第15話 無表情
「グラビティ解除!」
シスネさんがふらふらと座り込む。
「シスネさん大丈夫ですか!?」
「え、ええ。大丈夫です……。驚きましたけど、耐えられると思ったのですが……」
「もしかして、目の前が暗くなりました? 日が陰ったようになりました?」
「そう、その通りです」
「この魔法を受けると、一時的に頭の血が足りなくなる事があるので、そのせいですね。少し休めば大丈夫、心配いりません」
ざわついていたコボルト達はそれを聞いて安心したようだ。
シスネさんの貧血状態はすぐに回復し、またキリッとした顔に戻った。
「ラント様、もう大丈夫です。しかし先程ラント様は、少しずつ重くするとおっしゃいましたね……。ということは、まだまだ重くなるはずだったのですね?」
「今ので
2倍です。可能なら8倍まで試すつもりでした」
「……すっごい。確かにすっごい魔法です。身に染みて理解出来ました」
「あの……あまりすっごいと言われると、いたたまれないと言いますか……」
――シスネさんのグラビティ体験は2Gで終了した。
俺的にはシスネさん、まだまだいけたはずだと思う。
しかし元来コボルトは魔法に恐れが有るらしく、無理はさせられなかった。
俺が魔術師様と持ち上げられるのも、その恐れのためだと思う。
グラビティの実演は終了したが、もう1つ試しておきたい案件があった。
「えー、注目。お渡ししたスリングですが、皆さんの中には、どうしても的に命中させられない、という方もいるでしょう」
コボルト達を見渡すと、自信ありそうな者は尻尾を振り、なさそうな者は尻尾を垂らした。
「そこで用意したのが、この鉄球です」
麻袋から5ミリほどの鉄球を一つ取り出し、指で摘んでコボルト達に見せる。
「この鉄球をまとめて投擲することにより、狙いが甘くても当てやすくなります。有効距離は短くなりますが、十分敵を怯ませる事が出来るでしょう」
おおーと感嘆の声をあげたコボルト達は、近くで良く見ようと集まってきた。
そして鉄球を間近で見たコボルト達の顔が、残念なものを見たそれへと変化していく。
わふわふと小声で感想がつぶやかれる。
「わふ……あんな小さな玉――」
「わふ……小さすぎる――」
「わふ……もし当たっても――」
まあそんな感想になるのは予想してた。実演を見せれば意見も変わると思うんだけどね……。
「皆、ラント様に失礼ですよ」
おおー、またまた人垣を押し退けてシスネさんの登場だ。
「ラント様、皆の失礼をお許し下さい。そして、その鉄球による投擲ですが……その標的として、この肉体をっ、お使い下さい!」
なっ、なんだってーっ!?
「シ、シスネさん……これ、小さいけど……痛いですよ?」
「情けなくともこのシスネ、魔法には臆してしまいましたが、我が肉体は並のゴブリンなどより遥かに強靭! わずかばかりの痛みになど……!」
「……すっごい、痛いですよ?」
「………………」
あ、いま尻尾がピクッて巻きそうになった。
「な、なんの! いずれはゴブリンどもめが味わう痛みとなれば、むしろ痛むほどに楽しみというもの!」
おおー、漢! 漢だよ!
「たたた、ただっ! ラント様が投擲するとなれば、いかに我が肉体といえど、受け止め切れずに落命するは必至! なにとぞ他の者に、投擲をお任せ下さい!」
「い、いやシスネさん? 確かに痛いとは言いましたけど」
「はいっ、しっかり聞きました! 痛いと……すっごい、痛いとっ! なにとぞ、なにとぞ他の者の手から私に投擲を!」
「えーと……わかりました。では誰か、他のかたに頼みましょう。という事で、シーベル!」
「わふぅ!?」
いきなり名を呼ばれたシーベルの声が上擦る。
「ラ、ラント。オレ無理……」
しかし辞退しようとするシーベルの逃げ道を、シスネさんが塞いだ。
「シーベル。ラント様の御指名です。任せましたよ?」
「ふぅあっ!?」
シーベル、初めて聞くパターンの叫びだな。
「ラ、ラント……。これ、すっごい痛みで、必ず死ぬ……本当?」
「そんな物をシスネさんに使うわけ無いだろ? ほら、シーベルになら分かるはずだ」
「……分かる。すまない……オレ、凄く慌てた」
たぶん痛いのは本当だが、万が一にも死ぬ事はない。もしもの時は俺の持ってるポーションで治せばいいのだ。
シスネさんには悪いのだが、この鉄球散弾をコボルトがスリングで投げた場合、どの程度の威力になるのか知っておきたい。
当たっても痛みを我慢できる程度だと、戦闘の役には立たないからな。
「ほらシーベル、この袋に鉄球が入ってるから。ひと掴み分をスリングにセットするんだ」
「わ、わかった。こうだな」
うお……シーベルのひと掴みって、あんなに……? スリングの窪みに全部乗るかな……? おお、乗ったな。
「シスネさんとの距離は……そうだな……。シーベル、20メートルにしとこうか」
最初十メートルを考えていたのだが、なにしろ鉄球の数が想定より多い。念のため多めに距離を取らせないとな。
「ラント……こ、このくらいか?」
「うん、そのくらい。あ、シスネさんは盾を持って、顔だけは守っててください」
「ラ、ラント様、なぜ顔を守れと?」
それはもちろん、シスネさんの目が潰れるからだ。でもそれを言うと、恐がらせるかも知れないからな。
「シスネさんの美しい顔に傷を付けないためですよ」
「ラント、嘘はよくない」
うわ、シーベル! そういえば嘘は付けないんだったな、油断した。早速コボルト達がざわつく。
「わふ……嘘――?」
「わふ……長の顔が美しい……嘘――」
「わふ……長は隈取模様……般若顔――」
うわ、酷い風評被害だ。悲しそうな顔のシスネさんに慌てて真実を告げる。
「あー、訂正します。シスネさんの美しい湖のような目に当たると、最悪潰れるからです」
「ま、まあ……」
途端に尻尾を振って嬉しそうにするシスネさん。逆にシーベルは尻尾がくるりと股間に巻かれたな……。
――その後も紆余曲折はあったが、鉄球散弾の威力は無事確かめられた。
その威力は、シスネさんをめっちゃ涙目にさせ、シーベルをガクブルにさせるものだった。
俺はシスネさんを労い、ポーションを使用しておいた。
……なんか凄い喜んでた。
有効性が確認された鉄球散弾は、スリングの命中率が低い一部のコボルトに使わせる予定だ。
こうしてするべきことは大体終え、俺は今、ダンジョンへと戻って来ている。
予定では3日後にコボルト達とゴブリン狩りに行くことになっているが、それまでには彼らもスリングの扱いに慣れるだろう。
そのゴブリン狩りだが、話し合った結果直接ゴブリンの巣穴を攻めることに決まった。
森を荒らされたコボルト達の食料事情もあるが、理由は他にある。
ゴブリンにスリングへの対抗手段を与えることなく殲滅するためだ。
スリングという武器は片手で使用できる。片方の手に盾を持ち、ゴブリンの矢を防御しながら距離を詰め、攻撃できるわけだ。
対して向こうは両手を使う弓であり、コボルトの投石を防御しながら矢を射ることは難しい。
この点ではこちらが有利なのだが、ゴブリンがスリングの存在を知った後、どう動くか。
スリングへの対策を取られるだろうし、構造が単純な武器だけに、真似されないとも限らない。そこで、やるなら一気にというわけだ。
巣穴への急襲ということで、ゴブリンキングの存在が危惧されるが、これには徹底した遠距離攻撃で対処することになっている。
当初は避けようと考えていた対決なのだが、これならそう酷いことにはならないだろう。
これらの作戦を聞いた後、フロウが尋ねてきた。
〈ゴブリンキングは脅威ですが、近寄らずに済むなら比較的安全ですね。ですが万一、それで倒せない場合はどうするのです?〉
「もちろん、逃げる」
〈――正解です。目的はレベル上げであって、ゴブリン殲滅では無いのですから。それが分かっていれば大丈夫です〉
とはいえ、ゴブリンキングもあの投石を受けてノーダメージってことは無いんじゃないかな?
シスネさんの投石、相当威力が有りそうだったし。
「そうだな。慎重に強くなって、フロウを守れるくらいにならないと」
〈ラントが頼れる戦力となることを期待しています。当初は罠に落ちている姿などを見て、失望こそしましたが……〉
「くあ……あの時か。フロウが無表情なんでわからなかったけど、やっぱりそうか……」
あの可愛い顔で、『こいつ使えねえ』とか思われてたわけね。
〈ですが、今は期待しています。……私が無表情……ですか?〉
「え? 自覚は無いんだ?」
〈表情とは……感情表現の一つですね。特に必要とは思えません〉
ドライだ、ドライ過ぎるよフロウ!
「いや、必要ならある! 例えばにっこり笑って、『頑張ってね』なんて言われたら、俺のやる気がぐんと上がるし!」
〈ラントは時たま理解しがたいことを言います。ですが――試してみましょう〉
フロウがそう言い終えると、淡い緑の光が集って、そこから少女形態のフロウが現れた。マジで!? にっこり笑ってくれるの?
相変わらずの無表情な顔に、澄んだエメラルドの瞳。
その目が俺を見詰め、小さな唇が言葉を紡ぎだす。
〈――頑張ってね〉
無表情っ!?
〈どうです、やる気は出ましたか?〉
くっ……、指摘してやりたいのは山々だが、フロウとしてはあれで精一杯なのかもしれん。
そんな健気な少女を傷付ける言葉など、紳士たる自分がどうして吐けよう。
しかしもう少し、あと少しだけ頑張って欲しいっ!
「そ、そのあとに、お兄ちゃんって付け足してもらえると、俺のやる気が更にアップ!」
〈――かなり理不尽な要求を、されている気がします〉
くっ、確かに! 確かに理不尽だがっ!!
〈ですが、いいでしょう。――頑張ってね、お兄ちゃん〉
「やる気出たーーーッ!」
無表情なのはデフォルトのままだったが、それはもはや関係ない。俺は思わず両手を握りしめていた。
〈理不尽、かつ不可解です。しかし――〉
あ、もう消えた……消えるの早っ! やはりダンジョンが成長しないと、長く姿を保つことは難しいのか。
「あ、そういえばフロウ、槍が欲しいんだが」
〈槍ですか? 近寄らず安全に戦うのでは?〉
「そうだけど、ゴブリンにとどめを刺す必要があるだろ?」
なるべく距離を取ってとどめを刺したいからな。
〈なるほど、とどめ用ですか。では軽い槍を用意しましょう。他に必要な物はありますか?〉
「あとは……そうだ、スパイクシューズなんて用意できるかな?」
デ・グラビティは現在、対象の重さを八分の一にすることができる。
この状態で走ったら素早い移動が可能……と、考えていたのだが、試してみたところ、現実にはそう都合よくいかなかった。むしろ移動が遅くなったのだ。
まず走りだす瞬間に足の裏が滑り、パワーロスが発生する。
地面から高く飛び、着地はゆっくりで、まるでスロー再生みたいになる。
空気抵抗で減速され、思ったように進まない。
追い風ならともかく、向かい風だったりしたら最悪だろう。
で、次の一歩を蹴り出したらまた足が滑り……といった具合だ。
これには正直ダメージを受けた。俺の忍者走りの夢が……。
とはいえ、ジャンプ力を得られるのは確かだし、足が滑らないようにするにはスパイクが必要だ。
〈用意出来ます。わかりました、槍とスパイクシューズですね〉
フロウに用意してもらう物はこんなところか。
スリング用の散弾は、3000発ほどコボルト達に送ることにした。
しかし小さいとはいえ鉄の弾。重量が馬鹿にならない。
そこで再びシーベルに渡したゲートの出番である。
こちら側のゲートからあちら側のゲートに流し込こんでしまえばいいのだ。
鉄球の大きさは、ゲートに合わせて8ミリと、少し大きめにした。この大きさなら、なんとか余裕を持ってゲートを通る。
漏斗のような仕掛けを作り、一気に流し込めば楽々コボルト達の所へ届く算段だ。
魔法の熟練度上げは、今はクイックに絞って上げている。
グラビティの方は最大8Gの出力があるので、とりあえずは間に合うはず。
ゴブリンで実験した結果、5Gでほぼ動きを押さえられるのを確認した。
力士を背負わされるようなものだからね……って、力士はイメージしちゃ駄目だってば。
まあ、まともな動きが出来なくなるのは確かだ。
さて、あとは体を鍛えておかないとな。腕立て60回は出来るようになったから、次は70回が目標か。
くく……見よ、この肉体を。
もう浜辺で貧弱な坊やとは呼ばせないッ!




