第26話 クレイ強化作戦
クレイゴーレムにまつわる歴史を知った俺は、彼等のために泣いた。
あまりに温厚で、あまりにお人よしすぎた彼等。
このうえダンジョンに召喚されて消耗品扱いされる運命なんて、そんなの間違ってると思うのだ。
「よっし、お前はクレイゴーレムなんかじゃない! これからは、ただのクレイだ!」
「ブブブ……」
「そうか、受け入れてくれるか。俺はラント。このダンジョンではお前の先輩だ。よろしくな、クレイ!」
「ブブッ……!」
〈クレイと名付けましたか。そのモンスターが気に入ったようですね〉
「放って置けないって気持ちのほうが強いかな。こいつ、どうやって強くしてやろう……」
うーん……こいつ見た目はカニ……に近い何かだけど、残念なことに大きなハサミがないのだ。
カニの攻撃力なんて、9割以上がハサミ頼りだろうに……。
「クレイ、お前普段なに食べて生きてるんだ?」
「ブブブ……」
これは……苔のイメージか? そうだな、苔だ。
川辺の岩や、森の木々についた苔を食べて生きているらしい。
なるほど、それで大きなハサミは必要ないのか……。
胸の辺りから何本も脚が出ているが、その脚の小さなハサミでも事足りるわけだ。
「そっかあ……となると、攻撃力の方はさて置くとして、防御力を高める方向で考えるのが正解か? フロウはクレイゴーレムを強化する方法とか装備を知らないか?」
〈通常、クレイゴーレムにそのようなコストは掛けませんが――〉
「あー、そこは何とかコストの掛からない方法を考えるよ」
〈少し誤解があるようです。私はコストを掛けないとは言っていません〉
ん、どういうことだ?
俺はフロウの言葉の続きを待った。
〈――クレイゴーレムを召喚するようなダンジョンは、厳しいコスト事情にある低レベルダンジョンがほとんどです。そのため通常はクレイゴーレムにコストを掛けるようなことはしません。しかしこのダンジョンはラントの特殊性からコストに余裕があります。つまり通常ならできないことも試せるのです。クレイの強化は面白い案だと思いますよ、ラント〉
「ありがとう、そう言ってもらえると助かるよ。そういえばゴブリンなんてこん棒だけの貧弱装備だけど、あっちも何か考えたほうがいいのかな?」
〈ゴブリンに剣等を与えると増長し、トラブルを起こす確率が劇的に高くなります〉
さすがゴブリン、その厄介さに死角はなかった。
「……ゴブリンはあのまま置いとこう」
さて、クレイの強化をどうするか。
あの外骨格だと鎧は無理だな。
盾は……あの鈎爪じゃ持てそうもないし、腕に括りつけるか?
うーん……外骨格そのものから強化を考えるべきかな?
「クレイって、皮膚呼吸してないよな? エラも見当たらないし、呼吸はどうしてるんだろ」
「ブブブ……?」
「あ、本人もわからないのか。フロウは知ってるかな?」
〈呼吸は体内に取り込んだ水に、頭頂部から吸った空気を強制的に超微細な泡状に溶け込ませて体内のエラから得ています〉
「おお、なんか凄いな。それで頭頂部以外が粘土で覆われてても、ちゃんと呼吸ができるってわけか。……って、フロウめちゃくちゃ詳しいな……」
クレイゴーレム史から始まり、その体構造から仕組みに至るまで、ちょっと引くくらいの詳しさだ。
〈召喚モンスターについての概要はアーカイブから得られています〉
あれで概要……。十分詳細まで踏み込んだ知識だと思うが、さすがはフロウ先生か。
「外骨格の上に硬化剤を塗って強度を上げたいと思うけど、なにかいい方法あるかな?」
爪にマニキュアを塗ると爪が割れるのを予防すると聞いた事がある。
ものは違うが、強度アップの役には立つはずだ。
〈硬化剤はモンスター由来の安くて良いものがありますが、それだけでは強度に不安が残ります〉
「それなら糸とか布を外骨格に巻いて、その上から硬化剤を塗れば……」
〈麻布ならかなりの低コストで用意できますね〉
「あっ! クレイの粘土って保湿のためだったの忘れてた!」
「ブブッ!?」
「うっかりしてたな、外骨格の上を塗り固めてしまっても大丈夫なんだろうか?」
〈ダンジョンの一部を高湿度環境にすれば問題ありません。その程度は低コストで可能です〉
「ブブブ……」
必要となる物を話し合い、フロウになるべく低コストで用意してもらった。
「よーし、じゃあクレイ、ゆっくり巻いていくぞ」
「ブブッ……」
妖精形態のフロウもそばにいて、俺の作業を見守っている。
〈あまり厚く巻き過ぎず、関節の稼働を邪魔しない厚みに抑える必要があります〉
「クレイにたまに動いてもらって確認するよ」
フロウの用意してくれた麻布と硬化剤はいくつか種類がある。
クレイの外骨格にはトゲのような突起が多いため、幅広の布だと引っ掛かってうまく巻くことができない。
そこで薄い麻布を細く包帯状にしたものを、大きな突起を避けながらぐるぐる巻いていく。
このとき、用意した中で一番硬くなる硬化剤を一緒に塗る。
薄く細い麻布で細かい突起が隠れてきたら、次は少し厚みのある麻布を巻き、そこそこ硬くなる硬化剤を塗る。
その次は厚みのある麻布を巻き、軟らかめに固まる硬化剤を塗る。
そうやって布と硬化剤を変えていき、最後に巻くのは薄い麻布と一番硬くなる硬化剤だ。
クレイの腕と脚はこのサンドイッチ構造によって、衝撃にも斬撃にもある程度は耐えるだろう。
「どうだクレイ、もう少し厚く巻いても大丈夫そうか?」
「ブブブ……」
2本の太く長い脚から巻き始めたが、硬化剤の固まり具合を見ながら進めるので地味に時間が掛かる。
更にクレイに調子を見てもらいながらの作業なので、下手すると1日潰れるかもしれない。
だが、初めてできた後輩のためだ。しっかりと、手を抜くことなく慎重に作業を進めた。
しばらく悩んだのは、胸部の何本もある脚だ。
それは肋骨のように突き出していて、クレイが食事する時などに使われている。
良く使う脚をそれほど重く硬化するわけにもいかず、かといって放置すれば細い脚は弱点になってしまう。
「亀の甲羅のような形状の盾を用意して、その裏側にクレイの胸部の脚が個別に全部入るようなポケットをつけるのはどうかな?」
フロウとも話し合ってクレイの胸部を計測し、その後間もなくフロウの傍らに大きな甲羅が現れた。
〈ミシッピアカミ大亀の甲羅が非常に低コストで入手できました〉
「おお……こんなでかい亀の甲羅じゃ重過ぎないかな……? どうだクレイ?」
フロウに用意された亀の甲羅は迫力ある大きさだったが、クレイが持ち上げると「大丈夫」とイメージが返ってきた。
クレイ筋力強いよな……ちょっとステータス見ておこう……っ!?
弱い弱いと言われていたから油断していたが、クレイのステータスを見て驚いた。
「ク……クレイって筋力と頑丈さが飛び抜けてるな。あってもせいぜいゴブリン並かと思ってたよ……」
「ブブッ……?」
「うん、結構強いと思うぞ。少なくとも浜辺で貧弱な坊やとは呼ばれないレベルだ」
「ブブブッ……?」
「ああ、貧弱な坊やってのはな――」
作業しながら割とどうでもいい豆知識をクレイに教えてやる。
そんな話でもクレイは興味を持って聞いているようだった。
あれこれ話はしていても手は休めない。
俺はフロウの用意した甲羅にこれまた麻布と硬化剤で強化を施していく。
裏につける沢山のポケットは、意外にも実体化した妖精さんモードのフロウが作ってくれた。
念動も駆使して器用に糸と針を使い、しっかりクレイの脚が収まる形状に仕上げていく。
「フロウがそんな仕事するなんて意外だったな……」
〈中央コアにオーダーしてもたいして掛かりませんが、こうすれば更に安くあがりますから〉
妖精さんの見事な針仕事にしばし見入ってしまう。
うん、なんか良い……。
完成した盾をクレイに持たせてみたところ、しっかり保持できる上に意外なほどの機動性もある。この盾ならしっかり胴体を防御できそうだ。
「うん、だいぶ完成形が見えてきてるな……。あとはクレイの頭だけど、ただの柱みたいになってるから立派な顔を作りたいな……」
頭……なのかは不明だが、楕円の柱のようなのが頭の位置にあるので、一応これを頭としよう。
その頭の上から触角が出てるわけだし、やはり頭……なのだと思う、多分……。
〈どのような顔ですか?〉
「俺のいた世界にモアイっていう石像があるんだけど、それに似せて作ってみるよ」
「ブブッ……?」
「ああ大丈夫、ちゃんと男前に作ってやるからな……って、お前男だっけ?」
「ブブブ……」
「う、うん。やっぱり男だったか。大丈夫、俺にはちゃんと分かってたぞ」
クレイにしゃがんでもらい、硬化剤を混ぜた粘土で彫りの深い特徴的な顔を作る。
結果、かなりゴーレム感のある厳つい顔になった。
「こうなると目を光らせてみたいな。小さな赤い光でいいんだけど、フロウ用意できる?」
〈そのくらいなら低コストで用意できます。目に使うなら二つ必要ですね〉
モアイの目にフロウからもらった赤く光る小さな円盤を埋め込む。
ホントに小さい発光ダイオードのような円盤だが、しっかりと赤く、瞬くように光る。
芸の細かい演出まで入り、だいぶ怪しい雰囲気がクレイから放たれ始めた。
ついでにモアイ顔の額に漢字で『紳士』と書いてクレイの強化は終了だ。
「よーし、我ながらいい出来だ」
巻き付けた布と硬化剤で、ゴリラのように太く、岩のように硬くなった手足。
比較的繊細な胸部を守る、ミシッピアカミ大亀の甲羅で作った大盾。
モアイ顔の冷徹さを感じさせる窪んだ眼窩の奥では、小さな目玉が怪しい赤い光を放っている。
そして額に刻まれた『紳士』の2文字。
「お前の額に刻んだ『紳士』っていうのは、俺のいた世界では真に理性ある者を示す言葉だ。真なる理性、これすなわち真理……」
「ブブブ……?」
「ああすまん。要するに、こいつはお前が俺の大事な後輩であることを示す印ってことだ」
クレイは頭頂から出ている触角で、額に刻まれた文字を調べている。
いや……ずっと触角だと思ってたけど、あれって本当は目玉だったんじゃあ……。
そ、そうだな、良く見たら目玉だ。
「ブブブッ……!」
額の『紳士』とモアイ顔、それに太く頑丈そうになった体をあちこち確かめて、クレイが俺に聞いてくる。
「ああ、ちゃんと強そうになったぞ! 額の『紳士』もとても理知的だ! さすが俺の後輩だよクレイ!」
クレイが嬉しそうに手足を振り回して調子を確かめる。
もともと高身長なこともあり、それだけで結構な迫力だ。
〈予想以上に良い仕上がりです。たとえ低コストでも、そのモンスターに合った手作り装備で強化してやれば、単に装備を与える以上の効果を得られるのですね〉
フロウも結構満足そうだ。
強化途中からは低コストって所がフロウの何かに刺さったようで、強化にノリノリだったようにさえ思う。
「クレイは特殊だったけど、手作りが有効な場合もあるな」
〈クレイ、ダンジョンにとってあなたの価値は上がりました。しかしあなたは攻撃性の無い種族。私はそこを埋めたいと思っています〉
「ブブッ……?」
あれ、そんな方法あるのか? クレイも困惑してるけど。
たとえ武器を与えてみても、本人が使わなければ意味がないはずだ。
〈あなたにスキル『バーサク2』を与えようと思います。受け取りますか?〉
バーサクだって!?
俺はステータス画面を開き、EPシステムでバーサクを検索した。




