第14話 実演
ようやく固い干し肉との奮闘に勝利し、話ができるようになった。
お茶が飲めれば良かったのだが……。ちょっと恐くて飲む気になれず、申しわけないが手つかずのままだ。
干し肉は少しだけ食べたけど、それでも味がアレだったしね……。
さて、話を進めよう。後ろに控えていたシーベルに声を掛け、スリングの入った麻袋を受け取る。
「え―、それではゴブリンの撃退についてですが……」
部屋の中のコボルト達が注目する。
「俺の魔法だけで対処するのは、正直厳しいと思います。それで皆さんが主体となって戦えるよう、弓に対抗して石を投げる武器を用意しました」
「石……、ですか……」
あ、反応悪い。仕方ないな。石を投げる武器って弱そうに思えるから。
「長、この武器使える。オレ達でも、弓矢と戦える」
シーベルが腰のスリングを外し、シスネさんに突き出すようにして見せる。
シーベルの握ったスリングは、コボルト達の注目を浴びながらプラプラと頼りなさげに揺れていた。
それを見詰めるコボルト達の目は、とても残念なものを見る目になっている。
「そ、そんな紐が武器……。い、いえ、ラント様が用意して下さった武器ですし、もちろん期待できるかと思いますが……」
そんな紐ときたか……。
言葉とは裏腹に、シスネさんも残念そうな目でスリングを見ている。
シーベルがスリングをプラプラ揺らすまま、場がいたたまれない空気になって来た。
こうなったら口で説明するより先に、手っ取り早く実演を見て貰おう。
「これの威力についてですが……シーベル、外でみんなに実演してくれないか?」
「そう、だな……そうした方が、いいか……」
とりあえずシーベルの実演を見ることに決まり、コボルト達がぞろぞろと外に出ていく。
尻尾がだらりと下がったシーベルが、俺の隣に来てうなだれた。
「すまん、ラント……」
やはりシスネさん達の反応にがっかりしていたらしい。そんなシーベルに、気にするなとさりげなく背中をなでる。
なでなで。久々に感じる毛皮の感触。
なでなでなで。
犬や、犬の毛皮! しかもハスキー犬っ!
わしわしわしっ!
「ラ、ラント。あまりそうすると、パチパチ、するのだが……」
「お、おお……すまん」
つい、撫でる手に力が篭っていたようだ。シーベルが困ったような顔をしている。反省……。
全員が屋外に出ると、シーベルは適当な大きさの石を何個か拾ってきた。
標的として村の中に生えている木から一本を選んでもらう。
その木の生えている場所から、どのくらいの場所までゴブリンの矢が届くのか聞いた。ゴブリンの射程より離れた位置から投げてもらうためだ。
ちなみにコボルトの使う距離単位、脳内で自動変換されているようで、俺にはメートルとして聞こえる。
ゴブリンの引く弓の射程は、最大100メートルから110メートル程度であるらしい。
その位置を示してもらい、そこから更に10メートルほど離れた場所、木から120メートルの位置に足で線を引く。
ん……村のコボルトが遠巻きにだいぶ集まってきたな。
「それでは、この位置からシーベルにスリングを試してもらいます。この位置は、先程教えてもらったゴブリンの射程より、少しだけですが、遠いです」
「ラント様、この距離からでは……届かせるのも、難しいと思いますが……」
シスネさんが心配そうに標的の木を見ているが、大丈夫。届くはずだ。確かに当てるのは難しいかもだけどね。
「練習が必要な武器なので、最初のうちは当たらないかも知れません。それでも、飛距離と威力のイメージは掴めると思います」
俺の説明に、シーベルもうんうんと頷く。
「長、見れば、わかる」
おー、シーベル頼もしい。
半信半疑のコボルト達が見守る中、シーベルがスリングを腕にセットして石を振り回す。
幾度か回転させ、握りこんだ紐を離すと、鋭く風を切る音とともに石が標的に向かった。
あ、シーベルちょっと力んでたかな? 狙いが甘い。石は木の右上の方に当たり、繁っていた葉を散らして突き抜けた。
おおと言う溜め息が周囲から漏れる。でもシーベルはといえば、やはり不満そうな顔だ。
「残念……外した」
「いや、シーベルあまり練習してないし、十分な実演だったよ。さて皆さん、見ていだいたように、飛距離は問題ありません。狙いを付けるのは難しいかも知れませんが、威力はそこそこあると……」
実演の結果について解説していると、シスネさんがいつの間にか俺のすぐ横に来ていた。
シスネさんはシーベルの狙った木をじっと見たあと、目をキラキラさせて言った。
「あれは私にも使えますか?」
「え、ええ、もちろん使えますよ。ちょっと待って下さい」
麻袋からスリングを取り出し、使い方を軽く説明する。
するとシスネさんは早速腕にスリングをセットし、拳ほどもある大きな石を拾って振り回し始めた。
いや、あの石……ちょっと大き過ぎるんじゃないかな……。
シーベルもそう思ったらしく、不安な面持ちでシスネさんの投擲を見守る。
ヒュンヒュン、ビュッ!
――ドカッ!!
俺達の心配もよそに、石は見事に幹の中央に命中し、木が鋭く震えて葉が何枚も落ちた。
す、すげえ……すげえよシスネさん。一発で当てちゃったよ。
しかもあの大きさの石であの勢い……。一体どれほどのパワーを秘めているやら。
俺の隣で、さっき当てられなかったシーベルがいじけている。
アレを見せられたらね……分かるよシーベル。
ほらほら、背中なでてやるから、な? ほーら。
あ、シーベルまた微妙な表情。
「素晴らしい威力……こんな紐が……これほど……」
おっとシスネさん。また本音が漏れ出てますね。
「どうですシスネさん。『こんな紐』でも、ゴブリンに一泡吹かせられると思いませんか?」
『あっ』て顔して、シスネさんは気まずげに頭を下げた。
「申し訳ありませんラント様。この目で見、この手で確かめるまで、これの力を想像も出来ませんでした。私どもの不見識と失礼をお許しください」
うっ、そんな素直に詫びられると、俺のささやかな意趣返しが恥ずかしい……。
「い、いや。これ見た目はすごく地味ですから。その、シスネさん達が頼りなく思っても、恥でも何でもないです」
「では、お許し頂けると……?」
「そんな、許すだなんて。シーベルだって何も気にしてませんから。だよね、シーベル」
「わふっ! な、なぜオレ!?」
急に話を振られたシーベルが慌てている。そんなシーベルにもシスネさんは詫びた。
もちろんシーベルは、詫びる必要なしとすぐにシスネさんの頭を上げさせた。
「ところでラント様、この武器はいかほど用意して頂けるのでしょう」
「あ、ええ、60ほど用意してきましたけど、足りますか?」
「ありがとうございます。それだけの数があれば十分です。ではもう何回か試しますね」
えっ、まだやるの?
ヒュンヒュン、ドカッ!
ドカッ! ドカッ!!
うん、これはもう、スリング壊れるかも知れないね。シスネさんには特別丈夫なのを用意しないと駄目かも……。
その後もシスネさんは子供のように夢中になって投擲していたが、木の幹が白く露出してきたところで満足したらしく、投擲するのをやめた。
「ふう……」
シスネさんは、さっぱりした顔で尻尾を振っていたが、皆の視線に気がつくと尻尾の動きがとまる。
「お、おほん。見ての通り、これは素晴らしい武器です。さあ戦士達よ。ラント様からスリングを頂きなさい」
「はっ!」
遠巻きにしていたコボルト達の輪から数十人が駆け寄ってきて、口々に礼を言いながらスリングを受け取った。
「皆受け取りましたね。ではあの木をにっくきゴブリンと思って投擲するのです。さあ、始めなさい」
「「「はっ!」」」
シスネさんの号令で、それぞれが一斉に投擲を始める。
飛んでいく石は高さも方向もバラバラで、まるで運動会での玉入れを思わせるような光景が出来上った。
それでも暫くすると木に当たる石が増え始め、うまく当てたコボルトは嬉しそうに尻尾を振っている。
「投擲中止!」
シスネさんの号令でコボルト達が投げるのをやめた。
「よいですか、ゴブリンはあの木と違って素早く動き回ります。動かぬ標的にさえ当たらないようでは、話になりません」
そんなこと言っても、シスネさんが特別過ぎるんだと思うぞ。
「ラント様。あの者たちに、ひとつお手本を見せてやって下さいますか」
「――えっ?」
「どうぞお願い致します」
「「「お願いします!!」」」
シスネさんが頭を下げると、まわりに居たコボルト達まで一斉に頭を下げてきた。
ちょ……。お手本とか言われても、俺もそんなに練習したわけじゃないし、そんな自信は……。
「ささ、ラント様。こちらの石をお使い下さい」
これでかすぎるし! 慌てて断ろうとシスネさんを見ると、期待で目をキラキラさせている。
どうしようかと躊躇っているうちに、一同は俺の周囲に集まって見学モードに入っている。
「え、えーと……。俺は魔術師なので、威力には期待しないで下さい。人間が投げる場合にはこう投げるという、あくまで参考までに投げます」
みんなうんうんと頷いてるけど、本当に分かってるのか?
あの木……プレッシャーのせいか、こうして見ると距離があるな。あ、当たる気がしない……。
ずるいけど、あれより手近な目標を見つけて、そちらを狙わせてもらおう。
……あの低木までなら
50メートルくらいかな? よし、あれにしよう。
「それでは、俺はあの木を狙います」
そう言って目をつけた低木を指差すと、コボルト達がざわりと騒ぎだした。見ると口々に、
「わふっ? あの木を!」
「俺達より、2倍は距離がある!」
「まさか、届くのか!?」
とか言って騒いでいる。
え、どういうこと? 改めて低木のほうを見ると、低木のずっと後ろのほうに太い木が生えていた。巨木ってやつだ。
みんなアレを見て騒いでいるのか。まじか……。
「静まりなさい。そんなに騒いでいたら、ラント様が集中できません」
呆然と巨木を眺めていると、シスネさんが周囲のざわめきを抑えていた。
「ラント様大丈夫です。当たらなくてもいいので、落ち着いて投げて下さいね」
にっこりするシスネさん。
いやー、ハスキー犬でも笑えるんだね。人間みたいな笑顔ってわけじゃないけど、ああ笑ってるなってのが分かる。だけど、さすがにシスネさんも、俺がアレに当てられるとは思わないわけね。
そういうことなら……うん、肩の力が抜けて楽になった。いや、むしろ当ててみたくなった。
ここに来てから俺、魔術師様なんて呼ばれてるけど、まだ魔術師らしい所を見せてない。
スリングはまあ、喜んでくれたけど、俺自身の力とは関係ない。魔術師らしい所も少しは見せておきたい。
自分用のスリングを取り出し、右手に嵌めた革手袋の手首部分に紐を巻き付ける。
……あの巨木まで200メートル以上。下手すると300メートルあるか?
飛距離に関わるのは、速度と空気抵抗と重力。このうち重力はなんとかなるし、速度も少しだけなら上げられるだろう。
スリングにセットした石に、重力軽減魔法を掛ける。
「デ・グラビティ!」
石の重さが大幅に減ったところで、固有時間加速魔法を自分に掛ける。
「クイック!」
これでいくらか動きが速くなるはずだから、後は効果時間内に投げるだけだ。
スリングを回転させ、巨木の上方に狙いをつける。石に掛かる重力は減っているものの、遠心力による重さは結構腕にくる。
手首に巻き付けた紐が、グッと食い込んだ。回転させ、回転させ、最後に思いきり回して紐を離す。
…………おお。
「「「おおおっ!?」」」
拳大の石が滑らかに空を飛ぶ。
大勢の見守る中、石はまるで吸い込まれるように巨木の上方、先の方に繁る葉の中に消えていった。
コボルト達から歓声が上がる。
まあ届いたってだけなんだけどね。空気抵抗まではどうしようもなかったから、威力はそれほどでも無かったと思う。
それでも実験は成功したわけで、ちょっと嬉しかった。
巨木への投擲のあと、コボルト達に質問された。どうすればあんな風に投げられるかと聞かれのだが、俺は魔術師だから、魔法の力だと説明した。
するとコボルト達は、今度は魔法を見たがった。
いい機会だし、ゴブリン戦で結構使うことになるグラビティを体験してもらおう。
「では希望者の方がいましたら、魔法グラビティを体験してもらいます。希望者の方、いませんかー」
わふ……
わふ……
俺を取り囲むコボルト達から希望者を募ったのだが、わふわふとざわつくだけで希望者が出てこない。
「はい希望者のかたー。いませんかー」
わふ……
わふ……
「ほら魔法ですよー、すっごい魔法を体験出来る、今がチャンスですよー」
わふ……すっごい魔法……
わふ……すっごい魔法……
「うーん、……じゃあそこのあなた! 体験してみませんかー」
「わふっ!?」
誰も進み出る様子がないので、適当に指さした。
するとそいつは尻尾がクルッと巻きあがって股間を隠し、ムーンウォークのような足捌きで後方に消えていった。
「……はい希望者のかたー。誰もいませんかー」
これは誰もいないかと思った時、進み出る一際体格と毛並みのいいコボルト。
「ラント様、私が希望致します」
わふ……
わふ……
わふ……
周囲のざわつきが大きくなり、進み出た勇気あるコボルトに注目が集まる。
「シスネさん……あなたなら来てくれると思ってました」
「ふふ。見込んで頂けて光栄です。でも……」
見ればシスネさんの体は僅かに震えている。
「は、初めてなので……優しくしてくださいね?」
「えっ? え、ええ。そうか、魔法は初めてなんですね? 大丈夫、そういう事なら優しく……」
「ああっ、優しくなどと、つい我が儘を申しました。ラント様がしたいようにして頂ければ……」
「えー……」
「さあラント様。私にすっごい魔法を、体験させて下さいませ」
………………。
「あの、ラント様?」
「えっ? あ、ああ。それではシスネさんにグラビティを掛けますね」
シスネさんは、キリッとした表情で俺の目を見た。
「いつでもどうぞ。覚悟は出来ております。さあ、この身にすっごい魔法を……」
「あー、その、魔法……そんなに凄くないかも知れません」
「えっ、そうなのですか?」
「いや、ラントの魔法、凄い」
今までどこに居たのか、ひょっこりシーベルが出てきて言った。
「……いや、ラントすまない、言い直す。ラントの魔法、すっごい」
そこでなんで言い直すと、もの凄く突っ込みを入れたかった。
「あー、シスネさん。俺の魔法がどうであるかは、実際に体験してから判断して下さい」
「はい。どうぞお願い致します」
「安心して下さい。少しずつ体の重さを増やすつもりですけど、危なそうならすぐ解除しますから」
シスネさんがどのくらいまでグラビティに耐えられるのか、それも知っておきたいからな。
念のため、枯れ草のような柔らかい物をシスネさんの周りに敷いてもらった。
それでは始めよう。まずは2Gからだ。
「グラビティ!」
シスネさんの姿勢が、ぐっと沈みこむ。
でもすぐに持ち直した。いや…………様子が変だ。




