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第20話 ゴブリンキング


 やはり挟撃だったようだ。

 背後が騒がしくなったからそうだろうと思っていたが、確認の暇が無かった。


 グラビティサークルの持続時間は45秒。

 秒刻みの時間感覚は訓練でしっかり身につけている。効果を切らさないためにはあと4、5回のかけ直しが必要だ。


 巣穴から飛び出たゴブリンは面白いようにバタバタ倒れて積み重なっていく。

 倒れたゴブリンの多くは転んだ際に頭を打っていた。強い衝撃で脳震盪でも起こしたか、動くものは少ない。

 通常重力の中で転ぶのとは違い、5Gの重力の中で盾と短槍を持ったまま転ぶのだ。とっさには受け身も間に合わないのだろう。


 ゴブリン達は先を行く仲間が倒れるのを見ているはずだが、そんなのお構いなしに後続も倒れていく。

 ちょっと異様な感じだが、おかげで今の所幅広く作ったグラビティサークル地帯を突破される心配は無い。


 後方のシスネさん達を確認する。

 シスネさん達は森から飛び出したゴブリンに攻撃を続けていた。ゴブリンはスリングの投石に打たれ、何匹も倒れている。

 視線を巣穴へと戻すと、ゴブリン達は相変わらず巣穴から飛び出してきては転んでいる。

 それは必死な有様で、まるで何かに追われるような恐怖の表情で走り出てくるのだ。


「グラビティサークル! グラビティサークル! グラビティサークル!」


 順次魔法をかけ直す。連発の負荷による影響は……大丈夫だ、問題はない。

 巣穴から出て来るゴブリンの勢いが止まった。

 残りのゴブリンは、出口の手前で複数固まっている。

 こちらと後ろをキョロキョロと見比べながら、どうするかと行動を決めかねているようだ。


「ゴブリュァア゛ーーーッ!!」


 再び周囲を震わせる叫び。巣穴の奥から響くその叫びは、やはりゴブリンキングのものだろうか。

 固まっていたゴブリン達は、ビクンと体をすくませると、意を決したようにこちらへ走り始めた。

 しかし、グラビティサークルの効果範囲を越える事はできない。

 先に倒れていた仲間達に加わって、ゴブリンで出来た小山の一部となる。


 積み重なったゴブリンの中には息のある者も多いが、とどめを刺しには行けない。

 まだゴブリンキングが残っているため、迂闊に近づくのはリスクが大きいからだ。

 もし這い出すものがいたら、個別に全力グラビティを掛けて対処する。


 すでに3回、グラビティサークルをかけ直した。

 新たなゴブリンは出なくなったが、まだここを離れることはできない。

 約束の時間までは順次グラビティサークルをかけ直す。

 4回目のかけ直しの途中、シーベルが叫んだ。


「ラント、森のゴブリン、全部倒した!」


 さすがシスネさん、素早く殲滅したようだ。


「よし、じゃあシーベル、俺達は後退してシスネさん達に前衛を――」

「ゴブリュァア゛ーーーーーーッ!!」

「な、なんだ……あれ……?」


 並のゴブリンとは子供と力士ほども体格の違う、とんでもない奴が巣穴から出て来た。


「ラント、逃げる!」


 シーベルに促され、俺は巣穴に背を向けて走り出す。

 嘘だろ、あれがゴブリンに似た生き物だって?

 くっ、早く逃げないと……。

 あれ、なんか後ろから引っ張られる……って、シーベル、なんで俺のローブ掴んでるの!?


 振り返ってみると、俺のローブの背中側を掴んで走るシーベルが、切なそうな目で見返してきた。

 コボルトは逃げ足が遅いからですね! わかります!

 仕方なく、後ろから引っ張るシーベルを全力で牽引して走る。

 まさかこんな所でスパイクシューズが役に立つとは……。

 シスネさん達は急いでこちらに向かっていたが、やはりコボルトの足は遅い。


「ゴブァアッ!?」


 後ろで派手に倒れたらしい音と叫びがした。

 振り向くと、ゴブリンキングは積み重なったゴブリン達の上に倒れ込んでいた。

 しかし下になったゴブリンがクッションにでもなったのか、平気そうに立ち上がる。

 いや……ふらふらとして、また倒れた。

 あいつ、立ちくらみを起こしたな。あれほどの体なら重力変化の影響も大きく受けそうだ。

 ゴブリンキングが倒れた隙に、シスネさん達と合流する。


「シスネさん、頼みます!」

「ラント様、後は任せて下さい! 総員配置! ゴブリンキングに集中攻撃!」


 コボルト達が再び包囲陣形を形成し、ゴブリンキングへとスリングによる投石を行う。


「あ、あれ……?」 


 投石はゴブリンキングの手前側、他のゴブリン達が積み重なった小山に当たってしまい、ゴブリンキングに当たらない。

 投石の軌道を見ると途中までは命中コースを通るのだが、急に沈み込むように落ちていた。


「そっ、そうか! グラビティサークルだ!」


 投石は5Gの重力範囲にとらわれ、急激に沈み込むようにして落ちているのだ。


「解除しないと……っ!?」


 慌ててグラビティサークルを解除しようとしたその時、ゴブリンキングが動いた。

 手下の死体を首から掴み、それと一緒にのそりと立ち上がる。死体を盾に使うつもりか?


 いまだに続く5Gの重力の中、ゴブリンキングは掴んだ死体を盾に、こちらに走りだそうとした。


「グラビティ!!」


 グラビティサークルの解除を取りやめ、8Gの全力グラビティを撃つ。それとほぼ同時に、ばらまいてあったグラビティサークルの持続時間は切れていく。

 やばかった。先にグラビティサークルを解除していたら、奴の行動を許していたかも知れない。


 さすがに8Gは効いたのか、ゴブリンキングは再び地に膝をついた。

 あの体格だと相当な体重のはずだ。仮に体重300キロだとしたら、8倍だと2400キロにもなる。

 いくらなんでも、もう立つことも出来ないと思うが……。

 しかし5Gの重力でも走り出そうとした化け物だから、油断はできない。


「シスネさん、今なら攻撃が当たります!」

「承知しました! 皆、全力で投げるのです!」


 今度は狙い違わず当たるようになった投石が、ゴブリンキングに殺到する。


「ゴブリュァア゛ーーーーーーッ!!」


 膝をついた姿勢のゴブリンキングが、天を仰ぎ、叫ぶ。

 コボルト達の投石は、先程からずっとゴブリンキングに集中している。

 奴が盾にしていた死体は、すでにボロボロだ。奴自身にも相当の石が当たっている。かなりの傷と出血だ。

 だが、ゴブリンキングは倒れない。

 絶え間無い攻撃を受けていながら、ゴブリンキングの足の筋肉が大きく膨れ上がり、皮膚が異様な赤みを帯びていった。


「ラント様、ゴブリンキングが何かスキルを発動させます! 気をつけて下さい!」


 スキル!? 野生のモンスターでもスキルを所持するのか!


「ラント。キングたぶん、力を溜めてる。一気にくる」


 シーベルの言う通りだとすると、8Gの重力でも縛り切れないということか。

 EPシステムで奴のスキルを検索できないか……って、できた!?


 === スキル情報 ===


 スキル名 バーサクエスケープ


 効果……肉体に大ダメージを負った際、狂化により肉体の限界を超えた爆発的な脚力を得る。但し、この脚力は逃走にしか使用出来ない。



 ……逃走に、しか? こいつ、逃げるつもりって事か!?


「シーベル、奴は逃げるつもりらしい」

「ラントそれ、まずい。ゴブリンより卑劣で、下劣な復讐、必ずくる!」


 うっ、確かにそんな性格だってシーベル言ってたね。

 ああーっ! もしかしてキングはゴブリンに似た生き物って、性格がゴブリンに似てるってことか!?

 なるほど納得だが、まぎらわしいわっ! とにかく、とんでもなく性格が悪いわけだな?


 あいつ、ゴブリン達には特攻させたくせに、自分は逃走特化スキルを持ってるくらいだ。

 ゴブリン以上に卑劣で下劣。そんな奴が復讐にくるとか考えたくもない。

 しかし、8Gのグラビティでも抑えられないなら、俺にはもう手が……。


 大ダメージを負ったゴブリンキングが、遂にそのスキルを発動させる。

 筋肉で膨れ上がった足が一歩を踏みだした。

 地面が爆発したかのような衝撃が、俺の足元を揺らす。

 そしてその時、グラビティの持続時間である45秒がもうすぐ過ぎ去るのを思い出した。

 慌ててグラビティを掛け直そうとするが、とても間に合わない。


 持続時間が切れた――そう思った次の瞬間、ゴブリンキングが次の足を踏み出す。

 通常重力でのその一歩は、恐ろしい速度と歩幅を生み出した。


「ラント!」


 体を横に引かれた。シーベルだ。

 俺の側を、ゴブリンキングが走り抜けようとしている。


「デ・グラビティ!!」


 それをゴブリンキングに放ったのは、なかば反射的だった。

 ゴブリンキングの歩幅を見て、脳裏に閃いたのだ。

 宇宙飛行士の、大きな一歩。


 ゴブリンキングがすぐ側を抜け、また次の一歩を力強く踏み込む。

 その一歩で、ゴブリンキングは天高く舞い上がった。

 上がる、上がる。天まで上がる。そんなゴブリンキングを、コボルト達は呆気にとられて見上げていた。

 さすが8Gの重力下で走り出す脚力だ。8分の1Gだと、あんなにも高く飛び上がる。

 その高さが頂点に達した時、俺は――。


「デ・グラビティ、解除!」


 重力軽減魔法を解除した。

 このまま通常重力で落下させても致命的ダメージを与えられそうだが、万が一にも逃がしたくない。

 しかし落ちてくるゴブリンキングまで結構距離がある。

 届くか? いや、届かせる。

 右手の先に意識を集中し、駄目押しの、


「グラビティ!!!」


 重力、8倍。

 それを受けたゴブリンキングはラケットで叩かれたような勢いで落下し、大地に激突した。


 あ……頭がぼうっとする……最後のグラビティ、負荷が大き過ぎたみたいだ。

 ゴブリンキングの落下した先に、コボルト達が走っていく。

 あー、風が気持ちいい……。

 思考力の鈍くなった頭で俺は、吹き抜ける爽やかな風を感じていた。


 ああ、風が輝いて……。



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