第18話 巣穴へ
ゴブリンの巣穴攻めに向かう日が来た。
今回はダンジョンから遠く離れるにあたり、フロウとの連絡方法を確立してある。
ゲートを刻んだメダルをリストバンドの裏に貼り、それを左腕に装着してコネクトを維持。
何かあった場合はダンジョン側に用意したゲートから、フロウに針でつついてもらう。
これなら周囲の状況がどうであれ気がつくはずだ。
フロウから連絡が来たら出来るだけ早くダンジョンに戻るつもりだが……俺が侵入者に対処するには時間的に厳しいだろう。
それが心配ではあるが、フロウには何らかの対策があるらしく、むしろこちらの心配をしていた。
俺もダンジョンでは結構やらかしたのを見られてるからな……そりゃドジ踏まないか心配にもなるか。
まあ何もないとは思うが、用心に越したことはない。
身につけていく装備はいつものプロテクターに胸当てと、魔術師のローブ、スパイクシューズと革手袋。
武器はナイフとスリング、それに槍で、魔術師の杖は持っていかない。
あの杖はあまり効果を感じられないから、持っていっても荷物になるだけだろう。
それら一通りをチェックしてフロウに声を掛けた。
「よし、行ってくるよフロウ」
〈準備はいいようですね。ラント、成果を期待しています〉
あまり期待されても困るが、うまく行けばそれなりにレベルが上がるんじゃないかな。
ダンジョンから出ると、すでにシーベルが待っていた。軽く挨拶を交わし、コボルトの村へと歩きだす。
「いよいよだな、シーベル」
「長、ラントに、すっごい期待してる」
「そう言われると、期待に応えられるか不安になるな」
「大丈夫、ラント、すっごい魔術師」
「なあ……その『すっごい』っていうの、流行ってるのか?」
「すっごい、流行ってる」
「そ、そうか……」
コボルトに流行とは恐ろしい……。
ゴブリン討伐については昨夜のうちにゲートを通じてシスネさんと話し合ったのだが、巣穴に着くまでにゴブリンとの戦闘がいくらか予想されている。
話によると、巣穴から出て獲物を探しているゴブリンが、常に一定数いるらしい。
そいつらと遭遇して戦闘になった場合、基本的にコボルト達だけで対応することになっている。
必要とされれば俺も援護するつもりだが、聞けばスリングでの戦闘にだいぶ自信をつけたようで、ラント様は切り札ですから、なるべく後方にいて下さいと言われてしまった。
俺としても安全に越したことはないから、問題ないうちはそうさせて貰うつもりだ。
「シーベルも、あれから練習してうまくなったのか?
「あのあと、オレ達、すっごい練習、させられた……」
「お、お疲れ様……」
だらんと尻尾の垂れたシーベルを見て、それ以上声をかけられなかった。
コボルトの村に到着すると、すでに出発の準備が整っていた。
コボルト50匹あまりがそれぞれ盾を持ち、腰に巻いたベルトにスリングと弾入れの袋、それにナイフ等を装備している。
50匹のうちの20匹は、スリング用の石などを運ぶ運搬要員などだ。
「お待ちしておりましたラント様。それでは打ち合わせ通り、我々の後からついてきて頂きます」
「わかりました。もし援護が必要なら言ってください」
「ええ、その時はお願いします。ですが、ふふ……ラント様は我らの戦いぶりを見守っていて下さいね」
やはりシスネさんには自信があるようだ。
「出発します! 誇り高き戦士達よ、今日こそにっくきゴブリンどもに思い知らせてやりましょう!」
「「「おおーっ!」」」
シスネさんの号令のもと、コボルト達は威勢よく返事を返して森へと進む。その集団から少し遅れて俺とシーベルが続く。
「シーベル、道中よろしく」
「ラント、オレ守る」
シーベルの役割は俺の護衛ということになる。
俺は防御が弱いし、危険察知能力も高くない。だからシーベルが護衛を申し出てくれたのは有り難かった。
もっとも防御でいえばコボルトこそ裸みたいなものだが、その代わり毛皮が厚いし盾も持ってるから俺より防御力は高いかもしれない。
その辺りはステータスの『頑丈さ』が関係してそうだ。
前方の集団から10メートルくらいの間隔を開けて歩き続ける。
けもの道みたいに踏み締められた跡を進むから、ついていくのが楽だ。
前を進むコボルト達の揺れる尻尾を愛でていると、シーベルが話し掛けてきた。
「ラント……オレ、感謝してる」
「えっ」
「ラント来るまで、村の者、元気なかった」
「そ、そうか……」
「ゴブリンのせい。食べ物、少なかった」
シーベルが言うのを聞いて、俺は改めて気づかされた。
彼らは、ゴブリンに苦しめられていたのだと。
面白半分に矢を射られ、食料を探すのにも苦労すると聞いていた。
「ラント来て、皆、元気出た」
「い、いや。まだゴブリン倒せたわけじゃないし、シーベルにそんなこと言われると……」
「きっと倒せる。ラント、すっごい魔術師」
「シーベル、そろそろ、そのすっごい魔術師ってのは……」
「ゴブリン倒したら、妹も外、遊び行ける。すっごい、楽しみにしてた」
「シーベル、おっ、お前、妹がいたのか!?」
「いる」
衝撃の事実。いや、別にいてもおかしくないんだが……。
「なんで教えてくれなかったんだ? 会いたかったなー」
「すまん……。ラント、すっごい魔術師。だから妹、恐がった」
「な!? ……シーベル、俺はこれから、すっごい優しい魔術師だ! いいか、すっごい、優しいだッ!」
「そ……そうか……。わかった、伝えておく」
「まったく、頼むぞ」
コボルトは魔法を恐れるようだが、それで俺を恐がるとは困ったものだ。
「しかし妹か……。それなら絶対にゴブリンを倒して、シーベルを無事に妹さんに帰してやらないとな」
その俺の言葉を聞いて、シーベルは『わふっ』っと笑った。
「ラント、無事に帰す。それ、オレの役目」
――しばらく黙々と歩き続けると、先頭のシスネさんが右手をあげて集団の足が止まった。
ついで全員が一斉に草むらにしゃがみ込む。俺もシーベルと一緒にしゃがみ込んで様子を伺う。
コボルトの集団から四匹が立ち上がり、腕にスリングをセットして静かに森の奥へ消えた。
ここからは分からないが、ゴブリンを発見したのだろう。
こうした場合、相手の規模にもよるが、少数で対処することになっている。
ゴブリンがコボルトを甘く見ているとはいえ、こちらの数が多いと逃げられる可能性があるからだ。
15分ほどでコボルトが一匹だけ戻り、シスネさんに報告した。
「ゴブリン2匹と戦闘し、これに勝利。行動不能にしました!」
「よくやりました。ゴブリンはまだ生きてますか?」
「2匹とも、生きております!」
「よろしい」
おお、問題なく勝てたのか。報告したコボルトとシスネさんが尻尾を振って喜んでいる。
「その場所まで進みます。前進!」
戦闘のあった場所まで進むと、地べたに倒れたゴブリンがニ匹、コボルトに監視されていた。
シスネさんがそれを仰向けに転がすが、反応がない。どうやら完全に意識を失っているようだ。
「それではラント様、とどめをどうぞ」
うっ……シスネさん嬉しそうですね。
正直腰が引けるけど、やらなきゃいけない。普通に戦闘で命を奪うのなら、それほど抵抗を感じないのかもしれないが……。
俺は少しばかり複雑な思いでゴブリンにとどめを刺した。
「ラント様。ゴブリンから魔石は取り出さないのですか?」
「え?」
「ラント様は魔石を欲しがるかと思いましたが……」
「えっと、それってどういう役に立つんです?」
「人間の場合は売ってお金にするとか……魔術師であれば、自分で使うこともあるそうですが、詳しくは存じません」
なるほど……使い道はあとでフロウに聞くとして、一応回収しておくか。
「それなら魔石を取り出してみます。えっと……魔石ってどこにあるんだろう?」
「ゴブリンなら臍の左側に少し離れた位置ですね。開くとすぐにわかると思います」
ひ、開くんですか……。シスネさん、なんでもない事みたいに言うなあ。
「ラント、オレがやる」
俺が躊躇していると、シーベルがナイフを使って親指の先くらいの石をゴブリンから取り出してくれた。赤色の、丸みを帯びた石だ。
「悪い、助かる」
魔石を受け取り、シーベルに礼を言って袋にしまう。
「皆の者、この調子でゴブリンを倒すのです。さあ、進みましょう!」
「「「おおーっ!」」」
集団が再び歩きだす。途中またゴブリンと遭遇して止まることがあったが、コボルト達は先程と同じく危なげなく倒したようだ。
俺のレベルは4に上がった。やはり相手がゴブリンだと効率がいい。
現在所持EPは321に達している。
レベルの上昇に伴い、グラビティの持続時間は45秒になり、クイックの持続時間は13秒に延びた。
やはりクイックの成長率は渋い感じだな……育てば強力そうなんだが……。
レベルが上がり、EPで増やせる魔力の上限も増えたはずだ。
コネクトの維持によるMP消費に不安があるため、魔力にEPを振ろうとステータス画面を呼び出した。
あれっ……? もうダンジョンから出てしばらく経つのにMPが減ってない。
おかしいな……ずっとコネクト使ってるから、回復より消費の方が早いはずなんだが。
熟練度がそれだけ上がったって事かな? それにしては違和感があるが。
「シーベル、ちょっと確かめたい事があって魔法を使うけど、驚かないでくれるか?」
「ラント、大丈夫か?」
「ああ。問題ないはずなんだ」
「わかった」
頷くシーベルに安心し、俺はステータス画面を確認しながら地面の石にグラビティをかけた。
900MPの表示が890MPに変化する。どうやら表示のバグではないらしい。
さあ、問題は時間経過でここから増えるか減るか……。
む…………。 ふ、増えも減りもしないだと……?
意味不明な現象だ。帰ったらフロウに聞いてみよう。
そうだ、EP振っておかないとな。魔力にEPを振り、最大MPが900から1100に増えた。これならMP切れの心配もだいぶ減ったと思う。
実験が完了したことを告げると、シーベルもホッとした様子だった。
その後もコボルト達は危なげなくゴブリンを倒しながら進み、俺の出番はとどめを刺すだけという状況が続いた。
俺の存在が空気過ぎて申し訳ない気もするが、コボルト達は気にしてないようだし、俺も気にしないようにしよう。
順調に行進が続いたが、しばらくして歩みが止まった。
先頭のシスネさんが俺を呼ぶ。
「ラント様、こちらに」
側までいくと、シスネさんは黙って前方を指差さした。
遠くて分かりにくいが、崖のような段差があってそこに洞穴が口を開けている。
土地の高低差でうまいこと見えているようだが、ここから移動すると木が邪魔で見えなくなるだろう。
「あれがゴブリンの巣穴です。中には恐らく、60匹から80匹のゴブリンが潜んでいます。巣穴の外にも30匹ほどは出ていると思われますが、それの警戒にも当たらせますし、短期決戦なら問題ないでしょう」
「こちらの戦闘要員が30匹だから、ゴブリンはその3倍くらいと考えてよさそうですね」
「ゴブリン自体はそれほど問題にならないかと。ラント様のお陰で勝つ自信がございます」
「……すると、やはり問題はゴブリンキングですか?」
「その通りです。ゴブリンキングの強さは、まさに別格。一筋縄では参りません」
「シスネさんが言うのであれば、相当な相手ですね。やってみなければ分かりませんが、俺の魔法で動きを鈍らせるくらいは出来ると思います」
「はい、期待しております」
シスネさんは笑って頷いた。
「あとシスネさん、とどめ刺しの件ですが、俺のためにゴブリンを生かしておくとか考えなくていいので、全力での戦闘をお願いします」
「わかりました。我らは全力で戦いましょう。ただ余裕があれば、とどめをお任せ致しますね」
うん、それなら大丈夫だな。
「皆の者、ゴブリンの巣穴はもうすぐです。気を引き締めて、静かに進みますよ」
「「「おおーーーっ」」」
コボルト達は小さく声をあげ、空に手を突き上げる。
集団は慎重に森を進み、ついに俺達はゴブリンの巣穴へと到着した。




