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第16話 槍


 魔法の熟練度上げと筋トレに加え、槍を持っての動きを訓練することにした。

 フロウに用意してもらった槍は長さ2メートル。俺の身長より頭一つ長い程度だが、森の中ではこのくらいが手頃だろう。


 まずは槍の握り方だが、こういうのは小指にポイントがあると聞いた事がある。

 右手の小指をしっかり締めて握り、左手は添える程度……。

 あれ? 左手は添えるだけって何のスポーツだっけ。

 確か剣道は、むしろ左手でしっかり握り、右手は添えるだけ、だったかな……。どうしてだろ。


 この槍が竹刀だとして、こう握った時に……ああ、なるほど。

 左手が握りの下側を握らないと、関節の可動範囲の関係で、うまく振り回せない。

 更に、左手だけをしっかり握り、右手を添える感じにすることで、振りが安定するようだ。


 槍はどうだろう。槍をもつ姿勢はこうだから、槍の後方を右手で握る……。

 うん、最初に思った通り、しっかり握るのは右手の方でいいようだ。

 両手でがっちり握るというのは……ないな。動きが固くなる。


 よし、とりあえず突きの練習してみるか。

 握りに気を配り、突いては引き、突いては引きを繰り返す。しかし、どうもいまいちだ。


 なんでだろ。腕の振りだけで突いてるせいかな……。槍って踏み込んで使うんだっけ?

  そういえば剣道にしろ拳法にしろ、踏み込みの足は重要だ。よし、突きながら踏み込んでみよう。


 突きと同時に右足を勢いよく踏み込んで……。

 おお、これならリーチも活かせていい感じだ。踏み込むことによって断然攻撃に力が乗った。

 突くときにコークスクリューみたいな捻りを加えたらどうかな?


 突きの瞬間に手首をグッと捻り込んで……お? 感覚的には威力が増した気がする。

 名付けてコークスクリュー突きといったところか。

 ……いや、絶望的に名付けのセンスが無いな。もっとこう、さりげなく渋い名前はないものか……。


 ――そんな訳で、しばらく技の名前で頭を悩ませていたのだが……。


螺穿孔(らせんこう)!」 


 ついに技名が決まった。技の名を叫びながら放つと気合いの入り方が全然違う。


 剣道だってそうだろう。面ひとつをとっても、掛け声が『メン!』と『メェエーーーン!』ではまるで違う。

 確か気勢ってやつだな。『メン!』も言わずに面を打つと、入っても一本にならない。そのくらい掛け声って大切なのだ。


 うむ。こうして考えると、剣道というのは実に理に適っている。技の名が短く、非常に叫びやすい。

 その叫びやすい技の名だが、上級者ほど何言ってるのか分からない発音になる傾向があるという。


 それはつまり必殺技だ。技そのものが、では無い。掛け声の発声とか、抑揚そのものがもう必殺技なのだ。

 長きに渡る研鑽の結果、『メーン!』という掛け声は形を崩し、高名なる書道家の如く自由なる表現で発声される。

 そこまで昇華された掛け声は、もはや余人の理解を許さない孤高の領域――。


「螺穿孔!」


 うむ、だんだんさまになってきた気がする。俺の習練はまだ始まったばかり。いきなり技名を崩しての発声は壁が高すぎる。


 したがって『らせんこう!』を『ラセンコォ!』と発音するあたりが初心者としての限界か。


螺穿孔(ラセンコォ)!」


 やはりこれだな。ふふふ、技の熱さが段違いだ。

 この技を研ぎ澄まし、やがては強化型のバリエーションを作りたい。そう、例えば……。


「真・螺穿孔!」


 おお、結構しっくりとくる。

 『真』は定番だが、鋭さを感じる響きが技を冴えさせるな。あと定番と言えば……。


「螺穿孔・零式!」


 よーし、渋い。渋すぎる。研鑽された武の歴史を感じさせる重厚なる響き。気のせいか、技の冴えは更にアップしたようだ。





 ――しばらく螺穿孔を試していると、フロウが調子を尋ねてきた。


〈ラント、槍の具合はどうですか?〉

「ああ、なかなか軽くて扱いやすいな。ちゃんとした扱い方がわからないから、その辺は適当だけど」

〈そうですか? 良い動きに見えますが〉

「あれ? フロウって槍術とか知ってたりする?」

〈いえ。ですが初心者にしては良い動きに見えます〉


 がっくり。でも実際初心者なんだから、素直に喜ぶべきか。


〈しかしラント。練習の相手もなく、その『ラセンコォ』を繰り返すだけで、実戦で戦えますか?〉

「うっ……」

〈あと、『ラセンコォ』なる言葉はアーカイブに有りません。その概念を教えなさい〉

「ううっ……」


 ちょっと顔が赤くなるのを感じながら、ざっくりとフロウに解説した。


〈螺旋と穿孔を合わせた造語で螺穿孔ですね。その概念を把握しました。では『真・螺穿孔』と、『螺穿孔・零式』への派生について教えなさい〉

「すいません、言ってみただけです。派生なんてしてないです。勘弁してください」

〈――言ってみただけ。理解しがたいですが、把握しました。解析では『螺穿孔』と、『真・螺穿孔』と、『螺穿孔・零式』の相違が見られず、困惑していました。ラントの言動カテゴリーに、『言ってみただけ』を追加します〉

「なんかすいません、ホントすいません」


 螺穿孔を巡るやり取りは、フロウとのコミュニケーションの難しさを感じさせた。

 それでも、フロウがこちらに歩み寄ってくれてると感じるのは、勘違いじゃない。

 認識の違いは、お互いの手探りな歩み寄りで壁を低くしていくはずだ。


〈ラントに提案します。槍でゴブリンと戦闘訓練してみてはどうでしょう〉

「ゴ、ゴブリンかー。ここにはそれしか相手が居ないからなぁ……でもゴブリンかー」


 脳内でフラッシュバックするゴブリン先輩の割れた頭。白目を向いた鬼の形相。


〈今度そのゴブリンと戦いに行くのですから、ゴブリンとの戦闘訓練は敵の能力、および自己の能力を計るのに最適です〉


 た、確かに……。正直断りたいが、これは断れない。

 フロウの提案は理路整然としていて、それも俺のために考えてくれた『提案』だ。


『戦闘訓練しなさい』とは違う。『戦闘訓練しませんか』と尋ねているのだ。つまり命令せずとも俺が最適行動を取ることを期待し、提案によりそれを促している。


 紳士脳変換ならこうだ。


『お兄ちゃん……。私、学校でゴブリンに告白されたの。明日の夜、鍵の壊れた体育倉庫で返事を待ってるって……。お兄ちゃん……そのゴブリンと、戦闘訓練してみない?』


 うむ。これを断るという選択肢は無い。


 仮に『断る』という選択肢を選んだ場合、ビープ音が鳴り、『そんなことは出来ない!』という脳内音声で選択肢画面に戻されるだろう。

 ならば選択肢は当然、『戦闘訓練する』の一択。


 夜の体育倉庫でゴブリンと、絶対に負けられない戦闘訓練が開始される。

 翌日の体育倉庫には、立入禁止の黄色いテープが張られているはずだ。

 それは妹を守りきった兄を祝福する、幸せの黄色いテープ。


「――やるよ、フロウ。ゴブリンと戦闘訓練」

〈わかりました。――少し意外です。能力強化に前向きなのは評価出来ます〉


 よっし、地味に好感度UPした気がする!

 しかしゴブリンと訓練するのはいいが、まだ俺のステータスはゴブリンに及んでいない。

 筋トレやレベルアップでそこそこ近付いたのだが、まだ足りないのだ。

 だいたいレベルアップでの増加分が思っていたよりセコく、筋力なんかの場合でプラス2とかしか上がらないのだ。

 レベル1からレベル3へとレベルアップしたわけだが、筋トレでの増加分の方がまだ上回っている。


 これが当初から比べた現在の筋力だ。


 筋力 17 → 29


 レベルアップによる増加は4。対して筋トレによる増加が8である。

 それでも当初とはすっごい違うのは実感出来る。しかしゴブリンの筋力は40近くもあるのだ。


 つまり訓練とはいえ、ゴブリンにボコボコにやられる可能性もあるわけで……。

 有利な点といえば、こちらはプロテクター的な防具をつけていることか。ゴブリンは腰に毛皮巻いてるだけだから、裸に近い。

 こちらの攻撃がまともに入れば、大ダメージを与えられそうだが……。


「魔法抜きでお互い槍だけで戦うなら、穂先は外した方がいいな。あと、あらかじめポーションを用意してほしい」

〈その条件なら、余程でない限り致命傷にはなりませんね。用意しましょう〉


 死にさえしなければ、ポーションで何とかなりそうだしな。俺の要望通り2メートルの木の棒が2本用意された後、すぐにゴブリンが呼ばれた。


「ゴブブッ」


 これから何をするのか理解しているらしく、ゴブリンはおとなしく棒を受け取った。

 以前戦ったゴブリンDは殺る気満々の眼をしていたが、こいつは卑屈そうな愛想笑いを浮かべている。


 ちなみにこいつはゴブリンCだ。俺がゴブリンDを倒してからは、表向き卑屈な態度になっている。これならとりあえず、殺しにくるような勢いで襲ってくる事は無いだろう。もっとも、こちらが弱いと見れば態度が豹変すると思う。


 ゴブリンと俺は5メートルほどの距離を置き、お互いに棒を構えて向かい合った。


〈では始めなさい〉


 左半身をゴブリンに向け、突きの構えで待つ俺に、ゴブリンは棒の端の方を竹刀のように握って上段から振り下ろしてきた。槍の扱い方じゃないな、剣道かよ。


 いや、それは剣道に失礼な例えか……こいつのはただの棒振りだな。

 槍のかわりに用意した棒だけど、ゴブリンにとってはただの振り回す棒か。


 ゴブリンの大振りを、棒を頭上に捧げ持つようにしてガード。


 つっ、衝撃で手の平が痛い。

 革手袋をしているが、それでも衝撃が突き抜けてくる。

 こんな衝撃だと、攻撃をがっちり受け止めちゃ駄目か。まともに受けず、流すようにすれば……っと!?

 考える暇もなく、横から斜めからと次々に打ち込まれる。ガードするのに精一杯で、こちらから攻撃するなんて無理っぽい。


 攻撃を流すなんてどうやれば出来るんだ? そもそも突きなんて入れてる暇が……あ、やべっ……!


 棒でのガードが間に合わず、咄嗟に右肘を上げてガード。プロテクター越しに衝撃が伝わるが、思ったよりダメージは少ない。あって正解だったな、プロテクター。

 しかしこのままだとやばい。

 ゴブリンは棒の根本の方を竹刀のように握ってるから、やたらとリーチがあって近づけない。俺もそうするか?


 いや、そんなことしてもパワー負けするだけだろう。筋力はあちらが上。俺は握りの間隔を離し、やや中寄りに棒を持っている。だから、それほどパワー負けせずにすんでるんだ。テコの原理的なやつだな。

 野球でのコンパクトな握りみたいな感じだから、長い棒に振り回される事なく、ゴブリンより素早い動きができる。

 しかしこのリーチの差は厄介だな……ん?


 リーチが長い……。やってみるか。

 俺が考えてる間にも、ゴブリンは攻撃の手を休めない。それどころか、打撃にますます力が入ってきた。

 卑屈そうだった顔が、今は嫌らしい笑みに染まっている。

 たぶん、『こいつ、実は雑魚なんじゃね?』とか思い始めたのだろう。

 確かに魔法抜きならその通りなのだが。


 大きく振りかぶって打ち込まれるゴブリンの棒。何度も、何度も。よし、ものは試し!

 コンパクトな構えからゴブリンの大振りを思い切り弾き、同時に踏み込んで距離を詰める。

 ゴブリンは驚きつつも、弾かれた棒でまた俺を打とうとする。だが、それが棒の根本なら威力は半減するのだ。

 そして俺はすでにゴブリンの胸元にいる。


螺穿孔(ラセンコォ)ォオーーーッ!!」


 気勢をあげ、捻りあげた棒を一心に突き出す。それはゴブリンの鳩尾に吸い込まれた。

 肉にめり込む感触がして、ゴブリンの腹が波打つ。

 ゴブリンは声もなく大きく口を開け、前のめりに崩れ落ちて痙攣する。


 ……これは立てないな。

 …………勝った、か。冷や汗ものだったが……なんとか決まったな。

 根本なら当てられても大丈夫と思ったから動けたが、相手が本物の槍とか剣だったらとても踏み込めた気がしない。


 棒を竹刀のように振り回すゴブリンを相手に、槍はリーチがあって有利というイメージが崩れてしまった。

 俺の使い方次第なんだろうが、刀剣相手に軽い木の槍では、折られたり切られたりもしてしまうだろう。

 今回突きが入ったのだって、ゴブリンが大振りしていて隙があったからだ。


〈ゴブリンに魔法無しで勝てましたか。槍も十分に扱えるようですね〉

「いや、思ったより難しい……まだ実戦じゃ使えないな。しばらくはとどめ刺し専用にするよ」


 槍で身を守るにしても、素手よりマシと考えよう。


「あ……ゴブリンまだ動かないな。大丈夫かな?」


 ゴブリンは石床の上で胸を抱えるようにうずくまったまま動こうとしない。ちょっと心配になってきた。


〈そうですね……ゴブリンを動かしてみて下さい〉


 フロウに言われゴブリンの肩をポンポンと叩いてみるが、反応が無い。仰向けにひっくり返すと、白目をむいて口から泡を吹いている。


〈――気絶しています〉


 ちょっと焦ってしまったが、気絶していたようだ。


〈――呼吸停止。心臓停止。死にかけてます〉


 おいいいっ!?


 俺は慌ててゴブリンの口の中にポーションを突っ込んだ。



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