第12話 スリング
これは駄目だとすぐに思った。
シーベルの走りはぎごちなく、無理して走ってる感が半端ない。やはり骨格がそういう造りになって無いのだろう。
犬でも猫でも後ろ脚で立つことは出来ても、立ったまま走るのは難しい。
シーベルの走り方は犬猫のそれよりはマシなようだが、フラフラと重心が揺れるので見ていて危なっかしい。
腕の振り方も左右一緒に揺れてるだけで、とてもフォームの改善は無理っぽい。
何かの必要に迫られての2足歩行だろうが、それにしてもどうしてこうなった……。
まあ考えてみればコボルトだけじゃないな。人間だって最適化されてるとは言い難い。
2足歩行の明らかな弊害として、大きな荷重から腰痛になりやすく、膝関節も擦り減りやすい。
無理な姿勢の弊害が、老いるにつれペナルティのようにあちこちに現れる。
それでも人間は大地に立つことを選び、種として圧倒的な勝ち組になった。しかし人間が成功できたのは、樹上を生活基盤としていた猿からのスタートだったからだ。
恐らくは犬のような生態からスタートしたコボルト種は、これから人間より遥かに長い苦難の時が待っている。
いや……そう決めつけるのは早計か。進化なんて何がどう転ぶか分からない。
――おっと、シーベルの息がだいぶ上がってきたようだ。
「シーベル、もういいよ」
走るのをストップさせると、シーベルはホッとした表情で荒い呼吸のまま座りこんだ。
「確かに遅いし、持久力もあまりないな……。一応聞くけど、コボルトって4本足で走れないか?」
「……走れる。だが武器も、盾も、持てない」
あっ……そういう事か。4本足だと移動は素早くできても、両手が塞がってるわけだからな。
「それでも、回避しながら近づく事はできるんじゃないか?」
「できる。しかしゴブリンは、こちらが立ち上がると、すぐ逃げる。攻撃は難しい……」
そうか……せっかく距離を詰めても、攻撃しようとするとまたすぐ距離を取られるわけだ。
ゴブリンの徹底して距離を取る戦法は嫌らしいが、コボルトには効果的だな。
「あと気になってたんだが……コボルトは、爪と牙では戦わないのか?」
「それは、獣の戦い方だ……。コボルトは、獣ではない」
……これはまた厄介な。一種の誇りみたいなものがあるわけか。
コボルトはゲームの中だとだいたい雑魚扱いされてるが、まさかこんな理由から……。
「ならゴブリンが逃げられない状況……例えば、住み処を囲って攻めるのは?」
「ゴブリンの巣穴には、キングがいる。あれは……強い」
ゴブリンキング! うわぁ……因縁深いのが出てきたよ。
「そんなに強いのか?」
こくりと黙って頷くシーベル。
……巣穴を攻めるのは、とりあえず無しの方向で考えよう。
フロウが喚ぶはずだったゴブリンキングか……戦ってみたい気はするけどな。
シーベルから大体の情報を得たところで、今日のところは一旦別れることにした。
いくつか思いついたことがあるから、それの準備をする必要がある。
シーベルは村に戻り、コボルトの長と話をするそうだ。それならってことで、ゲートを刻んだ小石の片割れを持たせた。
シーベルは不思議そうに小石をいじっていたが、後でコネクトを使って連絡してみよう。
「そんなわけで、ポイントを魔力に振ろうと思う」
大量に魔力を消費する可能性が出てきたから、魔力にEPを振ることをフロウに伝えた。
連絡用に使う予定のコネクトだが、長時間維持すると消費が馬鹿にならないし、そうなるとグラビティが使えない。
これまでは十分な魔力量に思えていたが、ここは増やせるだけ増やした方が安心だろう。
〈それは構いません。ゴブリンは集団で行動する習性があります。魔力量に余裕がなければ、戦うのは難しいでしょう〉
魔力増大にフロウも同意してくれた。EP振るの久々だな。
「ステータスオープン!」
頭の中に表示された現在の最大魔力量は379MP。
また結構増えてたな。これにEPを振って……。
魔力 379MP → 900MP
EPを31まで振った所でカウントストップ。
900MP……これが俺のレベル3での魔力上限か……。
なんていうか……最初の時も思ったが、やばいくらいの上がり方だな。
0MPの状態からだと、全回復まで……回復速度3倍でも15時間掛かるのか。
「フロウ、最大魔力が900MPになったけど、すごい増えた気が……」
〈さすが魔力特化タイプですね。……少し心配……いえ、妥当なところでしょう〉
今心配って言ったー!
「これ、体に悪影響とか出ないよね? 角とか羽とか生えてこないよね? 人間辞めないよね?」
〈ラントが何を心配しているのか分かりませんが、魔族ならそのくらいの魔力は少ないくらいです。心配いりません〉
「魔族って……。に、人間なら?」
〈大丈夫です。問題ありません〉
なんだろう、医者に病名を隠されてるような不安感が……。
〈それより、コボルトの件はどうするのです?〉
「あ、そうだ……。スリングをいくつか用意してくれないか?」
〈その程度の武器なら問題ありません。――コボルトに使わせるのですか?〉
「コボルトが不器用だといっても、あれなら使えるんじゃないかと思う。まあ……実際に使わせてみないと分からないけどね」
投石器というやつは、射程も威力も馬鹿にならない。
たかが石といっても、遠心力により勢いよく投げられたそれは恐ろしい力を秘めている。
頭部に当たれば一撃で戦闘不能にも出来るだろう。
「フロウからは何か提案がないかな? あれば教えてほしい」
〈では集団戦闘における経験値の分配法則について留意すべき点があります。経験値を多く与えられる行動順に述べます。とどめを刺す。行動不能にさせる。身体ダメージを与える。精神ダメージを与える。これらの経験値はとどめを刺した時点で得られます。そのためとどめを刺すという行為に、大きな経験値が割り振られています〉
「なるほど……とどめを刺さない限り経験値は入らないのか。あと経過がどうあれ、とどめさえ刺せば大きな経験値が手に入ると」
〈そうなります〉
「ありがとう、参考になった。後は何かあるかな?」
〈後は――そうですね。スリングを使った戦闘となると、たかが石といっても纏まった数が必要です。あらかじめ大量に用意すべきでしょう〉
確かに、いちいち探してたら大変だな。
石……石か。指で5ミリくらいの大きさを示し、フロウに聞いてみる。
「このくらいの小さい鉄球って用意できないかな? とりあえず100個くらいでいいんだけど、スリングで散弾みたいに使ってみたい。あと、俺用のスリングを1つ」
〈わかりました。それならスリング側の形状は散弾の使用を考慮して用意します〉
「あっ、そうか。通常のスリングだと散弾じゃ零れちゃうのか」
〈鉄球のほうは、品質さえ問わなければ低いコストで用意できます〉
品質? ……鉄の純度とか? たまに変な基準があるな。
「適当な固さと大きさだったら何でもいいよ」
本当なら、より重さのある鉛の方がいいのだが、鉛というのは体内に取り込まれると害のある金属だ。
万が一、巡り巡ってコボルト達の口に入らないとも限らない。
スリングと小さな鉄球は、すぐに用意された。
右手首にスリングから伸びる片側の紐を外れないように巻き付け、紐の中央付近にあるハンモック状の窪みに鉄球を20個くらいセットする。あとはもう一方の紐を握れば投擲準備完了だ。
スリングは普通、あまり散弾みたいのを乗せられる構造じゃないんだけど、フロウが用意したこれは工夫がしてあった。
中央がハンモック状のこれなら、しっかり散弾を保持できるだろう。
乱暴な話だが、タオルの中央に砂を乗せたものでも、スリング的に使えば強力な目潰しになる。
それを発展させてスマートにした物がこれな感じだ。
不器用そうなコボルトのことを考えると、この形状になったのは調度よかった。
さて肝心の投げ方だが、昔遊びで投げたくらいなのでよく知らなかったりする。
従って我流だ。ふふ、さしずめラント流スリング術といったところか。
私見では、投げに横回転の動きを加えると命中が悪くなる。
更に、ほぼ1回転で投げるのも命中が悪くなる。
ラント流では縦の回転のみで、数回振り回してからのリリースだ。
だが、何回も振り回すなんてホントはやらないらしい。
そりゃ戦いでは素早さが命だから、1回転だけでどんどん投げてただろうし、それで当たるだけの訓練もしていたのだろう。
だがラント流ではスリングを数回振り回すことで狙いが安定する。
何回転かさせてるうちにスリングのぶれが収まり、また体の軸と視点も安定するので当てやすい感じだ。
これがワンアクションでの投擲となると体の軸もぶれがちだし、視点もあまり安定しない。
まあ俺は素人だから、自分がやりやすければそれでいい。
それに不器用そうなコボルトにもこっちのほうが合ってそうだ。
10メートルくらい先の石柱を標的に、スリングを軽く回転させる。
1回、2回、最後にぐっと力を込めて回し、握った紐を離す。
鉄球の散弾は勢いよく飛び出し、石柱に当たるとバチッと火花を散らした。
「おおー、やっぱり結構威力があるな」
石柱には鉄球が命中した跡がくっきり残っている。
これなら面制圧だから、多少は狙いが甘くても大丈夫だろう。
鉛と違い固い鉄だから、目潰しとして優秀かもしれない。ただ射程は短い。
鉄球が小さいのと先で広がるのとで、有効距離は10メートルくらいだろうか?
鉄球の大きさは、これだと威力があまり無いかもしれないな。その辺は後で改めて考えてみよう。
四回試射してみたところでフロウから声が掛かった。
〈まだ続けますか、ラント〉
「そうだな……。もう少し試したいから、また鉄球出してくれないかな?」
〈それは構いませんが、散らばった鉄球は、当然、すべて回収するのですね?〉
「うっ……」
しまった……外で試射するんだったか……。
あちこちに散らばった目立たない鉄球を拾いながら、少しばかり後悔した。
み、見つからん……。




