第23話 フェアリーモード
〈筋力にEPを振る、ですか?〉
「うん。俺、魔術師タイプといっても、もう少しは筋力が必要かなって思うんだけど……フロウはどう思う?」
筋肉――。
古来より人々は筋肉を求めてきた。それは故事や諺、慣用句等にも数多く示されている。例えば――。
『猫の筋肉も借りたい』
『犬も歩けば筋肉がつく』
『猿も筋肉が落ちる』
――と、このように枚挙にいとまがない。筋肉によりパワー溢れる肉体は人々の憧れなのだ。
しかし俺は主要ステータス6項目のうち、魔力にしかEPを振ってきていない。
フロウも魔力を上げることを推奨していたし、それは正しい選択だったと思う。けど、そろそろ筋力に振ってみてもいいのではないか。その思いはずっと俺の中で燻っていた。
〈それはラントの自主性に任せます。筋力にEPを振るという選択も良いでしょう〉
「えっ、じゃあ……」
〈ですがあなたに可否を求められた以上、いくつか注意を与えねばなりません〉
あっ、雲行き怪しくなってきた。
〈まず、EPシステムであなたのステータスを見ればわかるように、筋力は上がりにくい赤表示になっています〉
「うん、赤になってる」
〈それでもあなたはトレーニングで少しずつ筋力を増やしてきました。それは評価できます〉
「う、うん」
〈そこで注意です。EPを振って上げた筋力はその後、トレーニング等では上がりにくくなる傾向があります〉
「なッ……!?」
〈それでも筋力が上がりやすい青表示等であれば、それほど問題は起こりません。しかしあなたの筋力は上がりにくい赤表示です。それをEPにより大きく上げた場合、赤表示がやがて暗い赤表示に変化する可能性が出てきます。そうなると数値を上げるには相当のトレーニングかEPが必要となってくるでしょう〉
「く、暗い赤表示に変化……。楽して強くなると、しっぺ返しが待ってるってことか……」
〈もう1つ注意があります。ステータス主要項目の『頑丈さ』を無視して筋力だけを上げていくと、いずれ自らの筋力で自滅する恐れがあります。筋力を上げるなら、肉体の基礎的な強度を示す『頑丈さ』もバランスよく上げる必要があるのです〉
ああ、頑丈さってそういうのなんだ……。
頑丈さを無視して筋力を上げるって、例えるなら欲張ってゴムを増やしたゴム動力飛行機みたいなものか。あれはゴム巻いてくと機体が壊れるからな……。
くっ……認めざるを得ない。筋力にEPは振れないとッ!
「わかったよフロウ。そうか……筋力は自力で上げるのが一番なんだな」
〈正しい認識ですが、少しなら筋力に振っても大丈夫ですよ?〉
えっ! そこまで注意しておいてそれ!?
「い、いや……俺は自力で筋力を……」
〈ラントは今、筋力が42ですね。46くらいまでならEPで上げても問題ないと思われます〉
くっ……その誘惑には負けん、負けんぞッ!
「ふ、振らなくても、それくらいならトレーニングですぐ上がるし……だから振らないし(奮え声)」
〈ラントの意思は確認しました。先を見据えた自己強化の姿勢は評価できます。何か要望があれば言いなさい〉
安易にEPを振らなくて正確だったかな?
要望か……。少女形態の……マテリアルモードのフロウに会いたいけど、前回はいつ会ったんだっけ。
……あ、あれ? よく考えたら、俺が何かで失敗した時にしかあのフロウには会えてない?
くっ……なんて事だ。駄目もとってことで、ストレートに頼んでみるか。
「えっと、マテリアルモードのフロウに会いたいって要望でもいいのかな?」
〈それはラントの自己強化に役立つことですか?〉
ぐふっ……そ、そうきたか……。
確かにさっきの会話の流れだと、自己強化の姿勢が評価できるから要望を言えってことだったな。
つまり、自己強化について何か要望はあるかって聞かれてたわけだ。
それなのに少女形態になってくれとか頼んでたら拒否されて当然か。
だが……ここで諦めるわけにはいかない。
考えろ、考えるんだ。いつだってフロウは論理的。ならば必要なのは、少女形態のフロウと会ってお話しすれば自己強化に役立つという論理的な理由。
そんな理由なんて見つかるだろうか?
いや……あるじゃないか。フロウをも納得させる論理的なやつが!
「それは俺の自己強化に役立つのかって? ああ、間違いなく役に立つな。何しろマテリアルモードのフロウに会えれば俺の自己強化効率が――」
〈――効率が?〉
「8%向上するッ!!」
――俺は勝利した。
『塵も積もれば理論』を搭載していたフロウは、8%という数字に勝てなかったのだ。8%の増加率について、100万日後の差まで引き合いに出そうとするのがチリツモ少女のフロウさんだ。ふふ、負けようはずもない。
〈ラント、自己強化効率は向上しそうですか?〉
「ああ、間違いなく向上するよ」
その勝利の結果、目の前に妖精のような少女の姿がある。
〈しかし、この幻影モードは実体を持ちませんが〉
「いいんだよフロウ。実体は……あれば嬉しいけど、なくてもフロウが側にいると感じられるだけで」
少女形態のフロウに会えれば自己強化効率が上がる……そう主張した結果、残念な結果と嬉しい結果が生じた。
残念な結果のほうは、少女形態のフロウには会えたが、それは実体を伴わないファントムモードと呼ばれる形であること。
嬉しい結果のほうは、そのファントムモードであればフロウに掛かる負荷が少ないため、それなりに長く一緒にいられるということだ。
ファントムモードのフロウは半透明で、身体が透けて向こう側が見える。
消えてしまいそうに儚い感じだが、それはフロウの本質を現しているように見えた。
夜露に揺れる月の煌めき。
人知れず舞い踊る蛍達の光細工。
それらを凝縮した妖精のように見えるのが、いま手を伸ばしても触れることのできないフロウの姿だ。
〈そうですか。では実体の無いこのファントムモードでも、ラントの要望には応えられるのですね〉
「フロウのその姿だと、ファントムと言うよりはフェアリーみたいな感じに見えるけどな」
〈フェアリーですか? その発想は良いです。今より更に負荷軽減できそうなので試します〉
「えっ?」
フロウの姿が淡い緑の光点に包まれて小さくなっていく。
それはハトくらいの背の高さになった所で止まり、小さくなったフロウの背中には透明で柔らかそうな翅が生まれ出た。
薄く虹色に輝く翅は神秘的で、ますますフロウが幻想世界の住人であるかのように見える。
形態変化を完了したフロウは、俺の胸くらいの高さまで浮かび上がった。
〈これはオリジナルモードです。ラントが先程も言っていましたが、フェアリーに寄せた姿なのでフェアリーモードとでも呼ぶべきでしょう〉
「ま、まさに妖精みたいだな……」
〈このモードなら、随時発動と維持が可能です。しかしこのフェアリーのように小さな姿でも、ラントの自己強化効率は向上しますか?〉
「ああ、大丈夫。間違いなく向上するよ」
フロウの問いに頷き、魔法の微妙な出力調整に集中する。そして俺は自分にグラビティを掛けた。
「グラビティ!」
出力調整がだいぶ微妙だったけど、まあうまくいったな。
〈グラビティですか? しかしそれは――〉
「見ての通り、このグラビティは1.08Gの低出力グラビティ。俺はこの状態を起きている限り維持し、この負荷のままトレーニングを行う!」
〈1.08Gということは、つまり――〉
「つまり! まさに自己強化効率、8%向上ッ!」
俺の水も漏らさぬ論理的主張にフロウが沈黙する。
そして俺の胸くらいの高さにいたフロウが、スッと目の高さまで上昇した。ばっちりフロウと目が合う。
〈ラントに問います。それは、私がこういった形態にならないと出来ないことでしたか?〉
うっ、フロウの突っ込みが……!
「も、もちろん」
〈それはなぜですか?〉
「そ、それは……気力、そう気力の問題だな。その、女の子っぽい姿のフロウを見ていると、気力が湧くんだ」
〈気力――私にはそのパラメータを計ることが出来ません。しかしラントが気力が湧くと言うのですから、信じましょう〉
あ、危なかった!
少しばかり良心が痛むが、嘘は言っていない。フロウがいるだけで気力が上がるのは間違いないんだ。
〈ラント、グラビティが切れます〉
「あっ!」
フロウに指摘され、慌ててグラビティを更新する。レベルが8になったことによりグラビティの持続時間は65秒に延びている。しかしその65秒という時間感覚は、まだしっかりと身についていない。
〈起きている間はグラビティを維持するのですね。コネクトの維持と、身体トレーニングも行うはずですが、グラビティを頻繁に掛け直すために集中が削がれるのではありませんか? ストレスも蓄積されはしませんか?〉
「うっ……そ、そこは気力でなんとか……」
〈その意欲は評価しますが、効率を落としかねない要因は排除すべきです。ラント、ゴブリンの魔石を回収したと言いましたね。それを提出しなさい〉
「そうだ、忘れてた」
フロウに言われ、回収してきた魔石の入った袋を提出する。袋は俺の手から浮かび上がり、フロウの側に吸い寄せられた。こうした現象をたまに見るが、フロウは軽い念動みたいな力を持っているようだ。
〈ラントの魔法行使を補助するサーキットアクセサリーを作ろうと思います。これをすべて消費しても良いですか?〉
サーキットアクセサリーが何かは知らないが、役に立つならその方がいい。
「魔石を利用する方法も知らないし、最初から全部フロウに預けるつもりだったから、それで構わないよ」
〈ではサーキットアクセサリーを作成します〉
浮かんでいた袋が消えた。フロウは俺と目線の高さを合わせたまま、じっと俺の目を見る。
〈今のこの身は幻影ですが、あなたを見詰め、またあなたに見られているという不思議な感覚があります。今まで不必要だと思っていましたが、人間にはこのような感覚が必要なのかも知れませんね〉
「フロウ……」
再びグラビティが切れたが、俺はそのままフロウの言葉に耳を傾けた。フロウもグラビティ切れを指摘することなく言葉を続けていく。
〈もっと早くにラントの要望を聞いておくべきでした。思えばあなたは、このような形態の私を望んでいたように思います〉
無表情ではあるが真摯な瞳に見詰められた。
「フロウ……人は他者との触れ合いを求める生き物なんだ」
〈今の私は幻影ですから、触れ合うことはできません〉
「そ、そうだね。いいんだよ、触れ合うのは心なんだ」
〈ラント、サーキットアクセサリーが作成されました。受け取りなさい〉
流された! だ、大丈夫……心は触れ合ってるはずだから。
フロウの傍らに赤い指輪が現れている。
この指輪がサーキットアクセサリーなのだろうか。俺は指輪を手に取った。
〈それを指に嵌め、維持したい魔法に『チェイン』と前置きして発動させなさい。グラビティの場合なら『チェイン・グラビティ』です。あとは意識することなく魔法が掛け直され続けます〉
「そんな機能があるのか……どの指に嵌めるんだろ?」
〈どの指にでも合うようサイズが調整されます〉
さすが魔法テクノロジー。左手の中指に嵌めてみたところ、ぴったりと嵌まった。
「じゃあ試してみるよ。チェイン・グラビティ!」
指輪の機能を利用し、1.08Gのグラビティを自分に掛ける。これで途切れることなくグラビティが発動し続けるはずだ。そのまま待っていると、65秒が過ぎても切れ目なくグラビティが掛け直された。
「すごいなこれ、こんな小さいのに」
グラビティについてはこれで良いとして、後はコネクトの追加起動だ。俺はゲートを刻んだメダルを新たに2枚作り、コネクトを起動する。
フロウとの連絡用にリストバンドに仕込んだゲートの方は、今もずっとコネクトを維持し続けている。これでコネクト2本とグラビティを維持しながら身体トレーニングにも集中できるようになったわけだ。
ステータス表示を呼び出して魔力の減り方を確認すると、やはり少しずつ減少している。コネクトを1本に減らしてみると、魔力はとてもゆっくりの回復になる。この様子ならMPが残り500を切るあたりでコネクトを2本とも切れば、うまい具合にMPを調整できると思う。
〈サーキットアクセサリーは問題なく機能しているようですね〉
「うん、これなら楽にグラビティを維持できる。そういえば先に聞くべきだったけど、これの作成に掛かったコストって高くなかったのかな?」
〈心配いりません。余分な魔石をコストに還元しました。作成コストを差し引いてもプラスになります〉
「えっ、魔石ってコストに変えられるんだ?」
〈侵入者に倒されたモンスターの魔石は、何らかの理由で持ち去られないことがあります。そういった魔石は後ほど回収し、コストに還元することが可能です〉
へえ、ゴブリンの魔石を回収してくれたコボルト達に感謝しないとな。
「あれ? 魔石の回収についてフロウは何も言わなかったな。こんなに役に立つのに」
〈コボルト達は魔石を欲しがりませんでしたか?〉
コボルトが魔石を? シスネさんもシーベルも、寧ろ進んで差し出してくれたが……。
「コボルト達には必要ないのかと思ってたよ。フロウはコボルト達が魔石を欲しがると思ってた?」
〈こちらがとどめを刺すという権利を得たので、コボルト達は魔石の権利を主張するかと思っていました〉
「コボルトは魔石を何に使うんだ?」
〈地の精霊種との取引に使用し、ナイフ等の鉄製品を得ているようです〉
うわ、それならコボルト達だって魔石が欲しかったはずじゃないか。シーベルもシスネさんも言ってくれれば良かったのに……。
「鉄製品といえばフロウに用意してもらったスリングと鉄球だけど、コボルト達に置いてきて大丈夫だったかな?」
〈問題ありません〉
良かった。フロウに用意してもらったのに、相談なく置いてきちゃったから気になってた。俺がダンジョンマスターならそんなこと気にする必要ないんだろうけど、今はフロウの配下だしね。
おっと、ダンジョンマスターと言えば……。
「フロウ、ダンジョンのレベルアップそろそろ考えてる?」
俺は自分の意思でダンジョンマスターになるより能力強化と決めたからな。ダンジョンがレベルアップを果たしたところで文句はない。
フロウは俺がした質問に、ほんの少しだけ首を傾げて聞いてきた。
〈ラントはダンジョンマスターを目指すのですね?〉
「今でもそのつもりだ。多少時間は掛かるかもしれないけど……」
〈なら、可能な限り今のままで待ちます〉
「え……」
思いがけない返事に、フロウの顔をじっと見た。フロウの顔からは何も読み取れない。
その表情を変えてみたくなって、フロウのすぐ近くに手を伸ばした。
表情は変わらない。
伸ばした手で翅の辺りをつついてみる。
表情は変わらない。
人差し指で頭を撫でようとしたら、頭をすり抜けた指がフロウの顔にめり込んだ。
表情はわからない。
〈ラント、その行動に意味はありますか?〉
「ご、ごめん。つい……」
慌てて手を引き戻す。
〈謝る必要はありません。その行動に意味があるなら知りたいだけです〉
「意味っていうか……フロウはいい子だなって思ったら、無性に頭を撫でてみたくなったんだ」
触れることはできないと分かっていたが、つい手が出てしまった。
〈私がいい子だと頭を撫でるのですか? 私は子供ではなく、いい子でもありません〉
「はは、フロウらしいな。じゃあ、いいダンジョンコアだからって事ならどうだ?〉
〈いいダンジョンコア――ダンジョンコアに良し悪しなどあるのでしょうか〉
「どうかな? 俺はダンジョンコアなんてフロウしか知らないけど、論理的で効率好きで、優しい所もあるいいダンジョンコアだと思ったよ」
〈マテリアル・フェアリーモード〉
「えっ?」
さっきまで向こうが透けて見えていたフロウの姿が、その言葉と共にはっきりとした色と形を取り戻していく。
〈この姿には実体があります〉
「驚いたな……フェアリー形態のままの実体化なんて」
〈私には自分が良いダンジョンコアであるかは分かりません。しかしラントがそう思うのなら、その認識の成す行為を拒否はしないでしょう〉
そう言ってフロウは俺の右手を指差し、その手で今度は自分の頭を示す。こ、これはひょっとして、フロウの小さな頭を撫でてもいいという意思表示だろうか。
人差し指を近づけ、フロウの頭の上に乗せてみる……おお、乗った。
乗せた指をおでこから後ろへと、長い髪の上を滑らせるように動かしてみる。
今のところ嫌がる様子はない。繰り返し優しく撫で続ける。透明感のあるエメラルドのような髪はサラサラで、とても撫で心地がいい。
ん……フロウの目が少し細められてるような……。
気のせいかな?
〈なるほど……これが褒められるという事ですね。私にとっては意味のない行為ですが、いくらでも撫で続けて構いません〉
え、えええ……。
「そんなこと言われたら俺、フロウが禿げるまで撫で続けそうなんだが……」
〈禿げる? ――私の頭髪が著しく減少するということですね。仮にそうなったとしても支障ありません〉
「いやそこは支障あるだろ!?」
恐ろしい事を平気で言うフロウに、俺は秒速の突っ込みを入れた。
〈どのような支障ですか?〉
「えええ……。そうだな……フロウの髪はサラサラで撫で心地がいいけど、髪が無くなるとあまり撫でたいとは思わないかも……」
俺がそう言うと、少し細められていた感じのフロウの目がぴくりと開いた。
〈頭髪が無くなっても私に支障はありませんが、ラントには支障があるわけですね〉
「いや、絶対フロウにも支障あるよッ!?」
俺、何でこんな突っ込み入れてるんだろ……。
それでもフロウの頭はしっかり撫でるんだけどね。
〈ラントが、私が禿げるまで撫で続けると言ったのですが?〉
ぐふっ……!
「そ、それは確かに言ったけど……。でも、ホントに禿げるまで撫でたりしないからな?」
〈そうですか……〉
なんか残念そう!?
なんだろ、こうしてずっとフロウと向き合ってると、無表情なフロウの意思表示みたいのをたまに感じる。
それは俺の錯覚なのかも知れないが、それでも構わない。
こんな時間、こんな日々が続けばいいなと、願いを込めてフロウの頭を撫で続けた。




