第13話 コボルトの村
もう外では日が暮れる頃だ。
ゲートを刻んだ小石を取り出し、コネクトを使ってシーベルに呼び掛ける。
「シーベル、聞こえるか?」
『――ラントか? 本当に、聞こえる……驚いた』
さすが犬耳、結構すぐに反応したな。
「ゴブリンの件は伝えてくれたか?」
『長に、伝えた。ラントと話が、したいそうだ』
う……長か。少し緊張するな。異種族の偉い人とか、どう対応したらいいかわからん。
「わかった。今か?」
『今だ。長に、石を渡す』
小さな音がして、ゲートから聞こえる声が変わった。
『――初めまして魔術師様。この村の長、シスネと申します』
女性の声!? 驚いたな……話し方もしっかりしてるし、まるで人間みたいだ。
「初めまして、シスネ様。シーベルから聞いているかと思いますが、自分はラントといいます」
『っ――!! これほど良くコボルトの言葉を話されるとは……。私のことは、シスネと呼んで下されば結構です。もっと楽に話して下さい』
いやいや、どうなってんだコボルト? ちょっとイメージと違い過ぎて、変な汗が出てきた。
「そ、そうですか。えー、シスネさん……人間がコボルトの言葉を話すのは、珍しいですか?」
『コボルトの言葉を話す人間は、――それほど、いないと聞きます』
「な、なるほど」
『――ましてや、そのように丁寧に話される方など、皆無でありましょう』
「いや、あの……実は、ゴブリンで困っていると聞きまして」
『確かに、あれには手を焼いております。幸い村はまだ荒らされていませんが、しつこく襲ってくるのです』
「それの撃退に、力を貸したいと思うんですが」
『ラント様の申し出に感謝いたします。ゴブリンを少しでも駆除できるなら、願ってもないことです』
「駆除……ですか。だいぶお困りのようですね」
『……あやつらはさかしくも弓矢を使い、こちらが手を出せないとみるや調子づき、森の生き物を片端から殺している、害虫以下の連中です』
「はあ……なるほど……」
『おかげで我らは食料にも事欠く始末。あの卑しい生き物を少しでも駆除できるかと思うと、今から楽しみでなりません。ふ……うふふ……ふふ……』
あ、シーベルが小声でなんか言ってるのが聞こえる。
『……こほん。あの、ラント様。ご助力はとても嬉しいのですが、私どもはろくな御礼ができません。本当に宜しいのでしょうか?』
御礼……? むしろこちらがコボルト達を利用する立場なんだから、そんなの必要ないんだが。
だが、そうか……向こうとしては、自分達の方が助けてもらう立場だと思ってるわけだ。
ならここは、俺から何か要求した方が自然か。
しかし食料にも困ってるようなコボルト達に、何かくれとはとても言えないし。
そうだ……。物ではなく、権利を求めればいい。
「……礼など必要ありません。そのかわりシスネさんにお願いがあるんですが、ゴブリンにとどめを刺す権利を俺にくれませんか」
そう、とどめを刺す権利。
グラビティは現在強力な行動阻害効果を持つが、直接的な殺傷力をほぼ持たない。
戦闘での俺の役目は後方からの支援になる。しかしそれでは肝心の経験値があまり入らない。そこでこの提案だ。
コボルトが弱らせたゴブリンに俺がとどめを刺していくようにすれば、状況が許す限りと条件は付くがずっと多くの経験値が手に入るだろう。
『とどめを刺す権利……。それだけで良いのですか? もちろんこちらに異存はありませんが……』
「あっと、もしかしてシスネさん達も、とどめを刺したかったりします?」
『その思いも無くはないですが、構いませんよ。ラント様に差し上げます』
「そうですか……ではそういう事で。明日の朝シーベルを寄越してもらえますか? 細かいことはそちらで話したいので」
『わかりました。では明日、お会いできるのを楽しみにしております』
――コネクト解除。ふう、なんとか纏まったな。
〈コボルトの長と話がついたようですね〉
俺とシスネさんの会話を黙って聞いていたフロウが声をかけてきた。
「少し気疲れしたけどね。俺の提案、どうだった?」
〈先程の提案は評価できます。コボルトにゴブリンを弱らせておき、自分はとどめだけを刺す。実に安全、かつ効率的。素晴らしい作戦です〉
う……そう言われると、俺ってえらく卑怯な気が……。
ショックを受け、紳士脳がフロウの言葉を脳内変換する。
『お兄ちゃんの卑怯者! でもそんなお兄ちゃん、好き!』
う、うむ。 確かにざっくり意訳すると、そうなるな。
よし、明日も頑張ろう!
――朝になり、シーベルがやってきた。軽く挨拶をすませ、早速スリングを使わせてみる。
「そう、その紐を、外れないように手首に巻き付けて……」
「ラント、少し難しい」
「んー、それじゃ紐の手首側は、あらかじめ輪を作っておいた方がいいかも知れないな」
シーベルは片手だと紐をうまく巻けないようだ。
そこで、大きめな輪を作ってやり、そこに手を潜らせるだけで済むようにした。
輪はシーベルの手首にしっかり引っ掛かるので、すっぽ抜けるようなことはない。
「よーし、セットできたな。じゃあ、俺の真似して投げてみてくれ」
ラント流スリング術を伝受すべく、俺は石をセットしたスリングを回す。
1回、2回、そして3回目に力を篭めてリリースだ。
それを見ていたシーベルが自分のスリングを回す。
よし、よし、よーし。
うむっ、ちゃんと飛んだな。
シーベルの手でも問題なく投擲できたのでホッとした。
コボルトでも使用可能と確認できたので、麻袋に60個のスリングを入れて持たせてやる。
戦える人数が30人くらいだという話だから、予備を含めてもこれで十分だろう。
シーベルの投擲だが、力ではゴブリンに負けないと言っていただけあって、100メートル先の木をえぐる威力があった。
狙いの正確さが今ひとつだが、最初にしては上出来だろう。
「この武器は、凄い」
自分がえぐった木の幹を触りながら、シーベルが言う。
「これなら……ゴブリンの弓に、対抗できる」
「そうだな。投擲に掛かる時間も短いし、威力もある。あとは練習次第だな」
「村で練習する。行こう」
シーベルは嬉しそうに自分のスリングを腰に結び付け、麻袋を肩にしょってコボルトの村へと歩きだす。
尻尾を左右に振りながら歩く後ろ姿が可愛い……。
しばらく歩き続け、2時間くらいで村に到着した。
森と村との境界は頑丈そうな柵で囲われ、外敵を寄せ付けない造りになっている。
柵の内側には櫓があって、その上にいる見張りからシーベルに声が掛けられた。
「シーベル、その方が、魔術師様か?」
「そうだ。開けてくれ」
すぐに門が開けられ、槍を手にした衛兵らしきコボルトが出迎えた。
「歓迎します、魔術師様。長が、お待ちしております」
頭を下げる衛兵に、軽く頷いて門をくぐる。
柵の中は開けた空間で、木の枝と枯れ草で作ったような住居が点々としている。
畑もあるようだが、あまり緑の葉が見当たらない。……不作かな?
村の奥にある一際大きな住居に入るよう促され、シーベルに続いて中に入る。
内部は薄暗く、枯れ草の匂いを強く感じるが不快なほどじゃない。
5匹ほどのコボルトが奥に座っていて、中でも中央のコボルトは他より体格がいい。
「長、連れてきた」
シーベルが告げると、一際体格のいいコボルトが立ち上がって頭を下げた。
「お待ちしておりましたラント様、どうぞこちらへ」
あ、これシスネさんの声だ。この体格のいいコボルトがシスネさんだったのか……。
シスネさんの毛並みはツヤツヤのフサフサで、とても立派なハスキー犬だ。
い、いや、コボルトだったな。
顔は般若か歌舞伎役者かというふうに見えるが、そこに深い味わいがある。
「えっと、お邪魔します」
「ささ、こちらにお座り下さい」
シスネさんに促され、床に敷かれた毛皮の上に腰を下ろす。でもここ、シスネさんの真ん前なんだよな……。その俺を囲むようにして、他のコボルトが座っている。
「まずはお茶でもどうぞ」
「あ、どうぞお構いなく」
「それでは岩イノシシの干し肉でもいかがですか?」
「いや、ホントにお構いなく」
俺が断ると、シスネさんが悲しそうに項垂れた。
「恥ずかしながら、今はこのような物しか用意できません」
「長っ!」
「なんと、おいたわしい!」
周りのコボルト達から次々と歎きの声が上がる。
え、これ俺が悪いの?
「い、いや、見れば美味そうな干し肉です。ぜひ頂きたい」
「まあ、そうですか? ささ、それではどうぞ、お召しあがり下さい」
にっこりと顔を上げたシスネさんが、干し肉の乗った皿をこちらに押しやる。く……食えるのか?
「では、頂きます」
かぷり。噛み噛み……。うええ……か、固い!
しかもこれ、香辛料とか使ってないのかな。口に入れた以上は食べるしかないが、とにかく固い。
ひたすら良く噛むしかないな。噛み噛み……。
グクゥ
え、腹の鳴る音?
音のした方を見ると、コボルトの一人が恥ずかしそうに顔を伏せた。少ししてその隣のコボルトからも腹の鳴る音が聞こえ、更にはシスネさんの腹からまで。
グキュー
俺に見られたシスネさんはスッと目を逸らし、
「ゴ、ゴブリンを懲らしめてやらないことには、皆も腹の虫が収まらないようです」
などと言う。うまいこと言うなあ。
他のコボルト達は『えっ』という顔をした後、そうだそうだと頷いている。
「そうですとも、このままでは、腹の虫が、収まりません!」
「我らが腹の虫の怒り、ゴブリンに思いしらせましょう!」
あちこちからフォローされてるけど、シスネさんは目を逸らしたままだ。
なんか面白いから俺もフォローしてやりたいけど、生憎干し肉に苦戦中。
噛み噛み……。




