第17話 端のない棒
昨日、ゴブリンと戦闘訓練を行った。
相手になったゴブリンCは、危うくゴブリンDの後を追うところだったが、ポーションで息を吹き返した。
一応ダンジョンの貴重な戦力なので、死なれては困る。
「今更だけど、フロウに質問があります」
〈なんですか?〉
「ゴブリンとかコボルトとか、俺の世界では架空の存在だったけど、広く知られていたんだ」
〈はい〉
「その架空の存在が、こちらでは実在していた。これって、なにか繋がりがあるのかな?」
〈全存在世界の情報は、集合無意識の深層アーカイブで共有されています。時折発生する深層からのスーパープルームは、無意識領域を越えて情報撹拌を起こし、断片化された情報を表層に撒き散らします。表層意識はその一部をサルベージすることで、様々な世界からの情報を認識する事があります。そのためですね〉
フ、フロウ先生……。
「……じゃ、じゃあ、フロウやコボルトと言葉が通じてるのはどうしてだろ?」
〈私との会話については直接イメージ翻訳がなされています。コボルトとの会話については、システムを介した翻訳がなされているからです〉
な……なるほど。なにげに気になっていた疑問が、一部解けたり解けなかったり。
「あれ? どうしてゴブリンとは話せないんだ?」
〈ゴブリンとの会話はモンスター間に不和をもたらす事例が多いため、あえてイメージ翻訳を切ってあります〉
ああー、それってすっごい理解できる。
意思疎通できない方がマシと判断されるとか、ゴブリンどんだけ嫌らしい生き物なんだ……。
会話の謎は理解できたけど、集合無意識がどうとかの話はいまひとつ分からなかったから紳士脳変換してみよう。
紳士脳はあらゆる情報を紳士に分かりやすいイメージに変換してくれるのだ。さあ、頼むぞ紳士脳!
『お兄ちゃん……私、そんな難しい事わからないよ……』
そっ、そうかっ! ごめんな、変な事聞いて!
紳士脳解除……ふう。
うむ。実にわかりやすく、難しくてわからないと理解させてくれた。さて、疑問がスッキリした所でトレーニングを頑張ろう。
トレーニングの合間に時空魔法について考えていたら、ちょっと実験を思いついた。
そこでフロウに太さ5ミリ、長さ50センチほどの鉄の棒を用意してもらった。
理屈では可能なはずだが、果たして……。
「さてフロウ、ここに鉄の棒があります。そこでクイズです」
〈クイズ? ――謎掛けですか。いいでしょう、続けなさい〉
ククク……。この難問に答えられるかな?
俺は棒の右端と左端を指し示して言った。
「この棒には、このように端があります。この端を無くすことは可能でしょうか? ただしこの棒を曲げてはいけません」
〈端を無くす、ですか……〉
よーし、考えてる考えてる。
短い鉄の棒とはいえ、曲げて輪を作るとか言われたら困るからな。
〈……その棒を曲げてはいけないなら、他に長い鉄の棒を用意して、その棒に合うように曲げてからそれぞれ端と端を繋げます。これにより棒の端は無くなるはずですが、この答で合ってますか?〉
ぎゃふん!
「い、いや。この棒以外の棒を用意するとか無しでお願いします」
〈ラント、その設問からは不条理さを感じます。しかし待ちなさい……考えます〉
やばかった、フロウ恐るべし。
〈…………〉
「答えられないなら降参かな? 降参かな~?」
〈……! 待ちなさい、思考中です〉
「ではこれから10数える間だけ待ちます。その間に答をどうぞ。い~ち、に~……」
〈……! ……!〉
「……きゅ~、じゅ~! はい時間切れ~」
〈……不思議です。カウント内に答えられなかったことに対し、言い知れぬ残念さを感じました〉
「では、正解の発表です」
俺はおもむろに懐から小さなメダルを2枚取り出す。
これもトレーニングの合間に思いつき、フロウに用意してもらったものだ。
あまり厚みが無いからそれほど重くはない。直径は20ミリくらいで、中にゲートの魔法陣を刻んであるから、どこかのゲーセンでも使えそうな外観だ。
「コネクト!」
メダルに刻まれた魔法陣が消え、そこに穴が生まれる。この穴はメダルの裏からでは見えない。
そして2枚のメダルの穴は、お互いが空間的に繋がっている。
「はい、この片方の穴に棒を入れると……こうしてもう片方から棒の先端が出てきます。そこでこのメダルを向かい合わせ、棒の端と端を合わせると……あ~ら不思議! 端の無い棒の完成です!」
繋ぎ目を接着か溶接でもすれば完璧だが、概念的にはOKなはずだ。
〈なるほどゲートを使うわけですか。それなら確かに端は無くなります……思いつけなかったのが残念です〉
「端の無い棒……あれ? これって概念的には無限に長い?」
向かい合わせたゲートは合わせ鏡のような状態になっているはずだ。
無限に続く空間的な合わせ鏡。ゲートを十分大きなものとしてイメージしてみよう。
「……うん、やっぱりどこまでも続く無限に長い棒になっているはずだと思うけど」
〈その認識は誤りです。例えばリング状の物があっても、それを無限に長いとは言いません〉
「え? いや、それはそうだけど、これはリングじゃ無いし」
〈似たようなものです。棒を曲げる代わりに空間を曲げた、真っすぐなリングとでも言うべきものです〉
「……そうなるのか?」
理屈は分かるがイメージがついてこない。3次元的な合わせ鏡ってどんな性質なんだ?
イメージする。俺の前に並ぶ無限の俺。
実際の合わせ鏡と違うのは、俺の後ろ姿が延々と続く所だ。
俺の前にいる俺にボールを投げる。すると、俺の後ろから俺にボールが当たる。それなら、俺の前の前にいる俺にボールを投げたら?
……一回俺の後ろから俺を飛び越えて、それから俺の後ろから俺に当たるのか。なんかややこしいな。
「フロウ、じゃあこんな場合は? 大きなゲートがあったとして、間隔を狭めて向かい合わせ、その間で大声を出したら大合唱みたいなもんだから相当な音量になるんじゃないか? 右にも左にもたくさん俺がいて、大声を出してるわけだし」
〈拡散と減衰から考えてある程度大きな声になるとは考えられますが、やはり認識が間違ってますね。何を間違えているのか分かりますか?〉
「間違い?」
〈10数える間に答えなさい。い~ち、に~……〉
「なっ!? ちょっ、ま……」
〈……さ~ん、し~〉
「待った! 今考えるから!」
〈待ちません〉
「うおっ!?」
なんか今の待ちませんには力が篭ってた気がする。
くっ、イメージに間違いは無いはずだが、どこが間違ってる?
〈……きゅ~、じゅ~! はい、時間切れです〉
「うぬぬ……」
〈それでは正解を……〉
「言わなくていいから! こういうのは自分で考えてこそ身につくから!」
〈…………またしても言い知れぬ残念さを感じます〉
その後、しばらく考えて気がついた。
両隣に、たくさん俺がいると考えたのが間違いか……。そう見えるだけで、実際には俺は1人しかいない。
俺がたくさんいるような現象が起きるだけなのだ。
よって先程の話、正しくは『右にも左にも俺の声が行き来するから大きな声になる』といった表現なら正解だったのだろう。
空間が繋がるとややこしいことになるな。
よく考えてみれば、片方に入ったものがもう片方から出るだけの現象だって分かるけど。
しかしこの後、フロウがまたクイズを出せとしつこかったのには参った。
クイズ、好きなのかね……?




