかに動きが鈍くなっている。
そしてついに頭部への攻撃が入り始めた。
強化のために重くなった腕では素早く動かして防御することが難しいのだろう。
見ているのも辛くなる猛攻がクレイの頭部を襲っている。
「ク……クレイ……」
〈ラント、見掛けほどクレイにダメージは入っていません。素晴らしい頑丈さです〉
「えっ、そうなの……?」
〈ただ頭部の粘土は硬化に時間が掛かるため、まだ固まりきっていません。このままダメージが重なると壊れる可能性も……〉
その時、ゴブリンの攻撃を受けたクレイの顔から嫌な音がした。
見ると額から鼻の辺りにかけてヒビが入っている。
ようやくダメージを入れることに成功したゴブリンらは興奮し、そのヒビに集中攻撃を仕掛けていった。
そしてついにクレイの額の一部が壊れて剥がれ飛んだ。
額に刻まれていた『紳士』の文字が半分削れてしまっている。
「クレイッ!?」
クレイもそれを察知したのかせわしなく目玉を動かし、破壊された場所を見ている。
「ブ……ブブッ……」
クレイはゴブリンの攻撃から身を守ることをやめた。
2匹から袋だたきにされながら、しかし6Gという重力に抗ってゆっくりと立ち上がっていく。
そしてクレイの右腕が何かを引き絞るような音と共にゆっくり内側に折り畳まれていった。
なんだ……あれはなんの音だ?
ゴブリン2匹はすでに舐めきっているようで、立ち上がったクレイを警戒することなくひたすら棍棒で殴り続けている。
「ゴブゴブ! ゴブリャーーーッ!」
「ゴブッ――」
突然、空気が赤く染まった。
クレイの右腕近くにいたゴブリンの頭部が破裂音と共に弾け飛んだのだ。
それはあまりに一瞬の出来事だった。




