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第25話 クレイゴーレム


 不幸な事故だった。

 ゴブリンC先輩はもうこのダンジョンにはいない。

 俺に経験値とEPを残して逝ってしまったのだ。

 その先輩のおかげというか……俺のグラビティは9Gという過去最大出力を記録した。


 人生最大の危機を迎えた俺の集中力は極限まで高まり、ついに8Gの壁を越えさせたのだ。今思えば、あれがゾーンと呼ばれるアスリートの境地だったのかもしれない。


 ゴブリンC先輩は俺とフロウに見送られ、いま光となって還ってゆく。

 先輩のロスト処理を済ませたフロウが、俺を非難するでもなく冷静な口調で語りかけてきた。


〈ダンジョン内でのモンスター同士のいさかいは相性次第でそれなりに発生します。特にゴブリンの場合は発生率が高くなりますが、ラントなら大丈夫だと思っていました〉

「くっ……すまない……。奴の腰振りに身の危険を感じ、どうしても我慢できず……」


 とはいえ今回の事件、もとはと言えば俺の紳士的パッションが招いた事故だ。

 やってしまったことに後悔はないが、フロウには申し訳なく思っている。


〈ゴブリンCの腰振りは謎の行動でした。私は、ラントがうつぶせに寝ているからその腰に乗るようにと簡単な指示を出したのですが、その時からゴブリンCは不可解な興奮状態にあったようです。ラントが危険を感じるほどとは……。私の指示が悪かったのでしょうか〉

「いや、おかしかったのは奴の頭と性癖だ。フロウは少しも悪くない」


 悪かったのはむしろ俺です。ホントごめん。これでダンジョンのゴブリンは残り2匹となってしまったな……。


〈こうなると戦力に不安があります。モンスターを新たに召喚する必要がありますが、試しに先程話に出たクレイゴーレムを召喚してみましょう〉

「ゴブリン並の低コストモンスターだっていうアレかあ。弱いって話だったけど、大丈夫なのかな?」

〈まずは1体だけ召喚して様子を見ます〉


 そうか……いくら低コストだといってもそのほうが無難だよな。


〈クレイゴーレム、召喚〉


 フロウが両手を宙に差し出し、召喚を宣言する。

 すると薄い人型のシルエットが空中に現れ、その足元から光の輪が浮かび上がり始めた。

 光の輪はゆっくりと上昇し、それにつれてシルエットが実体として固定されていく。

 まるで3Dプリンターだな……俺もあんな感じで召喚されたんだろうか。

 やがて光の輪が消え、シルエット全体が実体として現れた。


〈クレイゴーレム、よく呼び掛けに応えました。その力をダンジョンに捧げなさい〉

「ブブブ……」


 おお……これがクレイゴーレム。

 思ったよりごつくないな、ぱっと見では粘土を厚く塗りたくった人間のような外観だ。


「近くで観察しても大丈夫かな?」

「ブブブ……」

「えっ、お前喋れ……てはいないな? でも意味は伝わるのか……」


 クレイゴーレムは俺に『大丈夫』といったイメージを伝えてきた。恐らくこれがイメージ翻訳という奴なんだろう。

 フロウやコボルト達ともイメージ翻訳で会話していたはずだが、あれは普通に会話しているとしか思えない自然さだった。

 クレイゴーレムは違う。伝わってくるのはぼんやりとした言葉に成り切らないイメージだ。


「じゃあじっくり見させてもらおうかな。おお、やっぱり粘土なのか……」


 体の表面を触ってみると、指に伝わるのはねっとりとした粘土の感触だ。指で押してみると簡単に押し跡がつく。

 召喚されたクレイゴーレムの大きさは、身長が俺の頭ひとつ分高いくらい。一応は人の形をしているが、全身の関節部以外を粘土に覆われている。頭部に目鼻口のようなものは無く、代わりに蟻の触角のようなものが2本頭頂から突き出していた。


「へええ……関節部はこうなってるのかあ……」


 ゴーレムで興味を惹かれるのは、やはり関節部の構造だ。

 全体がぐにゃりとゴムのように曲がるのか、あるいはロボットを思わせるような構造なのか、そこには非常に興味があった。

 クレイゴーレムの関節部は、見た感じ蛇腹のように見える。車のシフトレバーの根元に見かける蛇腹がこれと似たような感じだろう。


 一通りクレイゴーレムを観察していると、俺の中に疑問と好奇心が生まれた。

 これ……粘土を剥がしたら、中身はどうなってるんだろう?

 中心部まですべて粘土ということはありえない。それだと体を支えるのに強度が足りないから、骨組みに相当する部分が必ず存在するはずだ。


〈ラントはクレイゴーレムの体にだいぶ興味があるようですね〉


 俺はクレイゴーレムの背中側を観察しながらフロウに頷いた。


「うん、こういうの凄く興味ある。不思議だなあ……。この粘土、剥がせないかなあ……」

「ブブ……ッ!」

「え、剥がせる? あっ!?」


 クレイゴーレムは腕から鈎爪のようなものを出し、自分の体を切り裂き始めた。

 いや……これ、粘土の層だけが切り裂かれてるのか?

 上から下まで満遍なく粘土が切り裂かれ、ようやく鈎爪の動きが止まった時には体中に無数の深い線が走っていた。


 ブルブルッ!


 クレイゴーレムがその体を大きく震わせる。

 体中に張り付いていた粘土が、細かく切り分けられた塊となって床に落ちていく。

 そしてすべての粘土が剥がれ落ちた時、クレイゴーレムの全容が明らかとなった。


「カニッ!? ……い、いや……スケルトンのような……カニ?」


 あらわになったクレイゴーレムの体表は、滑らかだがあちこちにトゲのあるカニのキチン質を思わせるものだった。

 人の手足のようにも見えていたのはカニのような太く長い腕と脚で、背中には逆三角形のカニの甲羅状のものがある。

 胸部分はカブトガニを裏から見たような短めの脚が何対も並んでいた。


「フロウ、これ本当にゴーレムなのか? 俺の知るゴーレムと違いすぎるんだが……」

〈ゴーレムで間違いありません。ラントのイメージするゴーレムとはどのようなものですか?〉


 俺はフロウに代表的なゴーレムのイメージを伝えた。

 例外はあるとしても、ゴーレムとは基本的に鉄や石等の無機的な存在との認識が俺にはある。

 だが、クレイゴーレムの中身があまりに想像と違い過ぎて……具体的にはカニであったため、ゴーレムとは思えなかったのだ。


「そもそも深海にでもいそうな生き物に見えるけどな。タカアシガニ的な感じで」

〈クレイゴーレムは陸上に適応した甲殻類なので、それほど間違ってはいません。湿った粘土で体表を覆って乾燥を防ぎ、細かな突起は粘土の保持に役立ち、鈎爪は粘土の張替えに役立ちます〉

「そんなに粘土塗れになって陸上に適応って、どうしてそうなったんだ?」

「ブブブ……」


 俺の疑問に、クレイゴーレムは悲しげな声をあげた。そんなクレイゴーレムに代わり、またフロウが解説してくれる。


〈ある世界での話です。クレイゴーレム達はかつて海中に高度な文明を築き、大きな争いもなく平和に暮らしていました。しかしある過ちから重度の海洋汚染を引き起こし、絶滅の危機に直面したのです。そこで彼等は自らを変異させ、陸上での新たな生活を手に入れました。代償として高度な文明と知性は失いましたが……〉


 重っ! 思ったより重い話だったよクレイゴーレム!


「そっかあ……ゴーレムって、人が魔法で作り上げたんだと思ってたよ。本当は違ってたんだな……」

〈それについては追加情報があります。聞きますか?〉


 俺はクレイゴーレム達の歴史にしんみりした気持ちになっていたが、追加情報というのも気になるのでフロウに頷いた。


〈――変異したクレイゴーレム達はある島で静かに暮らしていましたが、やがて住み処を人間に発見されます〉


 うわっ、もうその時点でろくな事にならない気がしてきた。


〈人間は、見た目だけなら人型に見えるクレイゴーレムを捕らえて見世物としました。魔導により命を吹き込まれし土の化け物、その名もクレイゴーレムであるとして、檻に入れ世界中を連れ回したのです〉


 やっぱりろくな事にならんかったーっ!


「ブブブ……」

「クレイゴーレムうううッ! お前ら、苦労してきたんだなあ!」


 やるせない気持ちでクレイゴーレムに抱き着き……は、トゲが痛そうなのでしなかったが、肩……肩か? を軽く叩いてやった。


「クレイゴーレムが海洋汚染を引き起こしたって言ってたけど、その影響で人間にも被害が出たりしたのかな?」


 それ次第では因果応報と言えなくもないが……。


〈それについても追加情報があります。聞きますか?〉


 おっと、再びフロウの追加情報だ。何となく嫌な予感はするが、聞かずにはいられない。


「ああ、追加情報を頼む」


〈――その世界では昔、人間は火を起こせませんでした。それを憐れんだクレイゴーレムの先祖は、人間に火を起こすための知恵と手段を与えます。それは人間達の間にたちまち広がり、やがて様々な用途に使われるようになりました〉


 もうそのあたりで嫌な予感しかしないな……。


〈そうして地上で火の利用が多岐に渡った結果、深刻な大気汚染が始まるのに時間は掛かりませんでした。クレイゴーレムの先祖は人間の指導者に警告したのですが、人間の指導者はそれを嘘だと決めつけました。人間の発展に脅威を感じ始めた彼等の嘘だと〉


 ありそうな話だ……。


〈大気汚染がどうにもならないレベルに達すると、人間の指導者はそれをクレイゴーレム達の陰謀だと決めつけました。クレイゴーレムが伝えていた警告は、いつの間にか無かった事にされたのです〉


 うわ、腹立ってきた。


〈人間に火を与えた事で責任を感じていたクレイゴーレム達は、大気から汚染を取り除くため空中に薬剤を散布し、また天候をも操作して大気の浄化につとめました。その結果、予想を遥かに超える量の汚染物質が海に流れ込んだのです〉


 えっ、あれ?


「ああっ! 自らの過ちによる重度の海洋汚染ッ!?」


 思わず声が荒くなる。


〈そうです。大気は浄化されましたが、海洋はクレイゴーレムの生存に適さなくなりました。その数を大幅に減らしていった彼等は、最終手段として自らを変異させたのです〉


「クレイゴーレムうううーッ!!」


 あまりと言えばあんまりな物語に、俺の涙腺は崩壊した。


「ブブブ……」


「お前ら人間なんて放っておけば良かったのに、なんてお人よしなんだーッ!」


「ブブッ」


「困った時はお互い様!? お、お前らってやつはーッ!」


 お互い様どころか、一方的に利用されていたとしか思えない。

 争いもなく静かに暮らしていたっていうし、根っから善良な種族なのだろう。


「それにしても悔しいなあ、そんな世界滅べばいいのに……」

〈その世界の人間はすでに滅んでいます。大気は一度は浄化されましたが、すぐ以前にも増して汚染され、人間は責任の押し付けあいの末に戦争を始めました。その結果、地上に人の住める土地は無くなったのです〉


 ホントに滅びてたよ!


「そ……そっか。同じ人間としては悲しい話だが、そんな奴らは滅びて当然だとも思ったよ」

「ブブブ……」


 クレイゴーレムから、滅んだ世界を偲ぶ思念が伝わってくる。

 自分達の祖先の滅びだけでなく、人間達の滅びまで悼むとは……。


「だけどこれからは、生き残ったクレイゴーレム達には静かに暮らしてもらいたいなあ……」


 俺が感慨に耽っていると、フロウが話を続ける。


〈クレイゴーレムですが、話にもあったように温厚で争いを好みません。極端なまでに敵に攻撃するのを苦手とする種族です。ですが体は硬く丈夫なため、主にモンスター達の肉の盾として使われます。召喚コストが低いため、消耗品として扱われることの多いモンスターといえます〉


「クレイゴーレムうううーーーーーーッ!!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 相変わらず、ノリも展開も面白いなぁ 長く続いてくれる事を期待してます。
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